つまり、私は好きでいたい。
八巻 タカ
つまり、私は好きでいたい。
私、
高校生ながら、情けなくも煙草に手を出してしまっている私は、校舎の裏庭の物陰をよく使わせてもらっていてる。大抵は人目に付きにくい授業中等に抜け出して裏庭に行くのだが、それを見計らっているみたいに三枝は毎回そこに私より先に居るのだった。
今回もそれは同じな訳で、地べたに腰を下ろしながら、
「どうもー、難波さん」
と、へらへらニヤけながら三枝は私に挨拶をする。
彼の態度に私は呆れたように鼻息を吐くも、口角を上げた。
「またなの? 飽きないねー。そんなに私のこと好き?」
「めっちゃ好き」
「なんか軽いね」
「重たすぎるのは三日前に済ませたからさ、そんなにがっついても気持ち悪いでしょ」
そう言って彼が自分の後ろ頭を掻くと、その腕に私は視線を当てた。弱々しい色白く細い彼の身体は、日常で使う最低限の筋肉しか付いていないように見える。
喧嘩は私でも勝てるんじゃないかと考えながら、私は彼の隣に腰を下ろした。
「こんな女のどこが良いんだかねー」
自嘲的に呟いた私は煙草を取り出し、一本をくわえると所持していたライターでそれに火を着ける。そしてひとつ肺に煙を溜め込んでから、制服のポケットから携帯電話を取り出して、私は煙を吐き出した。
携帯を開くと一人の男子からLINEが来ていた。それは私の週末の予定を質問する内容であり、返信をしていると三枝が私の携帯を覗いているのに気が付く。
「なーに、気になってんの?」
「そういうのさ、やめた方がいいよ」
彼はどこか苦しそうに小さく笑いながら私に告げる。
「援交のこと? どんな男と付き合おうが関係持とうが全部私の自由だし、あんたには関係無いでしょ」
そう口にするが、内心そんな自分に呆れてしまった。私はいつからこんな人間になってしまったのだろう。お金はあっても困らないが、実際に金銭面で悩んでいるわけでもないし割りに合っているのかとか、少しでも私の為になっているかどうかは微妙なところだ。
でもまあ、淋しくならないだけ少しはましなのかもしれない。
煙草を一本吸い終えたところで、まだ四時限目の途中だったが私は帰宅する事にした。帰る直前、私は無言で立ち上がったが三枝は「また明日」と私に声をかけた。
私はそれに返事をしなかった。
その後、家に着いた私は、自室に入ってベッドに腰をかけてから先程のLINEを再び確認する。
くだらないなぁ。
呟いた私は横になって目を閉じた。
今はまだ夕方だし、寝てしまうのは勿体無いだろうか。そんなことを考えていると、一瞬だけ彼のことが頭を過った。
※
次の日三時間目から学校に行くと、「三枝和臣がボコられた」という噂が耳に入った。ちょっとだけそれが気になった私は、煙草を建前にして裏庭へと向かった。
裏庭に辿り着くと、地べたに寝そべる三枝の姿が目に映る。近付いて彼の顔を覗いてみると、そこにはいくつもの痣や傷が付いていて彼はいつもより少しだけ不細工だった。
「ねえ、どーしたの……それ」
私が呼び掛けると彼は、むくりと体を起こして目を開けた。腫れた頬のせいか左目は中途半端に開いている。
「んー……なんか、『涼子に付きまとってんじゃねぇぞ!』って言われて、四人くらいにボコボコドカドカされた。あれ、難波さんの彼氏達?」
酷い見た目ながらも割り切り良く彼が話すので、私はまたいつもみたいに口角を上げてしまう。そのまま私は三枝の隣に座った。
「あー全然知らないけど、なんかこの前三年生で告ってきた人いたわ。誰だっけか……忘れちゃったけど多分その人」
「うわぁ……難波さん何て答えたの、その告白」
「えーっと、確か、考えとくとか言った気がするなー」
「難波さんらしいっちゃらしいけど、それ相手に期待させちゃってるよね……。難波さんマジ悪女だね」
彼は乾いたように私に笑い掛ける。
どこか嬉しそうに、どこか不安そうに、それでも消えない何かがそこにはあって――私の目にはそう見えた。
笑い終えた三枝と目が合う。そして彼は、ゆっくりと口元を動かした。
「いっそ、フラれた方が楽なのにね。……俺は、そう思ってるよ」
彼は静かに、私に伝える。
三枝 和臣の感情を見たのは、これで二度目だった。
そこでようやく私は、既に自分の口角が上がっていないことに気付いて、彼から顔を背けた。もう逃げられないことが分かってしまったから、私は動揺してしまっているのだ。傷付くものだと知っていながら傷付かないものだと勝手に思い込んで、こんなにも傷付けてしまったのは私だ。
それなのに、自分を嫌悪しているにもかかわらずにこうして恥をかき続けている私は、まるで馬鹿だ。
また自分擬きの言葉を並べていく。またこうやって悪い表情を作ってしまう。やめてしまえば良いのに、よせば良いのに、私は笑みを貼り付けた顔で彼に向けて詰め寄った。
私は、どこまで落ちぶれたら気が済むのだろう。
不思議そうな面を浮かべる三枝に、私は口を開いた。
「ねえ、私とセックスしてみる?」
私の台詞に三枝は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んでから言葉を返す。
「……俺はもっと、難波さんを大事にしてる。それは、難波さんにも伝わってるもんだと思ってたよ」
その直後の彼を見た私は案の定、後悔をした。
三枝は、私から視線を外して立ち上がり、そのまま一度もこちらを振り返らずに彼は行ってしまった。
彼はまた当然のように私を欲してくれるのだと、私は思い込んでいた。
それに気付いたときにはもう遅く、当たり前だと思っていた言葉を三枝は呑み込んでしまっていた。
彼は初めて「また明日」と、言わなかった。
彼は初めて、私の前で涙を見せた。
※
「――それで、もう、こういうのやめようかなって思いまして」
私は、古くなってきた折り畳み式の携帯電話を耳に当てながら言った。
『まあ、君がそう言うなら僕は構わないけど、先週の分だけでも渡そうか?』
それに対して、電話の向こう側から男性の声が発せられる。
「いえ、もういいんです。私自身、色々と思うところがありまして……」
そう言いながら私は自分の耳元の髪の毛を掻き上げた。
『そっか、いきなりだもんね。何かあったりしたの?』
「それは…………私も少しだけ、自分を大事にしたくなったんですよ」
『それってさ……』
露骨に言葉を切る男性に、私は「なんですか?」と問い掛けると彼は笑ったように息を吐きながら言った。
『好きな男やつが出来たってことでいいんだよね?』
男性にそう質問された私は、座っていたベッドの際の壁に背を持たれ掛けて答えた。
「……さあ、どうなんでしょうね」
私はそんな台詞を残して、男性との通話を切った。
その通話先の電話番号を削除した後に、ゴミ箱に入った煙草を横目で流して、私は不意に天井を見上げる。
「……影響されまくってるなー、私」
呟きながら私は、二日前の三枝が見せた涙を思い出していた。
悔やんでも悔やみきれず、忘れたくても忘れられない。
あの日の出来事は、私の一生の恥だ。
彼に私自身の気持ちを伝えきれずに、過った行動しか出来なかった私は一歩踏み出そうとしている。
四日間隣に居た彼の存在は、側に居ないことで私にとって大きくかけがえのない、唯一の存在となってしまっている。
彼も私も、傷付けてしまったのはすべて「私」自身だ。
そんな痴れ者である私は今日、ひとつ成長しようと思う。
携帯電話を開き、ある番号を見つけて、私はその番号に電話を掛けた。名前の登録が済んでいて、ちらつく彼の名に少し緊張をしてしまう。
それでも、あの時と同じ過ちはしない。
そう心に誓ってから、繋がった電話に向かって私は一言。
――あなたのことが、大好き、と。
つまり、私は好きでいたい。 八巻 タカ @yamakitaka5
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