撃ち抜かれた脳。でも躯はある。
井澤文明
スマートフォン
毒々しい青が空を覆う。あゝ、吐きそうだ。
あゝあるのなら、行ってみないな。みんなが同じで平等な世界。みんなが同じならば、差別も偏見もイジメもない。きっと幸せな世界になる。
そう思いながら、私は誰もいない神社の階段に腰掛ける。木々の奏でる心が洗われる様な音と、風の囁きが響き渡る。
『あゝ、平和だなあ』
私の代わりに、誰かが云う。辺りを見渡すが誰の姿も見当たらない。声だけで、姿は見えなかった。
『行ってみたい?みんなが同じで平等な世界』
声だけの誰かは、私に問いかける。見えない者が問いかける。その声は辺りに響き渡る。しかしそんなに大きな声ではなかった。
「はい。とても興味があります」
私は真っ赤な鳥居を見つめながら、その人に云う。すると突然、後ろから目隠しをされた。暖かかったので、きっとその人の手なのだろう。
『私が目隠しを外したら、君が望む”平等な世界”についている。良いね?』
その人は、実に落ち着いた声で私に語りかける。
『これから君の行く世界についての説明や注意事項を話そう』
そう云うと、つらつらとその世界についてや注意事項を話しだした。簡単にまとめると。
・みんな平等で同じ。
・顔を見せない為にガスマスクを着けている。
・会話はすべて言葉ではなく、文字で行う。
・成績が悪かったり、肥満・痩せすぎ、字が汚いと判断された場合は指導される。
・法律には逆らわない様に。
・自分がどこから来たのか、話してはいけない。
みんなが平等な世界にするには、やはり決まりが沢山必要な様だ。
「分かりました」
『気をつけてね。出来るだけ目立たない様に』
───それと、その世界が君が望む様な、完璧で非の打ち所がない世界だとは限らない事を覚えておく様に。
見えざる者は最後にそう云うと、目がひらける。
私はその世界にいた。
世界はSF映画にでも出てきそうな建物ばかりでカクカクしていた。辺りにはビルが立ちはだかり、自然の自の文字はどこを探しても見当たらない。
人々は行進するかの様に規則的に前へと歩き、乱れが一つもなかった。そしてあの人が云っていた様に、みんなガスマスクを着けていた。かく云う私も、気付けば他の人々と同じ様な服装で立っていた。きっとあの人が着けてくれたのだろう。
この世界はきっと平和な世界なのだろう。この行進は、世界の秩序を乱さない為の聖なる行進なのだ。さあ、聖者の行進だ。
私は列に並び、彼らと一緒に行進を始めた。
いち、にい、さん、よん、ごお、ろく、なな、はち。テンポを合わせて前へと進む。私は周りの人々と溶け込めていた。
進んで行くと、公園らしき場所で、マスクを外した男性がロボットにバットで殴られていた。
「あの人は何か悪い事をしたのですか?」
私は鞄からスマートフォンを取り出し、メモ帳にそう書き出して、一緒に行進をしていた女の子に聞いてみた。しかし彼女はただ前を見るだけで、答えてくれなかった。私は追求する事を諦め、行進を続けた。
更に進んで行くと、また別の所でマスクを外された青年がロボットに金属バットで殴られていた。私はまた同じ質問を彼女に聞く。彼女は諦めたかの様に溜め息をつき、スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、私と同じ様に打ち出した。
「首から下げられている札を見れば分かる」
そう云われたので、彼の首を見れば、確かに札がかけられていた。そこに書かれていた文字を読んでみる。
『精神病患者』
なるほど。この世界は精神病患者を罰するという決まりがあるのか。よく分からないな。
更に進んで行くと、赤ん坊が殴り殺されていた。私は顎が外れそうになった。なんてこった!!赤ん坊を殺すだなんて。
赤ん坊の首からは何も下げられていなかったので、彼女に「あの赤ん坊は何をしたのか」と聞いた。彼女はまた溜め息をつきながら、流れる様な綺麗で美しい動作で文字を打ち出し、
「多分障害児だよ」と返事をした。私はこの世界に少し違和感を覚えた。
突然、辺りに機械の様な感情の籠っていない声がヒシヒシと響き渡る。
「皆ノ衆!!今日、障害者ガ二名、決メラレタ運命二逆ラッタ者一名ヲ処刑シタ。今後モ我々ガ見張ッテイル」
私は急いでスマートフォンに打ち出した。
「今の何?」
彼女は周囲の様子を伺ってから、返事を見せた。
「今の声はロボットの。私達の人生はロボットによって決められている。その決められた人生に逆らうと、最初にすれ違った男性の様に処刑される」
彼女は丁寧に返事を返してくれた。しかし、「なんでそんな事を聞くの?」などとは質問をしてこなかった。私には、興味がないのだろう。
「なんでそんな事になったの?」私は更に質問をした。
「みんな平等で違いがない様にする為」
彼女はまた簡単にまとめた。そして行進を続ける。
すると急になんの変哲もない男性が列から飛び出し、ロボットに水をかけ出した。ロボットはカクカクとダンスをするかの様な動きになり、ついには壊れてしまった。そして彼はガスマスクを外し、大声で叫んだ。
「俺は会社員にならない!!研究者になるんだ!!人々の命を救う為に!!」
しかし、男性は頭を銃弾で撃ちぬかれ、糸の切れた操り人形の様に地面へと倒れこんだ。だが誰も叫び声を挙げず、ただ黙り行進を続けた。
「皆ノ衆!!今日、障害者ガ二名、決メラレタ運命二逆ラッタ者二名ヲ処刑シタ。今後モ我々ガ見張ッテイル」
やはりこの世界はおかしい。私が望んでいた世界とは違う。私は彼女にまた質問をする。
「この世界は、誰が支配しているの?」
すると彼女は打ち出す。文字を打ち出すその指の動きは、先程よりも少し乱れている。
「この世界に指導者はいるが、権力者はいない。昔からそうだ」
私は急いで返事をする。
「昔から政治など、何もかも変えないでいるの?」彼女は正面を見たまま、こくりと頷く。
「変える事は出来ないの?」彼女は少し考えてから、書き出した。
「世界はこのままでいいの。そういう決まりだから。少しでもみんなと違うと、殺される。世界を変えようとしたら、すぐさま処刑」
私は少し怒りを覚えた。私が望んでいた、「みんなが平等で同じ世界」とは全然違ったのである。
私は元の世界で、「みんなが同じ」でいなければならない事に、うんざりしていた。周りのみんなは、自分の中の「普通」とは違う人物を見つけると、それをイジメや差別という形で表していた。しかしそんな「普通」は個人の考えに過ぎず、全く客観的な考え方ではなかった。それならば、「みんなが同じ」という世界に行こう。「普通とは違う」という概念の存在しない世界へ。
私は眉にしわを寄せながら、前へと行進を続けた。ふと、ある質問が浮かんだ。それを彼女にぶつけて見ることにした。
「貴方は、こんな世界のままでいて欲しい?」
それを見た彼女は、息を飲んだ。驚いているのだろう。彼女は手を震わせながら、返事をした。
「変わって欲しい」
文字の打ち方は乱暴で、傍目に見れば見苦しいものではあったが、最初の方よりも感情のこもった動作だった。自然と笑みが生まれ、いつの間にか怒りも消えていた。
「変わると良いね」
彼女にはガスマスクのせいで見えないだろうが、私は満面の笑みを浮かべながら、返事をした。私と同じ考えの人間がいるだけで、救われた気がしたのだ。
「何ヲシテイル」隣から感情のない冷たい機械音がする。ロボットだった。
「オ前ラハ、世界ヲ変エヨウトシタ罪デ処刑ダ」そうロボットは云い、銃を構えた。
「周リノ人間モ参加セヨ」
ロボットは周りの人達にそう命令した。その命令を聞いた人々は、私達を囲み、身構えた。
彼女はガスマスクを外し、大声で吠えた。
「どうせ死んでしまうのだから云う!! 私はみんなが同じでなければいけない、こんな世界が大っ嫌いだ!!」
彼女の水色の瞳は、今から死ぬ人間の瞳には見えなかった。きらきらと光り輝き、将来に希望を持つ、力強い若人として映った。しかしそんな彼女は、ロボットによって脳味噌を撃ち抜かれる。たった一つの銃弾で、彼女の考えや記憶は一瞬にして消え去った。
今まで彼女が培って来た時間、人格、記憶、思想───すべてがたった一つの鉛の弾丸によって、消え去った。
私の中の何かが壊れる音がし、気が付くと私は名も知らない彼女を抱きかかえながら、群がる人々に叫んでいた。
「あゝこの世界はおかしい!!みんな違う事の何が悪い!!この人はこの人で、私は私。みんな違う事からこそ、私には価値があり、この人にも価値があるんだ!!」
しかし人々は、私を足蹴にしだした。だが、群衆の中で誰かがすすり泣く様な音が聞こえて、少し哀しくなった。みんなはロボットとは違って、心があるのだ。誰かが死ねば、哀しくなったり、苦しくなったりするんだ。
「止メ!!」
ロボットがまたもや人々に命令をする。そして銃を構え、私の脳天を撃ち抜こうとする。すると突然、時が止まったかの様にみんなが動かなくなる。まるで本物そっくりのマネキンが立ち並んでいるかの様だ。
『ああ、だから云ったのに。もう帰るよ?』
あの人の声がした。こういう時でも、姿を見る事が出来ない。
「この子も一緒じゃ駄目?」
私は抱きかかえていた彼女を指差した。連れて行って、具体的にどうしようか何て考えていなかったが、私のせいで彼女は死んでしまったのだから、自分の手で葬ってあげたかった。
『無理だよ。この子は向こうの世界では存在しない事になっているのだから。勿論ここでも、君は存在しない人間と云う事になっているのだけどね』
無惨にも、私の願いは打ち砕かれる。
「ならここで葬って上げたいわ」
私の願いを聞いた声だけのあの人は、また『無理だ。時間がない』と云い反対した。しかし私は、わがままを言い続けた。そして公園の土を掘り出した。
「他人の声は聞かない。自分のみちを生きる」
私は必死に汗を流しながら地面を掘り続けた。ただ我武者らに掘り続けた。髪の毛が汗のせいで首や頬にくっつく。視界がだんだん狭くなって行き、疲れて来た。手からは血が滲み出し、また泥だらけになっていた。しかし痛みは感じなかった。ただ必死だった。世界がぐるぐる周り出しているのかの様な感覚になり、瞼も重くなって来た。息も少し上がって来ている。
「少しだけ」
そう思い、数秒間だけ瞼を瞑り休んだ。眩暈がするなあ、と思い目を開けたら、私は誰もいない静かな神社の階段に座っていた。風が痛いほど気持ち良かった。
夢だったのかな? そう思ったが、手は血と泥が混じって変な色だし、鞄には彼女と話した記録の残ったスマートフォンが入っていた。
『お疲れさま』あの人の声がする。
『もしあの世界に戻りたくないのなら、この事は誰にも云わない様に』
あの人はそう云い、掠れた笑い声を残しながら、喋らなくなった。きっと帰ったのだろう。木々の奏でる心が洗われる様な音と、風の囁きが疲れた躯にヒシヒシと伝わる。
毒々しい青が空を覆う。あゝ、哭きそうだ。
撃ち抜かれた脳。でも躯はある。 井澤文明 @neko_ramen
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