大人のワンナイト人狼

雨後の筍

今日もオオカミは僕を食べる


「はーい、わたし、蔓田くんが人狼だと思う!」

「そう? 私は、そう言う貴女のほうが怪しいと思うけど?」


昼下がり、姦しい声が食堂に響き渡る。

周りの人たちには悪いけど、君たちだって同じ状況なら騒ぐだろう? お互い様だよ。

今日も今日とてガラス張りの壁を抜けて、太陽が僕たちを黄色く照らす。

彼女たちは今日も元気だ。

僕らはしがない文芸サークルの一つだけれど、最近のサークル活動には必ずこれがつきまとう。


「ま、つまりそういうわけで、貴女が人狼だというわけ。そろそろ自白したら?」

「あー、その、私は吊り人だよ?」

「語るに落ちた、わね」


彼女たちは何が面白いのか毎日毎日これを繰り返す。

いや、僕も楽しんでることは確かなんだけど、毎日はさすがにつらいなって、そろそろわかってほしいところだ。


「えー! ずるいずるいずるい! 澄美さん今日も勝つつもり!? 今日こそはわたしが勝とうと思ったのに!」

「ま、経験の差が生まれてしまうのは仕方ないわね?」


僕が寝不足の頭で情報を整理していたら、決着がついてしまった。

でも、残念ながら、その結論が通ることはない。

なぜなら、


「澄美さん嘘はいけないよ?」

「え?」


今から僕が、彼女の理論には穴がある……ということにするからだ。

流石に、3日連続で彼女に勝たれるのはこっちとしても困る。

たまには、他の娘にも勝ってもらわねば。

一人ばかり勝ちすぎるのも、サークルの和を乱すだろう?


「ちょ、ちょっと蔓田くん? 私を勝たせないためだけに動いてない?」

「まさか、そんなことがあるわけないだろう? そもそもでヤるってのは、全員の合意の上なわけだし」


その言葉に、澄美さん以外の全員が肯く。

実際、彼女たちが理性を失えば、こんな軽い制約のゲームなど、すぐに破綻するのだから。


「ウチとしても蔓田の言い分の方が受け入れやすいかな」

「うんうん、蔓田くんナイスアシストだよ! でも、わたしは蔓田くんが人狼だと思う!」

「ふ、ふひ、ざまぁ」


澄美さんの味方はいない。

これのどこがフェアなルールなのかって? 多数決は常に世の最大幸福の実現に貢献しているじゃないか。

ああ、なんともアンフェアなルールだ。


「さ、昼の時間はそろそろ終わりにしよう。夜がやってきてもいい頃だ」

「覚えておきなさいよ、蔓田くん。……総合講座Ⅰのレポートの資料貸してあげないから」

「え、ちょっと待」

「はーい! 投票の時間に行こうかー。……蔓田、諦めな」


僕の訴えは無慈悲にも却下され、吊られることになった澄美さんはこちらを恨みがましく見つめている。

勝たせても負けさせても駄目とは、これが男の立場の弱さだろうか? まったく、泣けてくる。


「というわけで、勝敗は決定な。で、今日の活動はなにやるんだ?」

「北浦……恨むぞ。はぁ、今日の活動は、気を取り直してズバリ、ケモノっ娘の尊さについてだ!」

「あ、ウチ急用があったんだった。帰るわ」

「まぁ、待て待て。少しくらい聞いていったらどうだ」


速攻立ち上がった彼女の腕を掴んで引きずり戻す。

生の二の腕は、ぷにすべで、引き寄せたからか、みかんの匂いがした。

愛想笑いを浮かべる俺に、彼女は辛辣だ。


「は? その話、前回おまえんち行った時に嫌というほど聞かされたけど? あの時寝れなかったのはおまえのせいだって覚えてる?」

「あー、そういえば、したようなしなかったような……」

「他のやつと違って、泊まり行っても寝る時間くらいやってるのに、自分から潰してちゃ世話ねーよ。もちろん帰っていいんだよな?」

「あの、はい、まったく文句もありません……」


他の三人はクスクスと笑っているが、俺としては恥ずかしいばかりだ。

容赦というか付き合いやすさというか、こっちのことを一番考えてくれるのはいつも北浦だ。

だからといって、女として見るにはサバサバしすぎてるとは思うけど。


「その目、ウチを何だと思ってるんだか。これでもピッチピチの女子大生だってこと、忘れないでおいてよ?」

「う、ああ、肝に銘じておくよ」


ついに耐えきれなかったらしい袴沢が吹き出した。

北浦のジト目と合わさって、非常に居心地が悪い。

周りからの好奇の視線も相まって、倍ドンだ。

別に、俺だって本心から思っているわけじゃないけど、男勝りすぎるのも考えものだと思う。

見た目がどんなに美少女でも、距離感がこれなら、親友としてのほうが見やすいさ。

ま、それに関してはサークルの他の娘もそうなんだけど。

彼女にするには欠点がある、しかし極上の美少女たち。


「あ、私、総合講座Ⅰのレポートやらなきゃ。図書館行くわね」

「ふ、ふひひ、ピッチピチの女子大生……ピッチピチ……」

「あ、わたしはちょっと買い物しなきゃいけないものあるんだった! ごめん! また後で戻ってくるね!」


サークル活動じゃなくてワンナイト人狼しにきてんのか、お前ら。

そんな少し残念な彼女たちが集まった僕らのサークルの名前は、『しょどくらぶ』。


通称、『蔓田ハーレム部』だ。

まったく、失礼なネーミングだと思わないか?

こいつら、俺のこと全然好きに見えないんだが。




「そんなわけだから、総合講座Ⅰの資料持ってるやついないかなぁって」

「ツッタラーで探したの? あんなマイナーな講義取ってるの、わたし、唯人くんと澄美さんしか知らないなぁ」

「と、思うだろ? なんと衝撃の真実でな。袴沢のやつ、講義取ってたらしい。あんな存在感あるのに、今までまったく気づかなかったぞ」

「あー、なるほどねぇ。えーっとね、あーちゃんは普段は普通の格好してるよ? 唯人くんと会う時だけ、お洒落してくるんだ」


活動からの帰り道、今日は芳美が戻ってくるまで袴沢と二人っきりだった。

サラッサラの金髪といい蒼い碧いガラス玉みたいな瞳といい、幼い体型と噛み合って人形みたいで可愛らしいんだが、言動は一昔前のオタクだし、格好もエキセントリックの境地だ。

ヘッドドレスに眼帯つけてゴスロリ着た娘と一緒にいると、俺までそっち系に思われそうで毎度不安になる。

あの服、どうやって脱ぎ着するんだか未だに漠然としかわかってないし。でも、ドロワーズは趣があっていいよな。


「って、それこそ衝撃の真実なんだが!? 俺と会う時だけあんな格好してんの!? じゃあ普段はどんな感じなんだよ!」

「いたって普通の文学少女って感じかなぁ。金髪は目立つからってウィッグかぶってるしー」

「……それはそれで見てみたいな」


袴沢は別方向だから、一つ隣のホームでこちらを見ていた。

いや、こっちの話が聞こえていたのか、顔を背けて慌てて離れていった後だけど。

あれはどこが恥ずかしくて逃げたんだろう? 普段の自分がバレたこと? それとも毎度気合い入れてお洒落していたことだろうか?


「なんか、今日一日で袴沢のことをよく知った気がする。僕って、実は君たちのことあんまり知らないよね」

「それは恋人になってから、かなぁ。やっぱり抜け駆けはフェアじゃないと思うし。だから、今日のあーちゃんはホントはずるいの。でも、今日は、わたしが勝ったからね。文句言うのはどうかなぁって」

「ま、それもそうだな」




「なんせ、こんな関係だしな」


家についた僕は、荷物を下ろすのも早々に寝支度を整える。

何事も性急に。できたら苦労はしないが、心構えくらいは、な。


「そんな急ぐ必要はないんじゃない? もう夜になったんだし」


妖しい笑顔を浮かべる彼女の背を押して、とりあえずシャワー室に押し込む。

せめて、飯くらいは食ってから寝たい。

まともなものを作る余裕はないから、今日はカップ麺だけど。

その点、澄美さんは手料理を振る舞ってくれる分、素晴らしい。

どこかの、料理すらも振る舞えないふわふわスイーツ女子とは格が違った。


「私が料理できないからって、こんな扱いは不当だと思うのです。賠償を求めます!」

「ほこほこして非常に満足そうだが? ほれ、芳美の分まで作ってやっておいたぞ」

「ヤタっ! 気が利く! ってこれ、もうおそば伸びきってるよ!?」

「まぁ、シャワー浴び始めてすぐ作り始めたしな。浴槽に勝手にお湯まで張って、長風呂してたのはお前だかんな」


ずぞぞ、と涙目になりながら赤いパッケージのカップそばを啜る芳美からは、色気の欠片も感じない。

いかにも年頃の女子なパステルカラーのパジャマ、肌にまとわりつく黒髪、水滴が流れる赤く上気した頬。

無造作に開かれた胸元、意識しない女の娘座り、晒しだされる太もも。

下半身なんて、パンツ一丁だってのに、ここまで惹かれない姿もなかなかない。

伸び切ったカップ麺はもしかしたら世界を救うのかもしれない。

少子高齢化は加速しそうだが。


「まぁ、いいよ。わたしが悪いし、いつものことだもんね」

「長風呂しなきゃいいだけだろうに。なんで僕が冷凍のチャーハンとか作らないかわかってるだろ」

「おーふーろーはー、女の娘の生命線なの! これがなくちゃ女の娘は名乗れないんだから!」


そう言いながら、ずぞーっとそばを啜りあげる。

いや、せめて雰囲気作ってから言ってほしい。

年頃の娘がパンツ丸出しでそば啜りながら言っても、何も心に響かないから……。


「だからね」


カップそばを食べ終わった彼女がこちらを見つめる。

光が眼に映り込んで、金色に輝いている。

ああ、今日もまた夜になった。


「お風呂上がりの女の娘はぁ、一番かぁいいんだよ?」


小首をかしげて嗤うその口元の八重歯が、いやに目につく。

さっきまでなかったはずの色気が、途端に押し寄せる。

そばの出汁の匂いを、女のニオイが上書きしていく。

そういえば彼女のシャンプーはシトラスの香りだっけ。


「今日は私がオオカミさんでした。だから、村人さんを食べないとね?」


ギラリと輝く琥珀色の瞳。

ああ、今日もまた寝不足決定だ。

また明日も明後日も、太陽が黄色い中ワンナイトをヤるんだろうな……。




これは僕の持論なんだけどさ、毎日一人ずつなんだから、そりゃハーレムとは言えないだろ?

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