第24話 a:a - 3 アーバスキュラー菌根

/◇

 翌朝。

 コンビニのゴミ箱にBACの血で駄目になった服を入れたビニール袋を押し込んだ。


 逗留先のビジネスホテルの部屋では棄てるのを躊躇った。傍目には汚れていないように見えていても、返り血まみれの服を誰のものかわかる形で回収されたくはない。……監視カメラだらけのコンビニ店内のゴミ箱だから、どうせ個人が特定されないなんてことはないが、個室のゴミ箱よりは興味を持たれにくいだろう。


 エアコンの効き過ぎたコンビニから外に出るなり、刺すような日差しとアスファルトから放射される熱に呻きそうになる。

 街路樹からは蝉の声が騒がしい。22世紀では騒音兵器に等しい蝉も、この時代では可愛らしいものだった。


 ……滞在はもって3ヶ月が限度、と言われている。

 それ以上の21世紀の滞在は、全く予想ができない。回収は3ヶ月後。それ以外は死亡時のみの回収になる、と。

 極力生体義足に負荷をかけないように口酸っぱく言われて、2029年、アウトブレイクのあったとされる東京へと送り出された。


 アウトブレイク、BACの初期感染、大流行をもたらした年である。

 持ち込んだ通信機の類は電波の種類が違って使えなかった。不慣れな場所での戦闘は情報戦にもなる。ネットに繋ぐことができればいくらか状況もマシにはなるはずだがこの時代の機器類については詳しくない。


 資金面に関しては、誰がどうやって用意したのかカードを渡されている。

 通信機の類が使えないのに、私の記載は正常にできているのだろうか。帰ってみるまで分からないし、確かめようもないことだけど。……戻れたら編集してもいいし、思考記述のプライバシーは守るとは言われているが……どの程度信用できたものか。もちろん、この思考ですらも覗き見されていることは自覚しているので、あえて気にしないことにする。編集はタグと生体認証を使って私しかできないようにするから、などなど出発前に認証システムについてつらつらと語られたが真に知りたいことはそれではない。


 問題は、タイムマシンなどという馬鹿げた計画がRTA内部で動いていたことだ。

 室長さえも1枚噛んでいるらしいが、問いただしたところではぐらかされてしまうだろう。あの人は私のような兵器にも好意的なようだがそれでも信用ならない。


 閑話休題。

 私が2029年に送られた目的は、『アウトブレイクの原因究明、および、可能であればその阻止』だ。

 BACのもつステルス性と、そのステルス性に対抗しうる手段が当時の日本になかったということもあり、アウトブレイクの発生やその侵攻度合いは未だ未知数のところが多い。

 BACの見える人間を送り込めば話は早い、ということらしい。もっといえば、日本に上陸して間もなく数の少ないBACを駆除し続けることができれば、被害を抑えることも可能ではないか、と。

 短絡的過ぎる。

 起こるべくして起こることは、必ず起こる。

 矛盾のないようにできているのだ。

 そして、そんな馬鹿げた目的のためにタイムマシンなどという馬鹿げた装置を本気で作ってしまった上層部を、心の底から軽蔑する。上は馬鹿なんじゃないか。▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎【規制されています】

【入力エラー】

【入力エラー】


 蝿の羽音に等しい悪態だが、文句の一つも言えなくなってしまったら、いよいよ私はただの実験体だ。それは、嫌だ。


 そう感じられている内は、ただの実験体にならなくていい。

 事実としては、対BACのための実験体が、タイムマシンの実験体・兼2029年の観測機になったのだとしても。


 私に思考記載を取り付けたのは、2029年の実情を探るのと併せて、3年前の第8班……秘匿実験部隊壊滅の真相を探るのが目的だと察しはついている。

 市野イチノは、事件に関するモンタージュの書き出しを拒否していたし、さらには錯乱して脱走したとまで聞かされた。

 曰く、RTAを裏切ったのだと。第8班を壊滅させたという自責の念が元でPTSDを発症していたらしいが、無理もない。

 だがそれも、どこまで本当のものか。死んだと聞かされた方がまだマシというものだ。正直2度とあいつの顔など見たくない。

 あの件の生き証人なんて、居なくなってしまった方がいいに決まっている。

 もしも何かの間違いで、あの大馬鹿がRTAの管轄内で生かされている方が、状況としては悪い。

 錯乱して野垂れ死ぬか、捕縛されて銃殺されていた方が、ずっといい。

 ……こんな馬鹿げた試みに巻き込まれずにも済むし。

 所詮は人間扱いされない命だ。秘匿実験部隊の俗称に違わず、どうなろうが私たちは『BACのいない時代』のための生贄であることに変わりはない。人並みに生きようと期待することが、間違いだ。

 そのように自覚している。

 そんな風に自分に刷り込んでいる。


 ふと視線を落とすと、蝉が、焼けた歩道の上であおむけになって死んでいた。





 午前いっぱいをフィールドワークと雑魚の駆除に費やした後で、昼食をとることにした。

 この時代の食べ物は美味しい。作り物の味がしない。野菜は野菜の味、肉は肉の味、魚は魚の味がする。独特の薬品のにおいや油のにおいがしない。本物を食べているという実感がある。

 注文したサンドイッチランチは、鶏の照り焼きとレタスが入ったものと、トマトや玉子、レタスと豆をドレッシングでバランスよくまとめたサラダサンド。デザートに色鮮やかなフルーツがのったヨーグルトとアイス紅茶のついたセットだ。ボリュームも丁度いい。 


 サンドイッチを咀嚼しながら窓の外をぼんやりと眺める。通りを挟んだところに、炎条望エンジョウノゾムと出会った公園がある。今日も人通りは少なく、傾き始めた午後の強い日差しでアスファルトは逃げ水や陽炎を作り始めた。どうやらまだ暑くなりそうだ。


「ちょっとすいませんねー」

 窓から視線を戻すと、目の前に女性が座ってきた。ライトグレーのパンツスーツを着こなした、黒縁眼鏡が良く似合う女性だ。昼食にしては遅めだったため、他にも席は空いている。不服ではないが、わざわざここに座って欲しくはない。

「あの……」

「いやぁ、怪しい者じゃありませんから」

 それを言う奴は怪しいんじゃないのか。そんなことを思っている私をよそに、

「わたくし、こういう者でして」

 手際よく、小さな紙を差し出す女性。何をしているのか一瞬わからなかったが、自己紹介をしているのだと合点がいった。おそらく名刺だろう。受け取らないのも感じが悪いので、とりあえず受け取ることにする。

「ジャーナリスト……シオネ、マドカ……さん」

 軽く読み上げて、私は目の前の女性――潮音円シオネマドカを見た。潮音はきっちりと口紅を塗った形のいい唇を曲げて、人の良さそうでかつ隙のない笑みを浮かべた。

「ええはい、そうなんですよ。ジャーナリストやってる、潮音円といいます。あなたのお名前は? お嬢さん」

 率直に名前を言うのは躊躇ためらった。ジャーナリスト。戸籍を調べられれば、私の名前など出てこない。本名を言おうが、偽名を使おうが変わりはしないが……。

「あ……安藤小花アンドウコハナです」

 とっさにそう言った。

「ふむ。コハナちゃんね」

 ……もう少し凝っても良かったかもしれない。


 そこで潮音円は手を挙げてウェイターを呼び、アイスコーヒーを注文した。

「それで、ジャーナリストさんが私に何のご用でしょうか」

「ジャーナリストさんはよしてよ。マドカでいいわ」

 軽く肩をすくめて潮音は続けた。

「今ねぇ、わたし例の連続殺人事件を追ってるのよ」

 自分の紅茶に手を伸ばしかけて、私は止まった。……なぜ私に、とすぐに訊き返しかけてやめた。迂闊に発言するべきではない。鎌をかけられているかもしれない。

「知ってるでしょ?」

「ええまぁ。……この辺りに来たのは初めてなので、詳しくは知りませんが」

 できるだけ反応せず、フラットに言う。

「まさか、私が犯人だと疑っていらっしゃるんですか?」

 先んじて言っておく。緊張を気取られないように。記者が私に声をかけてくる理由があるとすれば、そちらだ。その可能性が高い。

 しかし、潮音は弾けるように笑い、

「そうじゃないわよ」

 と手をひらひら振った。

「むしろ、その逆」

 このタイミングで潮音が頼んだコーヒーが運ばれてきた。シロップを入れた後で、真剣みを増して、潮音は私の顔をのぞき込んだ。


「あなたを、救世主だと見込んで」


 潮音は確信を込めて、小声でそう言った。

 緊張が高まる。空調の音が響く。潮音は私の反応を窺っているようだし、私も潮音の出方を探っている。


「救世主? ……何をおっしゃっているんですか。大袈裟な」

「大仰に言っただけで違いはないでしょう? わたしね、見ちゃったのよ。コハナちゃんが見えない何かと戦っているところを。あなたこそが、わたしがずっと追ってきた存在だと」

 単刀直入、だった。努めてリアクションをとらないようにする。

「人違いなのでは? そもそも、見えない何かって何なんです?」

 軽く茶化すように私は笑った。少々失礼な態度でもある。これで怒って去ってくれるなら、ありがたいくらいだ。

「あら。人違いじゃないわよ。昨日、今日、どころか度々そうしているあなたを見かけたし、実際、ここ最近この町では死者が減ってるのは調査済みなのよ?」


 私は閉口した。見られていた。もしかしたら午前中ずっとつけられていたのかもしれない。

「見えない何かが何なのか。それは、あなたが知っているんじゃないかしら、とわたしは思ったんだけどね」

 意味深な笑みを浮かべて、潮音はコーヒーを一口飲んだ。

「わたしが思うに、それは人ではない、何か別種の生き物」

「なぜそう思うんですか?」

 間髪入れずに問いかけてしまった。

「あなたは何も見えないものの気配には敏感なのに、わたしが尾行していることにはまるで気付かなかった。まあ、それだけ夢中だったのかもしれないけれど。あなたが人の気配には鈍感なら、あなたが追っているそれは人ではない、って考えたのよ」

 消去法みたいなものかしらねぇ、と潮音は肩をすくめた。

「亡霊の怨念か、はたまた宇宙人か。だったらおもしろいんだけど」

「面白いものじゃ、ないと思いますよ」

 反射的に、冷えた声が出てしまう。もっと上手く取り繕うべき場面なのだろうが、いや、私が怒ってどうする。

「面白いものじゃ、ありません」

 無意識に左脚に目を落とさずには、いられなかった。

 実地を知らない教官がよくやるような、聞き分けのない子供をいなすのと同じように、短く潮音は息を吐いて、

「それはわかってるわよ。人が大勢亡くなっているんですもの。でも、追いかけないでいられないし、正体を突き止めたいと思ってしまうのよねぇ。子供の頃からの悪い癖でね、興味を持ったら一直線、っていうか」

 和やかな調子で潮音は続けたが、私は押し黙ってやりすごそうとした。それを見抜いたのか、潮音は少々困ったように眉根を下げて小さくため息を吐く。


「ねぇ、コハナちゃん。歳はいくつ?」

 アプローチの仕方を変えるつもりらしい。油断はできない。

「……17です」

「そ。しっかりしてるわねぇ」

 そんな風に言われるのは、嫌いだ。そうしなければ生きていけなかったからそうなっただけなのに、しっかりしているなんて言われるのは、嫌いだ。

 現に今だって、放り出されて一人で生きていくのがやっとだ。


「心配しなくても、事実を歪めて書く気はないわ」

 優しそうな声音で、潮音は言う。

「どうでしょうかね」

 いささか芝居がかっているが、私は鼻を鳴らした。

「あなたにその気はなくとも、世間はどう受け取るでしょうか」

「……本当のことを、話して貰えないかしら」

 懇願、といってもいいだろう。真剣みを帯びて潮音は前を見る。

「さっきは軽率なことを言ったわ、ごめんなさい。気を悪くしないで欲しいんだけれど、コハナちゃんが本当のことを言ってくれたら救われるかもしれない。救える命があるかもしれないってことは、分かって欲しいの。もしかしたら世間には受け入れられない内容かもしれないけれど、わたしはできる限り伝える努力をする」


 彼女が話をするほど、私の中では冷めるものがあった。


 潮音が言ったことは本当かもしれない。全て。だけど、彼女自身が興味本位で動いていることに違いはない。誰にでも主観は存在する。彼女の伝え方による努力をしたところで、全ての人が頷くような結果になることもない。また、潮音は結局のところ、大勢の命を秤に掛けることで私に話を促しているように思えてならない。ある意味、多くの命を盾にとった軽い脅迫だ。私の話すことが、如何ほどの意味になるかなど、少なくとも潮音には分からないことだ。それは、仮に私の話が世に受け入れられた時に、大衆が決めることだ。


 それらの考えを踏まえたうえで、

「そんな気分にはなれません」

 私はきっぱりとそう言った。

 そう、と潮音は残念そうに目を伏せる。罪悪感がわきそうになるが抑えた。


「わかったわ」

 潮音は嘆息する。

 これで諦めて帰ってくれるものだと思っていた。


 しかし、打って変わって、ぎらついた目で潮音は私を見据えている。


「交渉方法を変えさせてもらうわ。安藤小花さん。わたしと、取引しない?」

 潮音円は、折れなかった。

「強情なあなただから、手っ取り早くいきましょう。……あなたに今、足りないものは、情報。そうじゃない? 慣れない場所で、現状の把握が間に合わず、後れを取っている。打つ手がないわけじゃないけれど、これと言って大きな打開策もない」

 図星だった。事実、情報不足ではある。

「戦わずして勝つには、情報が必要よ。逆に言えば、情報がなければ勝つことは極めて困難になる。最初から負けているようなものよ。わたしなら、あなたに協力できる」

「私が応じるとでも?」

「1人で勝てる状況じゃないのは、冷静なあなたなら分かっているかと。それに、コハナちゃん、失礼だけど資金面とかその辺は?」

「お金はありますよ。だから、助けは」

「逗留先なんて大方ビジネスホテルでしょ? すぐに資金が底をつくわよ?」

「ま、あ……。その時は働けば、どうにか」

「あなたの目的のために動く時間は、確実に減るわよ」

「それは……」

 調査や駆除にかけるだけの時間がなくなるのは間違いない。

「心配ないならいいけど。住む場所くらいのサポートはさせてほしいな。短期契約できるいいマンション知ってるから、おねーさん名義でそこ借りとくね。スマホとかパソコンとか、その辺一式は適当に社内から借りてくるとして……あとは必要なものがあれば極力そろえるし、アシが必要ならバイクに乗せてあげられるし」

 他にはそうねえ、と思案し始める潮音を理解できなかった。

「な、なんでそこまでするんですか?」

「んー?」潮音は不思議そうに首を傾げた後で、「コハナちゃん、悪い子じゃなさそうだし、大変そうだなーって」

「それだけで?」

「もちろんこれは善意じゃない。仕事だもの。わたしは慈善事業でこんなことしない。率直に言えば、これが大きなニュースになるって確信と、そういう意味ではコハナちゃんはいい金ヅルになるから?」

「か、金ヅル……」

「そういう言い方のほうが後腐れなく納得しやすいでしょ、あなた」

 潮音はそう言った。それもそうだ。下手に慈悲の心など向けられたくない。

「これが人間の仕業にせよオカルトにせよ、私は真実を知りたいから記者をやってるんだもの。だから、今度こそ逃がしたくないんだよねえ、あなたのこと。ようやくあなたに辿り着いたんだから。もちろん、今、ちゃちゃっと喋ってくれれば取材としては満足だけど、それじゃあ、なにも解決しないんでしょ?」

「それは、そうですけど……」

「だからこれは取引。あなたの情報戦と当面の生活を私がいくらかサポートする。わたしはあなたを通してこの事件の真相を暴いて記事にする。お互い、利用し合う関係性を築きましょう?」

 潮音円は私に手を伸べる。……握手を求めているのだろう。


 信じて大丈夫だろうか。けれどその実、協力者がいた方が動きやすい。潮音の指摘はもっともだ。

 そう、利用し合えばいい。向こうが私で稼ぐつもりなら、私はそちらを利用して情報を引き出すだけ引き出せばいい。アウトブレイクの真相に辿り着くとっかかりとしては、悪くない。

「……わかりました」


 差し出された手を握り返す。


「それじゃあ、契約成立! ということで、改めてよろしくね、コハナちゃん」

 潮音はぶんぶんと握った手を上下に嬉しそうに振って、

「やっとここまで漕ぎつけたわ! じゃあ、手続き周りとか面倒なこととかはちゃちゃっとこっちでやっとくから。そうねー……2日後、同じ時間にここで落ち合いましょう。部屋の鍵とかパソコンとかはそれまでに用意しておくから。荷物とかは持って来ておいてね。それまでの連絡用に個人用だけどわたしの古いスマホ貸してあげる。Wi-Fiに繋げば一応ネットにも繋がるわ。何かあったら電話かショートメッセージで」

 そこまで早口で言い切ると、潮音はバッグから端末を取り出して机に置いた。……当然私の持っているものとはだいぶデザインが違うが、触っている内に操作方法はわかるだろう。

「今日のお代は経費で出しとくから! 気にしないでゆっくりして!」

 止める間もなく私の分の伝票まで引き抜くと、颯爽と身を返してレジの方に向かおうとする。

 暴風のような人だ。


 しかし待ってほしい。……どうしても聞いておきたいことがある。

 立ち去りかけた潮音を呼び止める。

「さっき、『今度は逃がしたくない』って言いましたよね? ……潮音さんこそ、私のように、その……何かを追っている人物に心当たりがあるんですか」


 潮音はきょとんとした顔をした。しばらく、何かを考え込んで、眉をひそめる。

「人違いのわけないと思っていたけれど……。ねえ、コハナちゃん……あなた、ひとりでここに来たのよね?」


 質問の意味を汲み取りかねて、私は尋ね返した。

「……もしかして、私以外にいるんですか?」


 間をおいて、潮音はぱっと笑顔に戻る。

「ごめんなさい。わたしの勘違いだったみたい」

 ……嘘だ。嘘を吐いている。潮音には、思い当たる節がある。

 またね、と後ろ手に手を振ると潮音は今度こそ店を後にした。


 一筋縄ではいかない相手らしい。……目的も増えた。どうやら私よりも先にこの時代に送られた人物がいて、潮音は少なくとも何かの情報を持っている。その人物も巻き込んで事に当たることができればラッキーだし、邪魔をしてくる相手であれば捻じ伏せる必要がある。


 私は再度背にもたれて、氷の融けきったアイスティーを流し込んだ。

 思いがけない協力関係を築いてしまった。けれど、これで進展があるはずだ。効率を求めるなら、これで合っているはず。潮音には悪いが、最初からすべてを話すつもりなど毛頭ない。明かせる情報は、せいぜい私のいた時代とこの時代で矛盾が起こらない程度だ。

 悔しいことに、朝よりも気分が幾分、軽くなっていた。

「忙しくなる、か」

 願ったりかなったり、だ。何をすればいいか分からず茫洋としているよりずっといい。

 午後からは電車を使って海の方まで出てみるのも手かもしれない。もう少し足を延ばせるようになったら工業地帯の方も調べに行かないと。まだこの時代には存在していないが、白鳩島が建設されるよりもまえの京浜に何か手がかりがあるかもしれない。それと、行きたい場所が、もう一か所ある。

 店を出ようとしたところで、窓の向こうの公園を見て驚く。

 正しくは、公園のベンチに座っている人物だ。単に木陰で涼んでいるのか、誰かを待っているのか。


 炎条望が、そこにいた。


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