悪らしい名前が欲しかった

 自分の目と鼻の先にいるとても美しい女性、しかし容姿などからはまだ幼い感じも垣間見えた。目の前に彼女の手が差し出される。


「改めて宜しくね新人さん、私はミズと言います。」


「よ、よろしくお願いします!」


 しっかりと両手で手を握り返すと、とても心地の良い温もりを感じる。ミズというこの人、悪ではなくシスターの方が余程似合っていると心咲は思ったが口には出さなかった。その言葉はきっと悪に対しては絶対に発してはならないのだ。


『皆様、そろそろお時間でございます。顔合わせはまた後日に願います。』


「そうですか、少し遊ぎましたね。今日はお開きにしましょうか。」


「え?終わりなんですか?」


「ごめんなさいね、もう時間なの」


 ミズが首から下げた時計を開き時間を見せる、とそこにはあと2.3分で午後12時を越えようとしていた。どうやら集会場が使えるのはこの時間までらしい。後から聞いた話では案内人さんに申請すれば伸ばせるのだとか。


「最後に一言だけ言っておくわね、貴方の能力はとても魅力的できっと色々なことに使える。一緒に頑張りましょうね。」


 改めて手を優しく握られ、しかも両手でしっかりとホールドされ顔が近づく。今まで見てきた誰よりも美しく神々しいかった。


「はい!」


 と元気一杯に返事をした、が相手はミズではなかった。


「ほう、私の授業は聞く意味がないと」


「へ?」


 ボヤボヤとした意識の中、ふと現実に戻り。背筋にとてつもない寒気が走る。


「立花ぁ!後で職員室に来い!」


「ッ〜〜!」


 担任である石塚先生に怒鳴られ声にならない悲鳴をあげた。


「うぅ、今回は特に長かったよ。」


「そりゃあそうでしょ、もう三回目よ。」


「心咲どうかしたの?なんか最近寝不足みたいだしさ。」


「ううん、大丈夫だよ。」


 絶対に大丈夫ないと萌々子と雫の二人は悟った。目の下にができいるし、授業中の居眠りも酷い。あきらかに寝ていなない。


「それにそれ、」


 雫が指さす先には心咲が食べている、昼ご飯のカップラーメンがあった。


「最近ずっとそれじゃん」


「うん、美味しいよ?」


「いや美味しいのは知ってるけどさ、体に悪いよ?」


「最近朝きつくて、起きれないの」


「よかったら作ろっか?」


 雫が妙に心配するには理由があった、心咲は一人暮らしであった。幼い頃に両親、祖父母、親戚にいたるまでほぼ同時になくしたんだとか。


「ううん、悪いからいいよ!それにほら!元気だし!」


 腕をグルグル回したりと必死に自分が元気だと主張してくる心咲を目の前にして二人はさらに不信感を抱いたが、これ以上言うのは心咲に悪いと思いこの場は退くことにした。


「わかったわよ、でも何かあったら言うのよ?」


「そうだよ心咲とは長い付き合いなんだからさ」


 二人に釘を刺されて嫌々という訳ではないが黙って頷いた。心咲的にはただ単に迷惑をかけたくないからだったのだ。


「長い付き合いかぁ…」


 帰宅した後、心咲は昼休みの事を考えていた。雫のは幼稚園からの付き合い、萌々子にいっては小学校まで家に居候させてもらっていたのだ。もう家族と言っても過言ではない。


「わかんないなぁ」


 心咲は家族をほとんど知らない顔すらほとんど覚えてはいない。写真もなく、親戚に訪ねたくてもその親戚すらいない。一人ぼっちで寂しいなんて感情はとうの昔に自分の中から消えていた。これが普通、これが当たり前なのだと。


『立花様』


「ん、案内人さんどうかしましたか?」


『オグリス様がお会いになりたいと連絡がありました。二人だけでと。』


「ど、どうしたんだろ。なにかしたかなぁ」


『住所はーーーになります、廃棄された工場跡地だとか。』


「え?また運んでくれないの?」


『申し訳ありませんがあの集会場以外は無理でございます。ご自身でお願いします。』


 一瞬で行けると思っていたが、そうもいかないらしい。なら自分で行くしかない。部屋の中でアバターの姿へと変身し窓から飛び出す。


 電柱の上や屋根、飛び跳ねながら移動していると案内人さんから声がかかった。


『立花様、お飛びにならないのですか?』


「えぇ?!飛べるの?私」


『スキルを応用出来れば可能かと』


「うーん、考えてもいなかったなぁ。ま、今は急いでるしまた今度考えるね。」


 確かに空間を操るスキルなら少し捻れば飛べる気もする。が、やり方はまったく検討もつかない。


「はぁ〜!体が軽い〜!イェーイ!」


 寝不足くしてまで行っていたのは夜の散歩もとい自分自身の実力を確かめる事であった。さすがはあまりノリ気ではなかったが、やってみるとあまりにもよい運動神経に驚きつつ毎晩駆け抜ける日々だ。


「そろそろ着くかな…あ、いた」


 廃工場の屋根の上に見た事のある鬼が1匹、10歩程離れた場所に着地する。


「こ、こんばんわ」


「おぉ〜!来たね来たね、待ってたよ〜。」


「すみません、待たせてしまって」


「別にいいって、急に呼び出したりしてこっちこそごめんね」


 頭を下げて謝る鬼の少女を見て初対面の時とは大分印象が異なる。もっと短期で怖い人だと思っていたが、今は私の教育担当をしてもらっている。

 とても優しい方だ、面倒見もよく、そしてよくみると半端なく可愛い。


「はぁ〜、先輩かわいいなぁ。凄く抱きしめたい」なんて心の声をグッとここの奥にしまい込み

 先輩の方をみる。とつい見つめてしまった。


「え、えっと〜集会場以外で会うのは初めてだね」


「そ、そうですね」


 なんだかよく分からない微妙な空気が辺を積み込む、お互いに少し照れてしまっているようだ。


「今日からは実戦訓練行う!」


「は、はい!」


 途端に教官モードにもどったオグリスの声に驚きながらもしっかりと返事を返す。


「よし!じゃあ早速…とその前に」


「なんですか?」


「君の名前が決まったんだ」


「おぉ、おぉぉぉ!」


 思いがけないサプライズに心躍る、ずっと楽しみにしてきたものであった。しかもあのミズに付けて貰えると聞いてテンションMAXであった。


「君の名前はファル!ル・ファル」


「る、ル・ファル?」


「そう!もちろん語源は有名な堕天使ルシファーよ!」


 正直微妙なセンスだと感じたがファルという名前は可愛いらしくもあると思い承諾した。由来が堕天使という事もあり悪である事には間違いないが、なんというんだろう、もっとこうバケモノ的な名前が欲しかった。



「よーし!行くわよ!ファル♪」


「は、はい!」


 なんか可愛いらしい時点ですこしズレている気もする。まぁ、いっか。

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