第7話

 僕は老人が出て行くのを見送りため息を吐いた。


「どうですか。面白い話を聞けたでしょう」


 カウンター越しに語りかけるマスターに対し笑顔を作って見せたが、自分でも張り付いたようになっているのが分かった。別に、先の老人の語りが退屈だったわけではない。半ば説教臭くはあったが、経験の浅い若者にとっては十分に考えさせる内容であった。しかし……


「鴨川さん。運命ってあると思いますか?」


 僕が発した「運命」という言葉。それがマスターの表情をおかしなものに作り変えた。


「……藪から棒ですね」


 マスターはなんと言えばいいのか分からぬといった感じで、少し間を置いて返事をした。それはそうだ。突然「運命」だなんて単語を聞けば、誰だってそうなるだろう。


 しかしだ。僕がそんな素っ頓狂な発言を思わず発言したのには理由がある。そう。にわかには信じがたい、あまりにできすぎた理由が……



 僕は携帯電話を懐から取り出して、名簿にある、とある人物に連絡を取った。


「もしもし。こんな時間だが、暇だろう? ちょっと顔出しなよ」


 有無を言わさずバーの場所を教え電話を切った。いつもならこんな粗野者の真似事なんてしないのだが、何か、今夜に限ってそんな言い方をしたくなったのだ。


「鴨川さん。これから一人連れが来るんですが、いいですか?」


 すでに店を閉めていたのを思い出した僕はマスターに伺った。すると肯定のスマイルを頂いたので、感謝の代わりにもう一杯オクトモアを頼んだ。


「彼女さんですか?」


 酒を作りながらそう聞くマスターの問いに頷き、「実はね」と、少しもったいぶった枕を置いてから、僕は運命という言葉を使った真意を語ろうと思ったのだった。


「実は僕の彼女。幼い頃に父親が蒸発しているらしいのですが……」

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老人は語る 白川津 中々 @taka1212384

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