第3話 竹取物語

「ははははー。もうー怒らないでよおー。冗談だよおー、じょーうーだーんー」

「…………」


 俺は、梅酒のロック割の入ったグラスに口をつけながら、つっきーをねめつける。ビールは、なくなった。おつまみは、枝豆からタコわさにチェンジ。


 つっきーめ……。もう全然信用できないんだよ。しかも、何その言い方? 語尾上げんな。可愛いとでも思ってんのか。――まあ、可愛いけどな? その言い方、嫌いじゃないけどな? 普通に許します。


 ていうか最後の最後で、何やらかしてんだよ。ラスボスをとんでもない方法で葬ったとはいえ、いい感じでエンドロール流れてたんだよ? それなのに、何なんだよ、その終わり方は。


 finって文字と一緒に、大勢の人が月を見上げて、その光を浴びながら洗脳されているシーンが思い浮かんできたわ。観客がいれば、全員の頭上に「!?」って記号が飛び出していたことだろう。


 全てがひっくり返る。全ての善行が無に帰される所業だ。ったく、そのまま普通の英雄でいなさいよ……。全然締まらない。ていうか「引き」だよ、それ。漫画なんのかの最後のコマみたいな。続編決定かよ。


「ねえねえ」


 つっきーが、嬉しそうに語りかけてくる。


「何だよ……」

「実はこの後、続きがあるんだよー。聞きたくなーい?」

「続き?」

「うん」


 本当にあるんかい。ていうか、月に帰ったんじゃないのか? ――ああ、洗脳したから、帰る必要なくなったのか……。まあ、でも――。


「いいよ。もうお腹いっぱいだ」


 絶対、碌な事じゃないだろうし。更に非道な事してそうだんもなー、こいつら。俺はそんなの聞きたくなかった。だって、寝れなくなるでしょ。


「え……?」


 つっきーは、俺の答えが意外だったのか、ものすごく悲しそうに呟いた。ぞっこんだった彼氏に抱き着いたら邪険にされて、突然別れを告げられる彼女みたいだ。ええー……、何この例え……。気持ち悪いんですけど。自分で考えたのに、こっ恥ずかしくなってきた。俺も酔ってるな……。


「嘘……。嘘だよね……?」


 ちょっと!? つっきーは、別れを告げられても信じられず、その現実を認めようとしない感じで呟く。だから、何でこんな感じで例える、俺は!


「本当に聞いて……、くれないの……?」

「おい! どうして、そんな絶望に染まりきった感じで言うんだ!? 止めろよおお! こっちが悪いことしてる気になるだろ!?」 


 しかも、何か切なくなってくるんですけど! その声を聞いてるとこっちが!


「せ……、折角、私が……」


 ぎゃああああ!? 泣きそう! つっきーが泣きそう!


「わ、分かった! 聞くから! 聞かせて下さい! お願いします!」


 最早、その悲しそうな声に抗う術はない。俺は慌てて頭を下げた。


「しょうがない。聞かせてあげよう」

「…………」


 すっと元の調子に戻るつっきー。ずりーよ。嘘かい。何たることか、あの天体は俺の心を弄んだのだ。残念ながら、それを見抜けなった。だが、仕方がない。俺は生粋のピュアハートの持ち主。ああいうのには、一切の耐性がなかった。嘘だと分かった今でも、あの声を思い出そうとすると、心がズキズキする始末。


「それでは、話を続けます」

「へーい……」


 話す気満々のつっきーに、俺は投げやり気味に答えた。酷いよなあ、女の子の声であんな演技するんだもんなあ……。


「うーんっと……。記憶を改竄して、自分たちの存在を消し終わったんで、帰ろうとしてね。宇宙船を用意したんだ」

「宇宙船……」

「そう」


 結局、洗脳しても帰るのか……。じゃあ、月世界の話にでもなるのか?


「大きさは、スペースシャトルより少し小さいかな? そして、月の光で船体が輝いてて――、それが筍のような形をしてたんだ」

「筍?」

「うん。そうだよ」


 おいおい、それって――。


「しかも、そこは竹林の中だったんだ」

「ちょっ!? もしかして、そこでかぐや姫伝説にでも繋がるのか!?」

「そうなんだよ」

「えええええ!?」


 驚愕! 月読命つくよみのみこととかぐや姫が、まさかの同一人物!


「発進の準備ができて船に乗り込もうとしたら、丁度、筍掘りに来ていたお爺ちゃんに見つかってね」

「まじかー……」


 どうやら、つっきーが話したかったのは、竹取物語で間違いないようだ。しかし、もう既に若干食い違っている。筍じゃなくて、光る竹の筒だったよな? その中に、かぐや姫はいたはず。


「それで、お爺ちゃんに名前を尋ねられたんだけど……」

「あ、ああ……」


 そら、初対面なら自己紹介するわな。


「月読とは言えない。鬼殺し編は日本の歴史から消え去ったけど、神様の名前にはなってたから。これでは、間違いなく神様扱いされてしまう」


 光輝くでっかい筍の側にいれば、あの時代だ。そう取られてしまう可能性は高いな。むしろ、そうとしか思われないだろう。


「ん? でも、別に月読って名乗らなくたって、その状況じゃあ神様って思われないか?」


 そうなるよな? まあ、それも洗脳すれば、まるっと解決するわけだが……。


「月読としての、神様エピソードが増えなきゃ良かったからね。名前さえ知られなければ、それで問題なかったんだよ。当時、その手の話はごろごろあったし」

「ああ、そうなんだ」


 別にばれても、一緒くたにされてたわけか。


「とはいえ、あの状況で名乗れば、月読命の名と共にどんどん噂として広まってただろうね。そうなると、改竄した記憶を揺り動かされて、その記憶を取り戻してしまう者が現れたかもしれない。これを避けたかったんだ」

「ふーん……。記憶の改竄って、結構脆い所があるんだな」


「まあね。条件付けって言うのかな? それが弱いとね、どうしてもそうなる。でもそれも、実際に立ち会った世代が交代してしまえば終わり。全ては忘却の彼方へ」


 そうだな。それを指し示す物がない限り、誰もその出来事があったと分からなくなる。


「つーか、月読様の存在は、完全に消したわけじゃないんだな?」


 どうも、洗脳は限定的だった模様。神様の名前になってたって言ったもんな。


「うん。消したかったのは、鬼殺し編だけだからね」


 まあ、俺も月読様の名前知っているし、そうだよな。ああでも、つっきーの作った月読様とは、別の可能性もあったか。この名前は、他に誰か思いつきそうだ。


「それでも、彼女の事は、殆ど記録に残らないようにしておいた」

「え、そうなの?」

「うん。月読命っていう、その名前は有名みたいだけどね」


 まあ、誰でも知ってそうだよな、月読様って。


「でも、エピソードの方は違う。それは姉と弟であるとされる、天照あまてらす素戔嗚すさのおに比べれば歴然さ。君――、彼女が実際何やったか知ってる?」

「あー……。言われてみれば……」


 確かに、心当たりはなかった。天照あまてらすの岩戸引き篭もりとか、須佐之男すさのおの八岐大蛇を退治した話とかは知っているど……。


「そう。よく分からないでしょ?」

「うん、そうだな」

「実のところ、月読主体のエピソードって、一、二個ぐらいしかないんだ。他のは、話自体も短いし、素戔嗚のと被ってたりしてる」


 あるにはあるのか。しかし、扱いはぞんざいなんだな。


「おまけに、性別についての記述もない」

「へえ……。俺は男神だって思っていたが、そもそもはないのか」

「そうさ」

「でも、何で男神に限定しなかったんだ?」


 それこそ、男神って事にしておけば、月読様が女の子だって分からないだろうに。


「こういうのは、あやふやな方がいいんだよ。下手に断言してしまうと、後で追及を受けて追い詰められちゃうって感じ?」

「何か、どこぞの政治家が陥りそうな状況だ……」

「ふふふ……」


 中々に含みのある笑いで返す、つっきー。勢力闘争なんて、幾らでも見てきているもんな。


「限定しなかったのは、月読命に興味をもたれた時の為かな。性別までもが曖昧な神様だ。存在さえも危ぶまれる。ついで考えられたとでも思って欲しかったのさ」

「ふうん……」


 そういう理由で、決めなかったのか……。俺は、タコわさを箸でつまんで、ひょいっと口に入れる。すると、ワサビのピリリとした辛味が舌を刺激する。それを味わいながら、梅酒に手を伸ばして、グラスを口に傾けた。氷が少し解けて味が薄くなっていたが、これはこれで美味しい。


「――と、話が逸れちゃったね。戻そうか」

「ああ、ごめんな。俺も深く聞いちゃったから」

「いいのいいの」


 確か、お爺ちゃんに自己紹介するのに、どうしようかってところからだったか。つっきーの話は、そこまで戻った。


「それで――、月読と名乗れない彼女は、他の名前を伝えるしかない」

「うん」


「そこで、お爺ちゃんに名乗った名が『かぐや』っていうのさ」

「ああ、そうなるんだな。でも、何でかぐやなんだ?」


 別に、他の名前でもいいと思う。でも、かぐや姫だ。俺は、その由縁が知りたくなった。


「そう呼ばれてた時期が、実際あったんだ。だから、口を衝いてぽろっと出ちゃったみたい」

「え? そうなの?」


 何だ、以前から呼ばれてたのか。つっきーが、その謂れとなった経緯を教えてくれる。


「迦具土の矢があるでしょ?」

「東京湾作ったやつね」

「その迦具土の矢を放つ姫。それが縮まって迦具矢の姫。かぐや姫となったんだよ」

「へええー。そっから来てるんだな」

「まあね」


 ちょっと驚いた。あのとんでも兵器が、名前の由来になっていたとはな。


「この名で呼ばれていたと知っている者は、その時もうこの世にはいなかった。だから、それでいっかって事になったんだ。もう名乗っちゃたのもあるし、このままでいこうってね」

「なるほど……」


 記憶の改竄に、影響を及ぼすような名前でもなかったんだ。それなら、問題なく使えそうだもんな。


「大体――、名前なんか名乗らず、お爺ちゃんの事無視して、帰っても良かったんだ」

「まあ、そうだな」


 別にいいよな、それで。さっき言ってた通りだ。


「でも何かね、お爺ちゃんの亡くなったお孫さんに、かぐちゃんが似ていたらしくって……」

「あー……」

「息子夫婦さんも、その時流行病で同じように亡くなってて……」

「…………」


 その後どういった展開になるのか、想像出来ちゃった……。俺、そういうの弱い。


「で、泣かれちゃってね。じゃあ、もうちょっといようかって――」

「そっか……」


 やっぱりそんな感じか。でも、月読様――いや、かぐや姫か。良い奴だな。もちろん、つっきーも。


「それから、宇宙船を隠してお爺ちゃんの家までついていって――、その家にいたお婆ちゃんも、かぐちゃんを見て大喜び。で、結局、一緒に暮らすことになったんだ」

「ああ、そりゃあ良かった」

「これは、お爺ちゃんとお婆ちゃんと、気が合ったってのもあるね」


 気が合うに越した事はない。毎日が楽しいさ。


「で、かぐちゃんって、見た目がずっと幼女だったんだけど」

「はあ!? 幼女!?」


 さらっと言われた事実に驚く。


「ん? そうだよ」

「えええええー……」


 容姿について、最初に聞いとけば良かった……。今までのイメージは何だったのか。全てが粉砕されて、月読様――かぐや姫のイメージが、巫女服姿の黒髪幼女に変更された。その頭にウサ耳が装着され、対戦車ライフルが構えられる。


 まあ、これも可愛いけどね。最初につっきーが言ったのも、間違っていない。確かに、ギャップ萌えはある。ていうか幼女に、この日本を救われて東京湾も作られちゃったのか……。俺は、何とも言えない気分になった。


「でも、ここから人並みに成長するようにしたんだ」

「へー……」


 つっきーは、成長も操作できるのか。何でもありの力のせいで、すんなりとこの事実を受け入れてしまった。宇宙船も作ってるし。それに――。


「急成長って事は、なかったんだな?」


 お話だともっと凄くて、すぐに大人になってた。


「うん。妙な噂になってもあれだし」

「確かに」

「でも、その成長こそ他の子供たちと同じだったけど、かぐちゃんってすっごい美人になっちゃったからさ。皆メロメロになっちゃったんだよねえ」

「そこは――、美人なのは同じなんだな」


 そう言うと、つっきーが自慢げに笑った。


「ふっふーん。とっても可愛かったよ。君が見たら、鼻の下でも伸ばすんじゃない? ふふっ」

「へー。そりゃあ一度お目に掛かりたかったな」


 なんたって、伝説のお姫様だ。見れるものなら見てみたいさ。俺は、出窓に置いていたグラスに手を伸ばす。


「でも、ここから違う所がある」

「え?」


 つっきーのその言葉に、グラスを取ろうとした手が止まる。衝撃の予感。事実、これが俺の知っている竹取物語と、一番違っている箇所だった。


「実は――、かぐちゃん、かぐや姫が、メロメロになっちゃった子がいたんだよ」

「嘘!? そんな奴いたの!?」

「うん」


 これは、がらりと物語の雰囲気も変わってくる。かぐや姫って男を寄せ付けないイメージだったからな。


「どんな奴だったんだ?」


 俺は興味津々で尋ねた。


「隣に住んでた幼馴染」

「お、幼馴染……?」

「そ」


 何というか……、随分とお手軽なお相手に聞こえるな……。


「二人はお似合いでね。かぐや姫がぼければ、彼が突っ込んで――。仲睦まじかったなあ」

「かぐや姫がコント……」


 け、結構、お笑いに造詣が深い子だったんだな。そして、そのお笑いの始まりは、俺が思っていた以上に古かったようだ。あの時代から、既にあったとはな……。恐るべし、お笑いの歴史。


「そして、脳天を撃ち抜くような最高の突っ込みを貰った時、かぐちゃんは決めたんだ。その幼馴染と添い遂げる――ってね」

「…………へ、へえ」


 いや…………、そこなのか? 突っ込みなのだろうか? 結婚するかしないかの判断が、何かおかしくないか、かぐや姫って。


「私も、その結婚に賛成したよ」

「あ、そうなんだ」

「でもね――」


 つっきーの声は、少し寂しそうだった。


「それは、人として生きていくって事だったんだ。寿命だって、もちろんね」

「…………」


 人として生きる。それはつまり、人として死んでいくって事か。月読様が月から舞い降りて、どれくらい経っているのかは知らないが、それまでは違っていたんだな。


「ま、能力はそのままだったけど」

「…………」


 それは果たして、人として生きていくって事なのだろうか? 人として死んでいくって事なのだろうか……?


「えっと……。それでも、良かったのか?」

「ふふ。見ていて微笑ましかったからね。彼女は私の同位体――分身だけど、もう別の存在だったんだ。だから好きして欲しかった」

「そうか。しかし同じ性格だと、仲違いする――みたいなのは、なかったんだな」


 何かあるよな。分身とか自分と同じだと、いがみ合ったりするのって。ドラマとか。


「そうだねー。そういうのなかったなあ。人でいう双子の姉妹……。うーん、親友って感じかな?」

「親友……、か」


 羨ましいね。俺にはそういう間柄の奴いないからなあ。


「その親友が結婚するんだからさ、とっても嬉しかったんだけど――」

「だけど?」

「その美しさが、あまりにも評判良くってね……。広く知れ渡ってしまったんだよ」

「あ、もしかして――」


 これって、知ってた話の中にもあったわ。


「そう。かぐちゃんと結婚したいって、色んな人たちが訪れるようになった。金持ちやら貴族やらがね」

「あー。それも本当にあったんだ」

「うん、そうなんだよ」


 つっきーが、愚痴を零すように言い、その様子を語り始める。


「それでさ、その権力者たちに言い寄られて、かなりキレてたからね、かぐちゃん。私達の邪魔すんなって」

「まーねー。そりゃあ、好きな人がいたらねー」

「しかも毎日毎日、求婚求婚だよ」

「うへえ……」


 想像するだけで辟易する。嫌だったろうなあ。


「でも、お爺ちゃんやお婆ちゃんに迷惑かけたくないから、面会には応じてたんだ」

「まあ、そうせざるを得ないか……」

「うん、幼馴染には悪かったけどね」


 お爺ちゃんたちの立場も考えると、どうしてもな。権力者なんかは、下手に盾突くと後々面倒くさい。かぐや姫とつっきーだけなら、関係ないんだろうけど。


「しかし、よく我慢できたな」


 かなりキレてたって言ってたのに。


「まあ、何とかね。面会の時に貢物――じゃなかったお土産を貰えたから、それで」

「おい! 言い換えても無駄だからな! どっちもおんなじだぞ!」


 貰う物は、ちゃっかり貰ってやがった! 同情的な気分が消える。かぐや姫は、意外と強か。でも、悪くないと思います。迷惑料だよ、迷惑料。


「だけど、そんな日がずっと続くのが、いい加減鬱陶し過ぎてね」


 何事にも限度はあるよな。


「幼馴染とも会う時間が削られて、限界に達したかぐちゃんは、あやうく例のあれに再び手を掛けるとこだった」

「え?」

「かぐや姫の由来となったあれだよ」

「げ!? 迦具土の矢か!?」

「そう」


 おい! マジで洒落にならんぞ! あれ、この世で一番危ない銃だから、人に向けて撃っちゃ駄目だって!


「もうね、かぐちゃん、目がマジだったからね」


 うわ!? これは、誰かが犠牲になっているんじゃあ――!


「出力最大で富士山ぶっ飛ばして、破局噴火でも引き起こさん勢いだったからね」

「富士山、撃とうとしてたのかよ!」


 何をターゲットにしてんだ! 何を! けど、破局噴火って、あれだろ? 滅茶苦茶凄い火山噴火。東京湾でさえ比ではない。もしも、富士山でそれが起きたなら、隣接の県は溶岩まみれ。そして、日本中を火山灰で覆ってしまうくらいだったはずだ。怖すぎるわ! あやうく日本死滅するところだったのかよ! 


「あはははははははははははははははは!」

「いきなりどうした!?」


 何事!? つっきーが、壊れた人形が口をカタカタさせるように笑い出した。軽くホラーだ。


「いや、何かその時の事を思い出して、ツボに、あっはっはっは! 入っちゃって! あっはっはっは!」

「そうなんだ! 天体にも、そういうのあるんだ! でも、当事者とはとても思えない、無責任な軽い笑いだぞ、つっきー!」


 日本が無くなるような物騒なものを作った、その元凶のくせにな! まあ、それで日本も救ってくれたけどさ! 武器それ自体に善悪なんてないんだ。それは、その武器を使う者の心次第――。俺は、改めてこの事を思い知った。


 あと、出来れば突然発作的に笑うの、やめてくんない? ビックリするから。


「ま、それは幼馴染の彼にも止められてね。使うのは渋々諦めた」

「何気に日本の救世主なんだな、その人も……」


 ありがとう。あなたのおかげで、今の日本があります。


「でも、その代わりに、あんな無理難題押し付けちゃったんだけどね」

「あー……、燕の子安貝とか、龍の首の珠とかね」

「そう。ここも実話です」


 確か、五人くらいだったよな。最終的に残ったのって。それで、そいつらに出した結婚の条件が、その宝を持ってくることだったはず。


「でも――、妙案だよな、それ」


 そう言いながら、俺は梅酒を飲む。


「そうだね。何とでも言えるし」

「うん」


 万が一、本物を見つけ出したとしても、それじゃないって言い張ればいいもんな。難癖つけ放題。それにかこつけて、堪った鬱憤も晴らせそうだ。


「これを思い付いたおかげで、かぐちゃんは喜んでたよ」

「だろうな」

「『あんなの、私が今適当に考えたのに、あるわけないっつーの! ぎゃはははは!』って皆で笑ってたから」

「即席のネタみたいだな! そして、かぐや姫ってそんな感じで笑うのかよ!」


 ガラが悪すぎるだろ! 喋り方も!


「あと『あいつら、馬鹿みたいに探すんだろうな! でも、そんなもんありませーん! ぶはっ! いとおかしなんですけど!』とも言ってた」

「うおおおーい!」


 最悪なんですけど! 強暴で性格の悪い、超我がままなイメージしか湧かなくなったんですけど! もはや、これは変更不可能。外面はウサ耳だろうが美人だろうが、どうでもいい。内面はこれで固定されてしまった。


 ああ、俺の清楚可憐なかぐや姫がああああ! 自分の中にある理想のお姫様カテゴリーから、かぐや姫が外される。そして、遥か彼方へと弾き飛んでいった。


「でもさ、つっきー」

「うん?」


 心の痛みに耐えつつ、ちょっと気になる事があったので聞いてみる。


「洗脳できるなら、そっちの方が楽だったんじゃないのか? あ、いや、別にやって欲しかったわけじゃないからな?」


 推奨はしない。だが、鬼殺し編みたいにすれば、一発だろう。どうして、これをしなかったのか?


「あー……。それは使ったばっかりだったから」

「え? それってどういう――」


 つっきーのその言い様に、一抹の不安を覚える。


「もう一回やると、ちょっと脳がね……、持たないっていうか……」

「ああ、そうなんだ……。気を使ってくれてありがとね……」


 一応礼は言っておく。あと、知りたくもない事実も、また教えてくれてどうも。おかげで、テンションだだ下がりだよ。かぐや姫の事も含めてな。


「あれって、LUNA値が限界まで上がってる状態だったから、発狂寸前だったんだよねー。デッドライン手前」


 また、つっきーが変な事を言い出した。るなち? ルナ、ち――、か? そして、発狂寸前。デッドラインは死線……。俺は色々と考えを巡らしたが、発狂とルナという単語で、答えが分かった気がした。


「おい、SAN値か? それはSAN値のこと言ってるのか?」

「YEーS」


 何で英語。てか、さらっと怖いこと言ってんな。発狂って……。


「これは太陽と月に掛けてます」

「そうか。でも綴りが違うけどな」


 太陽はSUNだ。SAN値のSANはSanityの略だろ? 確か、正気とか健全とかそういう意味だったか。


「おっと、いけねえ。まあ口に出しゃあ、大体同じでーい」

「何で、江戸弁」


 今度は口に出していた。


「細けえこたあ、いいんだYOー!」


 ああ。それが言いたかったのか。


「ちなみに、今なら問題なく出来るけど?」

「やめろ!」


 先程より強い口調で、俺は素早く止める。どうする? やっとく? みたいな口調がイラッとした。

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