美病

らむね水

今日も彼は、美しく生きる。



むかし、むかし、あるところに。

ひとりの男が住んでいました。

その男は、美しくも残酷な、とある病気にかかっていました。

病気が治る方法は、ひとつしかありません。

しかし、男は、病気を治すのをあきらめていました。

なぜなら、病気を治すとじぶんの想いがきえてしまうからです。

大切なひとを想う、大切なきもちが。


「いただきます。」

朝食の時。彼の前にはひとつの白い箱が置かれています。中を見てみると、そこにはぎっしりと美しい宝石や、花達が詰められていました。

ダイヤモンド、エメラルド、サファイア、トパーズ、アメジスト…彼は真っ赤なルビーを手に取ると、口の中に入れました。

そのまま、飴玉を食べるように舌先でコロコロ、ルビーを転がします。

そして、唾液で滑りの良くなったルビーをゴクリと喉を鳴らして飲み込みました。

これを、何度も何度も繰り返します。繰り返して、繰り返して、いくつもいくつも硬く、キラキラと輝く宝石を胃に納めます。

宝石の次には、黄色い薔薇の花を手に取りました。

優しく花弁に触れてから、荒く花弁に噛みつきました。

噛みつき、咀嚼する。この作業も、何度も何度も繰り返します。そして、たくさんの美しい花達を、機械のように胃に押し込みました。


「ごちそうさまでした。」

彼は、箱のふたを閉めました。

朝食で、味のしない硬く冷たい宝石を、美しいだけの花達を、ひたすら胃に入れました。

彼の病気は、食べ物を食べられない病気でした。

彼の病気は、宝石や花しか口にできない、美しく、不思議で、不気味な病気でした。

でも彼は、絶対に病気を治そうとはしませんでした。


「ユイト、おはよ。」

「あぁメグム、おはよう。」

彼は、全力で恋をしていました。

彼は、病気を治すことでこの想いを失うのを恐れていました。

ですが、彼が病気を治そうとしない理由はもうひとつありました。

「ユイト、朝ご飯食べ終わっちゃったのか。」

「うん。どうして?」

「うーん…。あくまでもユイトは病気なわけで、気を悪くするかもしれないけど、私、ユイトが宝石とか食べてるの見るのすきなんだよね。綺麗で。」

彼が病気を治そうとしないもうひとつの理由は、これでした。

''この人''が自分を見る、儚く、美しいものを見つめるようなこの目が、この笑顔が、たまらなく愛しかったのです。

「どうせ、お昼も食べるんだから。その時でもいいじゃん。」

「あ、確かに。」



こうして、今日も彼は大切な人の笑顔を見るために、輝く宝石と、美しい花達を、自分の胃の中に押し込み続ける。



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美病 らむね水 @ramune_sui97

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