らっきー☆ 茶漬け

れなれな(水木レナ)

らっきー☆ 茶漬け

 それはなんて幸せ。

 アキオは今日も無事に帰ってきた。熱中症にもならず、脳溢血にもならず、浮気もせず☆ ああなんて素敵。ミカはもう有頂天。


 一日に一回アキオは家を出る。一日に一回ミカはおかえりなさいを言う。それはなんて幸運。

「ねえ、何してほしい……?」

 アキオはなぜか赤面して、

「仕事が残ってるから、ぱぱっと食べたい」

「あら、それ私のことじゃないの?」

「ミカさん……」

「まったく、セオリー通りにいかない人……うふん。でもいいの☆ 照れてるアキオさん、か・わ・い・い♡」


 すべてを了承したうえでミカは笑顔でキッチンにいく。るんるん気分が背中に出ている。

(浮かれ気分はこっちも同じかな……)

 部屋から流れてくるエアコンのひんやりとした空気が肌をキュッと引き締めた。同時に背中から下半身にかけてからがずんと重くなる。

(ミカさん、今夜は勘弁してください……)

 ぽわんとまだ新婚気分が抜けてないミカと違って、毎日の業務に追われて、上司にいじめ抜かれてるアキオはこの家にしか安心できる居場所がない。

(僕がミカさんを射止めるなんて、だれも思わなかったんだそうだ)



『おまえなんか、飲み会に誘わなきゃよかったぜ』

 やっかむ同僚。

『いやでも……』

 なにか言おうとするが言葉が出てこない。職場結婚。しかも突然。

『僕そんなつもりもなくて。職場に出会いとか求めてたわけじゃなくて』

『わあってるよ! だから腹立つんだよなあ!』



(だって、同僚同士の飲み会で合コンのノリになるとは、思わなかったもんなあ)

 しっかりお持ち帰りされたのはアキオの方で。また顔が熱くなるのを感じてアキオは方向転換する。

(いやいや、だってまさか、こんな家庭的な子がくるとは思わないじゃん?)


 ドアを開けて一歩。

(寒ッ! ミカさんクーラーきつすぎ!)

 そろりそろりとキッチンの灯りの方へ近づいて、手前のリビングで上着を脱ぐ。

(ふうー。暑かったなアア。まるで部屋の中、海の底みたいだ。ああ、寝っ転がりたい)

 ベルトまで緩めるのは少しためらわれる。Yシャツのボタンを一つ二つ、外すにとどめつつ、ガラステーブルの前のソファに崩れ落ちるように沈んだ。


 懐かしい、まな板と包丁のリズムがキッチンから聞こえてくる。それは記憶の中の幸せのリズムと一致する。ふんふんと鼻歌が聴こえてきそうだ。

(今日はなにかな? 冷製スープとかだとマンネリだな。ミカさんなら、どんな手で僕を落そうとするかな? 楽しみだな)

 もうハートはすでにマグロ状態。こんな夫のどこがいいのか?

(ミカさんは何も言わないけれど、こんな僕を気に入ってくれたんだ。うれしいな――)


 そうっとそうっと、気をつけて。ミカが彼の顔近くまで接近していた。

 鼻孔をくすぐるカツオ出汁の匂いにふっとまぶたを開けるアキオ。

(寝てた……)

「あわあ! ミカさん!」

 ミカはにこっと笑って、

「楽にしてていいわよ」

(でも顔、近いです!)

 冬のような室内温度に、白い湯気が立ち上って。

「食べさせてあげる」

(!)

 いくらなんでもそれはあまりにも、その、恥ずかしい! 

「この匂いは、初めてかぐなあ!」

 勢いよく姿勢を正して座り直すアキオ。

「ま、照屋さん♡」

 そのしぐさがミカにはほほえましく感ぜられるのだ。

「うふっ。たまにはね……」

(ん……?)

 米飯の上にいくらの紅色が見える。そのまわりに鮭フレーク。もみノリも! ネギも!

「じゃーん、親子茶漬けでーす」

「やったあ!」

 思わず声を上げてしまってから、子供っぽかったかなとミカの方をそっと見やる。

「アキオさんはそうこなきゃ」

 うれしそうなので、クーラーの風が強くなったように感じる。

(あー、顔が熱い)


 出汁をかけられ、白くなっていくいくらをもったいなさそうに見送りつつ、アキオはぼんやりと考える。

(そうかあ。サケの子供はいくら……! って! ここれはもしや……)

 深読みをしてミカの顔色を窺ってしまうアキオだった。

(そういうことか。そうなんだねミカさん。僕がんばるよ)

「いただきます!」

 アキオの一言を耳にすると、すうっと伸びをして向かいに座るミカ。にこにこしている。

(やっぱりそうなんだ。僕は期待されている!)

 親子茶漬けを黙々と食べながらアキオは味がさっぱりしなかった。

 十月と十日後には、立派な子宝に恵まれることとなるが――。

 さて、なにがどうしてこうなったかなんて、誰にもわからないのである。それでも若い二人には関係なかった。


               END

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