第11話 再会
「何と天城先生まで! ……奇遇というには、ちょっと出来すぎてますな」
聞き覚えのある低い声で男が言う。病院の玄関ホールから伸びる少し薄暗い廊下では、確かに見たことのある中年男がこちらをみている。天城はそのことにどこか得体のしれない不気味さを感じていた。
4時間前――――
「えっと……あま……天城先生でよろしかったでしょうか? 確か、古都大学の。ここにはどのような繋がりで?」
藤森家での出来事から一夜明けた翌日、天城は予定通り三雪の研究室が主催したリトリート(研究室から離れた場所で、合宿形式で違う研究分野の研究者などと自由に討論する研究会)に参加していた。午前中に二泊三日の今回のリトリートについてのオリエンテーションがあり、昼食をはさんで、午後から著名な年配の研究者の基調講演、次に参加者たちそれぞれの研究発表が始まっている。
外部からの参加者もそれなりにいるのだが、少し研究分野が外れていることもあってか、あまり見知った顔がなかったため、目立たないようにと後ろの席を取った――のだが、運悪くとでもいうべきだろうか、三雪と一緒にこのリトリートを共同主催している冨永教授が隣に座り、話しかけてくる。
「あ……えっと、藤森先生から案内をいただきまして」
天城は、自分よりも一回り上で、さらに分野違いの自分でもその影響力を知っている重鎮相手に当たり障りのない返答を心がける。
「ほう、藤森君から。先生は藤森君と親しいのですかな?」
冨永が天城の顔――というよりも、胸元のネームプレート、もっと言えば所属先の名称をまじまじと見つめながら問いかける。
「い、いや大学の研究室が一緒だったものですから」
天城はそんな冨永の態度に少し面倒くさいと感じながらも、努めて平静に答える。
「アメリカの?」
「いえ、東都大学で一緒でした」
天城が答えると、冨永は今度は驚いたように続ける。
「ああ、古藤先生の! そうでしたか、これはこれは失礼。古藤先生とは長い間共同研究もしていましたのに」
天城は(アンタの実験データ、俺が取ってたんだがな。もっともその論文には俺の名前は出てないけど)とよっぽど口に出そうになるのを、ぐっと堪える。
「…………古藤教授は残念でしたね。これから『鹿児島県固有希少疾患』の研究も面白くなってきそうだったというのに」
古藤や谷崎の死については報道されたものの、彼らが引き起こしてた事件については、少なくとも現時点では公にはなっておらず、研究者業界という限られた世界でいえば、おそらくこの反応が普通だ。
――だからこそ、天城は昨晩の古藤由佳の言葉が気になっていた。
「ええ、本当に。残念です」
天城の中では、彼の不正を彼自身に問いただすことができなかったという意味では本心であった。それに少なくとも天城が大学院生だった頃の彼は、確かにスーパースターとでもいうような研究者で、通常の意味での「残念だ」というところももちろんある。冨永はそれをうんうんと聞いている。
「…………ああ、そういえば古藤先生の娘さんのことをご存知ですかな? 今、うちの大学の大学院生でしてね。といっても、山形の離れたキャンパスの研究室にいるので、私も直接は会ったことないのですけどね」
「白山義塾にですか?」
驚いた天城が声を上げると、壇上で研究発表をしていた学生が発表を止め、全員が天城と冨永の方に注目する。冨永はそれを悠然と「何でもない。続けて」と対処する。
「す、すみません」
「いやいや、気にしないで。その様子だと、先生は古藤先生の娘さんともお知り合いなのですかな?」
見透かしたような冨永の言葉に、天城は「え、ええ。学生の頃に少し」と畏縮して答える。
「そう言えば、確か山形の研究室からも助教の先生が一人参加されてますね――ちょっと待ってください」
冨永はそう言うと会場をぐるりと見渡す。
「おや? …………どうやら、会場にいないみたいですね。ちょっと、鈴木君。
意中の人物が見当たらなかったのか、冨永はリトリートの運営スタッフを呼び、尋ねる。それから二、三やりとりをした後で、天城の方に向き直る。
「その先生――阪井先生というのですが、どうも昨日から体調を崩されて近くの国立病院にかかっているようですね」
「国立病院? ……国立病院機構信州医療センター?」
「ええ、おそらく。先生はこのあたりにお詳しいんですか?」
その医療機関の名前はつい昨日聞いたばかりで覚えている――三雪の父親の勤務してる病院だ。
天城は直感としか言えない、言葉にできないような気持悪さを感じたまま、午後のスケジュールをこなした。
4時間後――――
天城と三雪は、阪井という白山義塾大学山形キャンパスの助教を見舞うため、国立病院機構信州医療センターという6階建て東西2棟からなる大きな病院を訪れていた。信州医療センターは、二つの出自の異なる病院が合併してできたこの周辺地域の中核となる総合医療機関である。受付で三雪が事情を説明している。
リトリート会場であるホテルでは、まだ二日目の懇親会が行われているはずなのだが、天城が会場を抜け出したのを見つけた三雪が有無を言わさずついてきた、という状況であった。
「修ちゃん、阪井先生は東棟の5階に入院されているみたい」
玄関ホールの椅子に腰をかけて待っていた天城のもとに三雪が駆け寄ってくる。
「体調悪いなか話を聞くのも気が引けるが……一応、行ってみるか」
天城は立ち上がって、襟足のあたりを掻く。気が進まないのは確かだが、講義があるため、明日には京都に帰らなくてはならない。できればメールや電話よりも、直に『古藤由佳』についての話を聞いておきたいと思っていた。
「おや!? まさか藤森先生では? …………何と天城先生まで! ……奇遇というには、ちょっと出来すぎてますな」
受付から少し歩いたところで、聞き覚えのある低い声が響く。玄関ホールから伸びる薄暗い廊下では、確かに見たことのある中年男がこちらをみている。
――――あの古藤教授が殺された事件を担当していた山田という刑事だ。
「山田さん!? どうして長野に!?」
三雪が驚いて反応する。
「それはこちらのセリフですよ、藤森先生。私は入院している友人のお見舞いに。先生たちは?」
三雪が「私たちもです」と答え、世間話をしている。
これまでとは違う『鹿児島県固有希少疾患』の患者たち、突然現れた古藤の娘、そして刑事――天城は次々と集まってくる何かのピースたちに、どこか得体のしれない不気味さを感じていた。
(つづく)
誰が古藤教授を殺したのか? トクロンティヌス @tokurontinus
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