最期

 俺は、アルザイマの街の処刑人だった。学が無い俺が記すこの手記は読み難いだろうが、我慢して欲しい。どうしても伝えたい事が在るのだ。それは、一人の男の生と死だ。俺はその生き様を伝えねばならない、人として。


 俺とその男の出会いは酷いものだった。奴は無実の罪を着せられ、俺に処刑される所であったのだから。結局、奴は自分自身の知力と胆力で無実を証明して、堂々とアルザイマの街を出た。俺は俺の仕事に誇りを持っていたから、無実の人間の首を刎ねる羽目になり掛けていたことに怒り、その男についていくことにした。真犯人は街の有力者だったから、結局俺では首を刎ねる事が出来ないからだ。様は、誇りを傷つけられて耐え切れず逃げ出したのだ。奴は、俺を受け入れて共に冒険者となることを勧めた。


 冒険を繰り返す内に、奴の目的が酷く大それたものである事が分かった。魔王を殺すと言うのだ。確かに奴の剣の腕には何度と無く助けられたし、何よりその剣の威力はあれほど苦戦した魔族を、魔物を容易く葬るのだ。容易く、と言うのは語弊があるかも知れないが、俺や他の連中よりは苦戦もせずに斃していた。それは、芝居小屋で見た演目『ミセリコルディアの勇者』の一幕を思わせた。ならば、俺はこの男と同道しない方が長生きできるかも知れないと考えた事を覚えている。


 さて、俺が語りたいのは奴についてではあるが、奴の冒険譚を語りたいのでは無い。伝えるべき事は、奴が魔王との戦いに備えて情報を求めていた時に知り得た禁忌についてとその最期だ。俄かには信じ難い事だが、女神の力の顕現とされる剣を持つ勇者は、幾つかの魔王の討伐に成功していると言うのだ。そして、討伐に成功しても勇者は魔王と成り果てるのだと……。


 こんな事実は知りたくも無かったし、教えられた当初はありえないと笑い飛ばしたものだ。頭の回る魔族がそう言い触らして、難を逃れようとしているのだと。そう告げれば、奴はゆっくり首を左右に振り証拠を提示した。ヴェルンホーンなる滅びた街があるらしいが、其処に残された手記や生き残りの証言等だ。それらも捏造できるのかも知れないが、少なくとも奴は真実であると信じていた。そして、これを記している今は俺も信じざる得ない。女神クロデアは何故、この様な行いをするのか、元より然程信心深くも無い俺にはとんと分らん。


 そんな事実を知りながら、俺たちは魔王を追い、遂には対峙した。魔王の名はダルガンステル…或いは、カンデラリオと奴は口にしていた。奴は魔王と相対する前夜、俺に告げた言葉がある。

『魔王となるにせよ、自分と言う存在は何処まで残せるのか』

そう告げた奴の顔に浮かぶ決意は、その後に続いた一言が本気で在る事を物語った。それを成し得るには魔王の討伐が成されなければならず、その後の事は、その後で考えるべきだと告げて俺は答えを保留した。即答できかねる言葉であり、問い掛けであったからだ。だが、結局俺は魔王との戦いの前に、その申し出に了承した。


 結局、俺たちは魔王に勝った。そして、奴の望みもまた叶えられた。魔王を討った瞬間に、奴の剣が不気味な輝きを放ちその内に取り込まれていく。俺は片腕をなくしていたが、奴との約定を違えぬ為に奴に駆け寄り…長年振るってきた斧で奴の首を刎ね飛ばした。そこで力尽きて倒れた俺には、その後に何が起きたのかは良く分らない。


 一人取り残されていた俺は、旅の一団に助けられた。生き残ったとは言え片腕を失い、友を失った俺に残されていた希望は、魔王の死が確認される事であった。だが、希望と言う名の幻想は砂上の城の様に脆くも崩れ去った。未だに。魔王の姿が目撃されたからだ。炎を吹き上げる歪んだ漆黒の甲冑に、血に塗れた棍棒、そしてある種の勇壮さをあらわす蛇の紋章の入った盾を持つあの魔王が。唯一の違いは、歪んだ兜の目明き穴から垣間見れるものは何一つないという事だ。瞳の色など全く分らない闇が広がるばかり。様は首が無い魔王が何事も無かったように闊歩していると言う事だ。


 俺はこの絶望を一人背負って死を待とうと考えていた。だが、我が友の……奴の行いはただ絶望しか齎さなかった訳ではなかった。不可解な事だが魔王ダルガンステルは変容していた。弱者に興味を示さず、無駄な殺戮を好む魔族、魔物はその手の棍棒で殴り殺す。魔王に付き従っていた道化の魔族も棍棒で打ち据えられて死んだらしい。無論、所詮は魔王であるから戦いとなれば、殺戮の嵐が誰彼構わず吹き荒んだが、それでも、唯の破壊の権化だった頃に比べればマシになったと噂が飛び交っている。


 その噂を聞くと思い出さずには居られない。生前の奴の語った言葉を。それは奴が両親から聞かされていた言葉だった。

『諦めてはいけない、諦めなければ道は拓ける』

その言葉を聞かされた時は、陳腐なもののように思えた。そして、自身の命を捨てて魔王を討たんとした際に棄てたと思われた教え。だが、奴はまだ諦めて居ないのかも知れない。考える頭を失い、魔王と成り下がった今でも、足掻いているのでは無いか。そんな妄想を抱かずには居られないのだ。

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棄教 キロール @kiloul

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