第4話 エピローグ お話は続く

 話は弾んでいたが、そろそろ楽しいの時間も終わり。つっきーが、もう随分と山に近づいていた。あいつが見えなくなると、声が聞こえなくなる。


 俺は、月に因んだ広島の純米吟醸酒を、ぐい呑みに注いで飲みながら、ネギと大根おろしがこんもりと乗った揚げ出し豆腐を突っつく。美味いよな、これ。熱々でも冷めてもいける。


 そんな事を考えながら、その豆腐の入った口をもぐもぐと動かして飲み込む。それから、酒も飲み干すと、空になったぐい呑みにまた注ぐ。そして、教えてくれた新説竹取物語で気になった事を、つっきーに尋ねた。


「そういえば、時の帝は出てこないのか?」


 物語の最後の方に、登場していたような……。で、かぐや姫を迎えにくる月の使者に備えて、その彼女の屋敷に兵を置いた――。そんな感じだったはず。


「うん、出てこない。あれは、尾ひれはひれの類だね」

「ふーん」


 まあ、昔話ってそんなもんだよな。古くなればなるほど、色んな解釈や話がくっついている。桃太郎とか浦島太郎なんかの他の話も、色々と諸説あるらしいし。


「でも、月には帰ることにしたんだ」

「え? 何で?」


 俺は首を傾げた。べた惚れの幼馴染を置いて? 一人帰っちゃうのか? 添い遂げるって言ってたのに、言ってる事が違うぞ。


「里帰りしたのか?」

「――里帰り?」


 俺の問いかけに、つっきーが首を傾げたみたいに答える。


「いや、別に日本に留まる事になったって、短期間でも戻れるんじゃないかってな?」


 宇宙船だってあるわけだし。――ん? あれ? つっきーは、しばらく何も答えなかった。俺は不思議に思ったが、


「ふ、ふふふ……、あはははは……!」


 と、急に笑い出した。先程とテンションは違うが、同じ思い出し笑いのようだとは感じた。


「ど、どうした?」


 何か、可笑しいところあったか? また妙なツボにでも入ったのだろうか?


「いやー、その発想はなかったなあって。そうだね、そういう事はしなかったよ」

「ふーん、じゃあ何で?」

「ふふ、静かな生活送りたいじゃない?」

「ああ、なるほど……」


 一芝居打ったってわけだ。


「まず、皆の前で月から来た使者の幻を作って、一緒に帰ったように見せかけた。かぐちゃん空飛べるからね」


 そういやあ、飛べるんだったな。ていうか、幻も作れるんかい、つっきー……。


「で、途中でUターン。彼女は、別の場所で待機。そして後日、幼馴染とお爺ちゃんとお婆ちゃんと合流。そのまま新天地へと旅立った」

「えっと……。かぐや姫ってすっごい美人だったんだろ? なら、またばれたんじゃないのか?」


 別の場所に移っても、結局駄目な気がする。すぐに噂が広まって、また同じことの繰り返しになりそう。 


「それは大丈夫。今度は、人里離れた所に住むことにしてたんだ。人の往来がないようなね」

「ほー」

「後、月の光を使って結界張ったりしてたし」

「結界って……」

「幻の応用さ」


 ホント何でもありか、月光。でも、幻とか結界って、何か陰陽術っぽいな。こっちの方が、あの武器より時代に合っている気がする。


「そうそう。移住した後は、子宝にも恵まれたんだ」

「おお! 赤ちゃんかー!」


 はあー……、かぐや姫に子供かー……。もう本当に、俺の知っている竹取物語と全然違うわ。


「――ふふふ!」

「ん? どったん?」


 つっきーが、思い出し笑いをしているのだと気付いた。


「いや、出産の時が、すっごい大変でね。かぐちゃんがあんなにテンパった姿、あれが初めてだったかも」

「ほー……」

「『死ぬー!』って何度も叫んで暴れてたからね」

「おお……」


 然しものかぐや姫も、出産はどうしようもなかったのか……。


「でも、暴れるのを押えようとした旦那さんが、逆に吹っ飛ばされて死にそうになってた」

「おいおい」


 最速でシングルマザーになるところだったんかい。


「それで、赤ちゃんが生まれて――、元気よく産声を上げた。そしたら、隣の部屋にいたお爺ちゃんと旦那さんがすっ飛んできて、その赤ちゃんを見て号泣してね! もう酷い顔だったなあ。しかも、ぐったりしているかぐちゃんの側で、二人して抱きしめ合って踊ったりしてさ。それを見て、お婆ちゃんは呆れてた。ふふふふ!」

「…………」


 つっきー、すっげえ嬉しそうだな。


「そして、産まれたその赤ちゃんはすくすくと育った。かぐちゃんはその成長を見守りながら、家族みんなで幸せに暮らしましたとさ」

「めでたしめでたし――、かー」

「うん。ご清聴ありがとうございましたー」

「お疲れ様ー」


 そう言いながら、簡単な拍手をしていると、ゆっくりと気が抜けてきた。すると、大きな溜息が出る。


「はあああー……」


 この溜息は、結構深くて長いものになった。つっきー版竹取物語を、聞き終えたと実感したからか。それにしても、何だかすごく濃密な時間を過ごした気分だ。しかし随分とまあ、俺の知っている竹取物語とかけ離れた話だったな。


 かぐや姫がぶっ飛んでる。実は月読命だったというのも驚いたが、あの破天荒そうな性格が特に。でも最後は、ハッピーエンド。ハッピーエンドかあ……。


「幸せだったんだ、かぐや姫……」


 ぽつりと呟く。


「そうだね。やりたい事やって遊び尽くした――そんな人生だったさ」

「そっか……」


 まあ、そんな感じはする。話聞いてると傍若無人そのものだもんな。となると、実は幼馴染さんって大変なご苦労をされたんじゃないか? 出産の時には死にそうになったらしいし。美人を嫁に出来たとはいえ、割に合わなかったのかもな。


「ちなみに、竹取物語を書いたのって、かぐちゃん本人だから」

「あ! そうなんだ!」

「うん。自分に不都合な部分は、脚色したけどね。あと、それを自分の子供に聞かせてたりもしてた」

「へええー」


 今で言う、絵本みたいな感じか。子供が寝る前にでも聞かせていたのかな? でも、ちょっと小さい子が喜ぶような話でもない気がするが……。


「あ。さっき言った時の帝は違うからね? 彼女が書いたんじゃないから」

「惚れた男がいるもんな」

「そそ。別の人が後世に書き足したんだ。それが、今の原典みたいな扱いをされてるね」


 なるほどー。


「俺が知っていたのは、その話になるのか……」

「うん。多分そうだと思うよ」


 この話では、時の帝とかぐや姫は、ちょっといい感じになってたんだよな、確か。ていうか、子供がいたって事は――。


「なあ、かぐや姫の子孫とかいんの?」

「ん? いるよ」

「ああ、やっぱりそうなんだ。どこら辺にいるんだ? 関東周辺とか?」


 頭に思い浮かんだのを言ってみる。関東が鬼殺し編の舞台だったからか、まず最初に浮かんだ。


「うん。そこにもいるね」

「そっかあ……」

「でも、直系――宗家っていうのかな? それはもっとここに近いよ」

「へー……。京都とか?」


 元々、俺の知ってたかぐや姫って十二単とか着てたし、平安っぽいイメージがあるから、そう答えた。古くから続く家柄ってのも多そうだしな、京都。これは、あくまで俺の主観だが。


「ふふふ。違うよ……。もっと近い」

「もっと? うーん……」


 残念、違ったか。他だとしたら何処になるか……。竹、月、あ、竹原か? いや倉敷かもな。あそこもなんかあった気が……。えーと、他にもどっかに、かぐや姫に由縁がある神社もあったような……。違ったっけ? 俺が唸っていると、つっきーが答えを教えてくれた。  


「ふふふ。ここだよ、ここ」

「ここ? また広島かよ。ああ、もしかして竹原?」


 広島で言ったら、やっぱりあそこが一番由縁が深そうだよな。


「違うよ」

「え? 違うのか? じゃあ、どこ――」

「君の家のお隣さん」

「――え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


月御門つきみかどさん」

「えええええ!?」


 俺ん家の隣には、でっかいお武家屋敷みたいな家がある。古くからこの土地にある名家ってやつだ。それが、月御門さんという。


「本当に……?」


 俺は、恐る恐るもう一度聞いた。


「うん。本当」


 まーじかー……。まあ、家の規模は随分と違っていても、お隣だし近所付き合いみたいなものはあった。だから、どんな人が住んでるかは知っている。で、ここの家には、雫って言う高校生の可愛いらしいお嬢さんがいるんだ。その子が、かぐや姫の直系の子孫だったのか……。


「ふふふ。ビックリした?」

「いや、そりゃあビックリするって……」

「ふふふ! そっか……」


 今日一番のニュースだよ。俺的には大スクープだった。確かに変わった名前だよ、月御門ってのはな。月って漢字も入っているし、かぐや姫との関係性も匂う。家もでかいし、由緒も正しそうとは思っていた。


 でも、つっきーに言われるまで、全然分からなかったからなあ。正に灯台下暗しというやつだ。まさか、お隣さんにそんな秘密があるなんてさあ……、思いもよらない事だよ。その分、衝撃が強かった。カウンターを食らった気分だ。


 しばし、そうやって呆然としていると、不意にぐい呑みへと目がいく。中は空だ。気付けば、お酒を飲んでいない。話に夢中になっていたからだ。


 俺は、酒瓶をぐい呑みに傾ける。ゆっくりと注ぎ込まれるお酒。酒瓶はかなり軽い。これでお終いか? そう思っていたら、ぎりぎりまで入った。それを手に持ち、こぼさないよう静かに口に運ぶ。


 美味いな。良い話を聞けたから、その味も格別に感じた。ぐいぐいと一気に飲み干していく。


「あ、そうそう」

「ん?」


 口の中にお酒を含んだまま手が止まると、つっきーに自然と顔を向いていた。


「言うの忘れてたんだけど――。そこの娘さんが、最初からずっと君の事を、面白そうに見ていたからね?」

「ごばああ!?」


 俺は、盛大に噴出す。噴出された酒は、そのまま家の庭へ。窓開けといて良かった。しかし「ごほ! ごほ!」咳き込んでいたら、事の重大さが徐々に分かってくる。どうしよう! やばい! やばいぞ、これ!  


 つっきーの声は、俺にしか聞こえない。つまり、ずっと独り言を言ってた状態。これがお隣さんにばれたのだ。きっとすぐに、月御門家全員へと面白おかしく伝わる事だろう。いい笑い者である。


 いやだあああああああ! 恥ずかしくて悶死しそうなんですけど! 明日からどんな顔して「おはようございます」って言えばいいんだ!? 俺は頭を抱える。しかし、その程度ならまだいい。あんな醜態晒してんだぞ? 「お隣さんは、頭のおかしい人」とか思われてたらどうするんだ!?


 ていうか俺、つっきーに格好つけて、ウインクしたりしてんですけど! 頭のおかしい人、確定なんですけどおおおお――! 


「うっそー」

「つっきいいいいいいいい!!」


 お前、いい加減にしろよ!


「はっはっはっ! ごめんごめ……ん。あ、そろそ……ろ時間だ。じゃ……あね~」


 つっきーの声が掠れてくる。その姿は、もう殆ど見えなくなっていた。


「え? ちょっと、待てって! 今の話、どこまでホントなんだよ!?」


 最後に嘘なんて言うから、分からなくなったじゃないか! 俺は慌てていた。これじゃあ、結局気になって眠れない。


「それは……また明日、……と一緒に話そうじゃな……いかー。ではでは――」

「おおおおおーい!」


 だから、明日まで、待てないんですけどー!! せめて、ウソかホントか言ってから帰ってくれよおおおおお!! こうして、話を無理矢理まとめたつっきーは、そのまま山の影へと消えていった。

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月と一緒 粟生木 志伸 @fkmmg023

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