第2話 人とは
つっきーとの楽しい時間は続く。まあ、声が可愛いからな。女の子と話す機会があまりない俺にとっては、至福の時間といえよう。気が合うのか話しやすいし、おかげで時間が経つのが早く感じる。これは逆に辛いところだ。そして、宴もたけなわとなった頃、つっきーは妙な事を言い出した。
「そうだ、君には言っておこう」
「ん? 何?」
俺は、おつまみとして用意した塩を多めにまぶしてある枝豆を、口に押し込みながら答える。
「実は、私も地球に行ったことがあるんだよ」
「え? 落ちてきたん?」
隕石みたいな――恐竜が滅びた原因的な?
「ふふふ、違うよ。ちょっと自分の分身を――人間を作ったんだよ」
「え!? つっきー、そんな事できんのか!?」
「まあね」
すげえ! 月の神秘、ここに極まれり!
「へー! で、いつ来たんだよ?」
「人の世で言えば――、結構前になるのかな?」
「ふーん」
いつ頃になるのだろう? 結構前って言われても、月の時間感覚はよく分からない。まあ、人の世って言ってくれてるから――。
「千年くらい前か?」
適当に言ってみた。
「そうだね。大雑把に言えば、多分そのくらいになる」
「おお、当たりかー。じゃあ、どこに来たんだ?」
「日本さ」
「え? ここなのか?」
「うん。その分身は、女の子だったんだけどね。名前は有名だから、多分君も知っているよ」
「あ、そうなんだ。誰だろ?」
そう言いつつ、頭にパッと浮かんだのは彼女だ。月といえばこの子。日本の昔話で、一番名前が知られている主人公の一人なんじゃないか? ちなみに、広島県竹原市は彼女を推している。竹繋がりだね。彼女の名がついたバスもあるのだ。
うん、これで間違いない。俺は自信を持って、答えを言おうとした。
「それって――」
「そう、
「ああ、そこまで遡っちゃうんだ……」
違った。かぐや姫じゃなかった。えー……、神話かよ。いや、ていうか、それ人間じゃないじゃん。神様じゃん。つっきーは、根本から間違っている気がする。それに、月読って千年以上前の話に出てくる神様のはずだろ? 年代が全然異なっているじゃねーか。
まあ、でもそれは――。大雑把にって言ってたからな。千年も二千年も、億単位で存在するお月様には、あまり変わりないか。しかし、それはそうと月読って女性の神様なのだろうか? 何か男性って感じがしてたんだけど……。
俺は、多少納得できなかったが、それにはあまり構わず、つっきーの話に耳を傾ける。
「彼女にはね、アヴァトゥーラ――対人間用人型情報収集端末月光兵器として、地球に行って貰ったんだ」
「…………」
え? 何だって? 俺には、長くて聞き取れなかった。
「ん? でもあれ? 最後に兵器って言葉が聞こえた気が……」
「うん。ちょっと頑張ったんだよ」
「えええー……」
人間って言ったじゃん、つっきー……。悉く前提が覆されていく。神様どころか兵器だった。
「参考なまでに――、何が出来たの……?」
俺は、若干なげやり気味に尋ねた。
「まあ、空を飛ぶのはデフォだよね」
「…………」
簡単に言ってくれる。そして、そんなデフォを持つ人間は、いないけどな。少なくとも、俺は知らない。
「あとは、地面殴ったら陥没したり、残像ができるくらい速く動けたりね。格闘術も習得させといた。体は生身だけど、刀なんかで斬れない程度には頑丈さ」
「…………」
色々と信じられない事が、立て続けに聞こえてくる。ていうか、生身なのに斬れないって、どーゆー事? 意味が分からん。
「この頑丈さは、世界で一番高い建物から落ちても、大丈夫なくらいかな。空飛ぶからね。そこは考慮しないと」
考慮の仕方がおかしいだろ。やろうと思っても、そこは考慮できないよ、普通ね? 月の安全基準は、現代であっても規格外。異次元の領域だったようだ。
「ま、取り敢えずこんな感じかな」
月読様の説明を淡々と終えたつっきー。その間、俺は開いた口が塞がらなかった。
「何してんの、つっきー……。人間を作ったって言ってたよな?」
決して人間ではない。しかも、銃火器のような兵器を持って戦うと思いきや、己の拳で戦う武闘派系の肉弾戦用生体兵器だった。ていうか、やっぱり神様だよ、それ。紛うことなき、か・み・さ・ま。
この神様ってのは、人知を超えた不思議な力を持つもっと神秘的なイメージであったが、千年以上前の時代なら十分そう思われただろう。
今でも、そんな事が出来る者はいないはずだし、神だと名乗れば信じる人はいると思う。俺からすれば、物理的な神様って感じだな。
「ま、見た目は普通の女の子だったから、いいじゃない。可愛いのにめっぽう強い――、初歩的なギャップ萌えだよ」
「つっきー、ギャップ萌えって言葉知ってんだ……」
「当然」
流石は、世界の情報通。何でも知っているか。
「逆に変わった所といえば――、頭にウサ耳のカチューシャを着けてたくらいだね」
「おお……!」
つっきーに月読様は女の子と聞いて、出来上がったイメージは巫女服みたいなのを着た長い黒髪の美女だ。あとは三日月のアクセサリーなんかを身に着けている。その彼女の頭上に、ガシャンとウサ耳が装着された。
うーん。いいんじゃない? 可愛いと思います。黒髪美女が巫女服にウサ耳――。これも、ギャップ萌えか?
「そのウサ耳は、月光の受信アンテナと増幅装置を兼ねてるんだ。あと、GPS機能もね」
「ほー」
実益もちゃんと兼ねているのか。
「そして、この月光が彼女の力の源さ。動力源」
家電なんかの電気みたいなものか。しかし、動力源にも月の光が使えるとはな。その光に照らされている自分の体を見る。うーん。どうやらこの光には、色々と俺の知らない力があるようだな。太陽の光を単に反射しているって訳じゃないのか……。
「人間みたいに食事しても、エネルギー補給できるけどね」
「ああ、それもいけるのか」
一応、人間作ったって言い張っているからな、つっきー。
「あ、そうそう。ウサ耳の他に、武器もあったんだった」
「ふーん。兵器じゃなくて武器か」
「うん。これは時代に合わせたんだよ」
「そうなんだ」
月読様自体のポテンシャルが、あれじゃあな。当時の刀や槍で良いだろう。棍棒でも十分すぎるくらい。しかし、それでも、必要ないんじゃないのか? 念のためにって感じか?
「この武器は、
「へえ……」
かぐつちってのは、
俺の月読様イメージに、矢の入った矢筒と弓が装着される。そして、弦に矢を掛けその弓を引いて構えるポースが思い浮かんだ。おお、格好いいな。戦う巫女って感じだ。
納得のイメージにうんうんと頷いていると、つっきーがこの武器の説明を始める。が、俺との間にかなりイメージの齟齬がある事にいきなり気付く。
「この
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ。ランス――?」
「うん? そうだよ、ランス。細長い円錐型の」
形が全く違う……。似ていると言えば、矢の方だな? ああ、そうか。これは俺の早合点だ。弓とは一言も言ってない。迦具土の矢だもんな。
「ごめん、何でもない。俺が間違ってた。弓じゃなくて、矢の方なんだな? あ、槍投みたいな感じか?」
折り畳んで携帯し、使う時に開いて投げる。しかも、説明で聞いた月読様の腕力なら、かなり遠くまで投げれるだろう。
「え? どっちも違うよ。迦具土の矢は、月の光粒子を利用した光線銃さ。荷電粒子砲みたいな奴ね」
「荷電、粒子砲!?」
「そう」
「はああああああ!?」
俺は、いきなり飛び出してきた科学未来兵器の名に、怒りの声を上げる。てか有り得ないよ! そもそも時代と全然合ってないだろーが! 光線銃とか、どこが合ってんだよ! あと、荷電粒子砲とかあああああ! どういう事だ!
「では説明しよう! この迦具土の矢は、加速して撃ち出された月の光粒子ビームが、空気中を減衰することなく直進、亜光速で対象に到達しその対象を容赦なく撃ち抜くのだ! どう? カッコイイでしょ?」
俺は、この説明を聞いて愕然とした。
「お前ふざけんなよ! 何だよそれ! 時代に合わせたのって、名前だけじゃねーか!!」
嘘つき! つっきーの嘘つき!
「あはっ。ごめん。言い方が悪かったね?」
言い方あああああ!?
「ま、それはともかく――、有効射程にあるものは、全て貫けるんじゃないかな? まあ、例外もあるんだけどね。その射程は調節可能で最大は約五十キロまで。口径も同じように変えることが出来るよ。大砲みたいに大きく、針みたいに細くとかさ」
「口径以前に距離が半端なさすぎ! 銃の範疇越えてんよ!」
どんだけ凄い銃を作ってんだ、こいつは!? 今の科学技術でも無理そうなんですけど!
「弾数は――、まあ、貯めてた月光が無くなるまでは撃てるよ。最低でも、君の街で破壊の限りを尽くすことは出来る。絶対に出来る」
「おい! どうしてそういう怖い例え方した!? 他にもっと言い様があるだろうが!」
しかも、絶対に出来るとか、断言すんのやめてくんない!? 念押ししながら! 更にこえーよ!
「でも、それが私の見える夜だったら、話は違ってくるよ? 随時エネルギーの補給を受けれるんだから。これがどういう意味か――、分かるよね?」
「だから、こえーんだよ! 今度は言い方が怖い!」
あかんて、それ……。無限砲台じゃないか……。俺は戦慄する。月読様は、近接戦闘だけでなく、遠距離攻撃も可能な、遠近両用型の最強生体兵器だった。しかも結局、銃火器の類持ってんじゃねーか……。
そして、俺の月読様イメージに、弓矢ではなく対戦車ライフルに似たランスを構え、地面に伏したウサ耳の黒髪巫女姿が浮かんでくる。おかしい。おかしすぎる。いや、確かにこれはこれで、いいなとは思うけども。巫女と銃は時代錯誤的な萌えギャップがありますけど……。
「何? つっきー、日本侵略しに来たのか?」
俺は胡乱気に尋ねる。オーバーテクノロジーもいいところなんだよ。速攻だよ。速攻で、月読帝国でき上がっちゃうよ。鼻をほじほじしながら、出来そうなレベルでな。しかも、近接戦闘なんか必要ない。迦具土の矢による、弓が届かない上空からの無差別攻撃。反撃を一切受けずに、敵を殲滅できただろう。
しかし、それすら必要なかったかもしれない。武力の示威にも利用できたはずだからだ。その威力を見せつければ、戦意なんて消え失せる。すぐさま降参の白旗が上がりそう。
あ、でも相手には武士もいるか……。それなら、彼我ひがの戦力なんぞ気にせず、向かってきそうではあるな。しかし、それでも一定の効果はあったとは思うが……。
「いやいや。侵略とか、そういうつもりはなかったんだ」
つっきーは、俺の意見を否定した。だが、納得できないぞ。
「じゃあ、何で兵器なんか――」
「今と違って治安が悪かったからね。危険だから、強くしとこうと思って」
「ああ……。そう言う事か……」
それなら、まあ納得できるか……。倫理観なんかあったもんじゃない。物騒な世の中だったはずだ。戦もあるし、野盗とかも普通にいただろう。己の身を守るために必要な、防衛手段だったか。
ま、良かったよ。つっきーが侵略者じゃなくて。危うく今後の付き合い方を、考えるところだった。俺は、最後のビール缶に手を伸ばし蓋を開ける。そして、それを勢いよく飲み始めた。
「ふふ、どうやら誤解は解けたようだね?」
「まあな」
「あの時代はさ、あの時代で大変だったのさ」
「だろうなあ……」
結局、月読様が来た時代って、平安時代とか飛鳥時代になるのか? まあ、どのみち戦が身近にあるような時代だったろう。人の生き死にが、今よりきっと明確に隣り合っていたはずだ。
「あの頃は、
「あー、やっぱり」
怖いなあ。俺だったらすぐに逃げ出すよ。はは、逃げ出せればの話だけど。そう思いながら、枝豆をパクついてビールを飲む。だが、それが途中で止まる。
「……え?」
今なんて言った? 魑魅、魍魎……?
「つっきー」
「うん?」
「今、魍魎とか聞こえたんだけど……」
聞き間違いかな? あ、発音が同じってだけで、俺の知らない言葉だったとか。
「そうだよ。知ってるでしょ、鬼とかさ」
「鬼!? あの角生えた奴の事!?」
「うん」
聞き間違いじゃなかった。ていうか鬼!?
「嘘だろ!? 鬼って本当に実在したのか!?」
「うん、いるよー」
つっきーは、然も当然のように答える。しかし、軽いなその口調。結構な衝撃の事実だよ、これ。学会なんかに発表したら、一大センセーショナルが巻き起こるってやつだぞ。
「当時彼らは、関東地方で猛威を振るってましてねー」
「そうなんだ……」
何か、インフルエンザが――、って感じの言い方だな。
「そんな彼らを統率する鬼の王もいて――、結構な被害が出てたんだ。しかも、その勢いは増すばかりでね」
「ひええ……」
やだ、嘘、怖い。何だよ、鬼の王って……。
「京の都からの援軍も来た。各地から集められてた総勢五万の兵さ。だけど、歯が立たなくて――、全滅」
「全滅……」
「動くのが遅すぎた。手遅れだったんだ。如何せん数があまりにも多すぎる。鬼の軍は、もう既に百万ほどに膨れ上がっていたんだ」
「ひゃ、百万だって!?」
それって、当時の都市人口を、遥かに超えてんじゃないのか!? 江戸時代の後期で、ようやくそこまでの数にいったはずだぞ!? てか、やばい……。これマジだわ。マジで妖怪戦争があったんだわ! 俺は、歴史に隠された真実を知って、俄かに気持ちが昂る。
でも、どうしろって言うんだよ……。そんなに敵がいちゃあ、打つ手なんかないじゃないか。一度に出せる当時の兵力なんて、つっきーが言った四、五万とかじゃないのか?
しかも、その京の軍勢は全滅したって言ってたよな……。駄目だ、詰んでるよ。日本中の武士を集めても、足りないくらいじゃないのか……。高揚した気分が、今度は一気に冷める。だが、俺は驚きすぎて、何もかも失念していた。打つ手はあるのだ。それも、この上なく最強の一手が。
「人々の奮戦も空しく、関東地方は鬼の軍勢によって完全に占拠され、その勢力は各地方へと拡大し始めた。だが、その勢いは止められない。最早、人の力で対抗するのは、不可能だったんだ」
やっぱり……。百万の数は圧倒的すぎる……。しかも、相手はあの鬼だ。何が出来るってんだよ……。
「しかし、誰もが絶望し、全てを諦めかけたその時――」
「あ! そうか!」
つっきーにそう言われて、俺はようやく気付いた。
「そう。暗い天上から眩いばかりに差し込む、一条の月の光――、月読命のご降臨ですよ」
「おおお!」
日本の救世主きたあああああ!
「舞い降りた彼女が、鬼たちをばったばったと薙ぎ倒していったんだ」
「おおおおおー!」
かっけー! 月読様、最高! そして、ようやく分かった。何故、つっきーが月読様を作ったのか。そう。このためだったんだ。日本を救うためにつっきーは――!
「形勢は一気に逆転。彼女の元に、生き残った人々が集まり出す。そして、鬼たちはどんどんその数と支配地を失っていった」
「おおおおおおおおー!」
すげええ! 熱い展開だな! 彼女の他にも人の英雄が集まり、そのまま関東を取り戻していくのか!
「まあ、殆ど迦具土の矢で瞬殺だったんだけどね。他の人とか集まっても、戦う事はなかったかな?」
「お、おおー……」
だよな。そうなるよな。もうホント、一方的だっただろう。相手のターンなぞ存在しない。ワンサイド&ジェノサイド。それを想像すると、テンションが若干下がった。
「でも、やっぱり数が多すぎてさ。何か途中で面倒くさくなってきてね、彼女も私も……」
「え……?」
何か、雲行きが怪しくなってきたんだが……。もしかして「もうやーめた」って事になったのか? いや、流石にそれはないと思いたいのだが……。しかし、つっきー見ていると不安になってくる。
「それで、鬼の都っていう本拠地が分かってたから、そこを迦具土の矢の最大出力で撃ってもらったんだ」
「おーなんだ、名案じゃないか」
やれやれ、ちょっとひやっとしたな。どうやら杞憂だったようだ。しかし、強襲して一気にけりをつける。確かにそれが出来るなら一番良いよな。手っ取り早い。迦具土の矢なら、問題なく可能としたはずだしな。
「だけど、威力が強すぎてね」
「あ、そうなんだ」
鬼の都って小さかったのか? まあ、迦具土の矢の威力じゃあ、多少の大きさはあまり関係なさそうだが……。そう思いながら、缶に手を伸ばす。すると、つっきーがまた妙な事を言い出した。
「東京湾って、何であんな抉れた形していると思う?」
「ん? 何? いきなり?」
東京湾がどうしたって言うんだろ? その形を思い浮かべつつ、俺はビールを飲みながら、つっきーの答えを待つ。
「…………」
ん?
「…………」
え? 何この沈黙? 俺の回答待ち? しかし、そう思ったのも束の間。――あああああ!? 俺はその答えを閃いてしまった。
「おい、ひょっとして――! 地形を変える程の威力だったのか!?」
抉れたって、そういう意味!?
「いやー。あそこまで破壊力あるとはねー。現在の幕張辺りから、横須賀方面に向かって抉れていきましたー。あっはっはっはっ」
「はあああああああ!?」
とんでもねえ! こいつ、しれっととんでもねえ事、言いやがった!
「もうね、撃った瞬間分かった。あ、これ――、絶対やばい事になるって」
つっきーが、その恐ろしい惨状を説明し始めた。
「だって、発射された光の口径が、一瞬で東京湾くらいに広がったんだもん」
「滅茶苦茶でけーじゃねーか!!」
東京湾と同じサイズとか、どんだけエネルギーを溜め込めるんだよ、あのとんでも兵器は!
「それが大地を抉りながら、猛スピードで突き進んでね。その一瞬後にきた衝撃波の爆風が、凄いのなんのって。近くにいた人たち皆、軽く吹っ飛んでたから」
「味方も巻き込んでんのかよ!」
避難させとけよ! 配慮しろって! もっと計画的にやんなよ、つっきー!
「そして、撃ち終わったその跡には何もなかった。いや、見えなかった。舞い上がった土煙が、その一面を覆っていたからだ……。後の世に、東京湾と呼ばれるその場所から。広大な一つの火口から立ち上る噴煙のように。そして、それは三日三晩経とうとも晴れる事はなかった……」
「こえーよ! 最終的に、巨大隕石の衝突みたいになってんじゃねーか!」
俺、そういう動画見たことあるわ! ホントそんな感じだから!
「ま、すぐに海水が流れ込んできたけどね」
「はあ……。それが、東京湾が出来た瞬間って訳か……」
「そういう事になるね」
なんちゅー事しでかしんだよ、月読様とつっきー……。天体ショーならぬ地球ショーって感じ。でも人為的に引き起こされているから、それもなんか違う気がするな……。
「あ、人殺しはしていないよ?」
「お、おう」
「確かに爆風に巻き込まれてた人たちが多少怪我したけど、射線上にいた皆、つまり東京湾にいた人達は避難させておいた。人間だけじゃなくてね」
「そ、そうか……」
いきなり殺伐とした言葉はやめて欲しい。声も怖く感じる。ちょっと腰が引けるじゃないか。
「ま、元々人や動物、植物があるような所でもなかったから、その避難は楽だったけど……」
「ふーん」
何だか、殺風景な場所だったんだな。東京湾になった所って。
「ともかく、鬼の都は消滅。鬼の首魁もいなくなって、めでたしめでたし。鬼殺し編、完――」
鬼殺し編って……。だから、物騒なんだよ……。しかし――。
「うーん。それは、めでたしと言っていいのか?」
人的被害は軽微らしいが、本土が削れて無くなってんですけど……。
「いいんじゃない? 皆、これで普通に暮らせるって喜んでいたよ」
「まあ、それならいいのか……」
けど、凄いよな。昔の日本にそんな戦いがあったなんて。そして、月読は間違いなく日本を救った英雄だ。彼女がいなければ、相当やばかったんじゃないか? 最悪、全国規模で全滅だっただろう。これは、日本に寄越してくれた、つっきーにも感謝だな。ありがとう、つっきー。そう思いながら、つっきーを見上げる。
「でも、流石にちょっち、やりすぎたなあー、と」
「流石にちょっちって感じじゃなくね?」
もっと真面目になれよ、この天体は。いきなり感謝の気持ちが半減だよ。成果は有難いが、その代償に地図が変わるくらい地表削ってんだぞ?
「それに、色々と面倒くさい事にも、巻き込まれ始めたしね」
「面倒くさい事?」
「うん」
平和になったのにか? あーいや……。平和になったからこそ、新しい厄介事は現れる。
「新しい王に、とか?」
「そんな感じ」
「あらー……」
やっぱりかー……。まあ、よくある話だよな。共通する敵がいなくなって、今度は同じ仲間であった自分たちの中で、権力争いに発展していくってさ。つっきーたちは、それに利用されそうになったのか。政争の具ってやつ。これは面倒くさいな。
「それで彼女と話し合ってね。ほとぼりが冷めるまで、月に帰ってもらうことにしたんだ」
「そうなんだ……」
何か、本当に英雄のその後みたいな感じだね……。俺知ってるよ、そういうの好きだからさ。人知れず去っていく。その後、彼女の姿を見た者はいない、みたいな……。
――うん? でも、おかしくないか? 俺は、話を聞いていく内に、そもそも最初から一つ、辻褄の合わない事があるのに気付いた。
「なあ、つっきー」
「何だい?」
「俺、そんなの初めて聞いたぞ? そういう話なら、伝説なり言い伝えなりで残ってるもんじゃないのか?」
今聞いたような戦や、最後に起きた大規模な天変地異なら、記録にだって残っているはずだろう。文献みたいなさ。火山噴火、地震、隕石が落ちたのもあるって聞くし。
「それはほら、彼女に月の力使って暗躍してもらったんだ。ぼんっ! てさ」
「証拠隠滅したのかよ!」
こいつら、大切な歴史の書を、「ぼんっ!」て焚書の刑に処しやがった!
「ま、日本規模で記憶の改竄的な?」
「違った! さらに性質が悪いよ! 国民全員、洗脳したのかよ!」
「ぼんっ!」て、頭が「ぼんっ!」て事かよ! 月光ってそんな事も出来るのか! どうやら俺は、月の光の恐ろしい一面を垣間見ているようだ。
「しかも、その影響は遺伝子レベルで、子孫に受け継がれて――」
「おいおいおいおいおい!」
怖いんですけど! 知らない方が幸せだった的な事が、今ここに明かされてるんですけど!
「はははは。なんてね」
つっきーがおどけた様子で笑った。な、何だ、冗談か……。良かった……。
「脅かすなよ……」
「ふふふ。ごめんごめん」
ったく、心臓に悪い。世代を超えて、人体に影響を残す洗脳とか……。それって最早人体改造だろ。俺は、ビール缶を手に持つと、それを口に運ぶ。
「でも――」
「え?」
そう言われ、運んでいた手が止まると、つっきーを見上げた。
「月光を一番浴びれる満月の夜って、何であんなに犯罪率高いんだろうね?」
「おい! やめろおお!」
馬鹿! 今夜はその満月なんだぞ! 駄目だ、これ以上聞きたくない。俺は、無理矢理話を終わらせた。
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