最終話
祖母の部屋を訪ねた。ベッドに座った祖母は、わたしを見て目を細めた。わたしの後ろには、母がいる。
「いらっしゃい。ゆうりちゃん」
彼女はわたしの目を見て言った。
「今日はいい天気ねえ」
そこにわたしは居るだろうか。このわたしは、彼女の目の中に居るだろうか。
「ゆうりちゃん、大きくなったねえ」
「……うん」
「ランドセルは気に入った?」
「……うん」
わたしはほとんど泣きながら、何度も頷いた。
「そう、良かった」
祖母はそう言って、母の方を見た。祖母と視線を合わせた母は、目を見開いていた。
「陽子」
「なあに、母さん」
母の顔が、泣きそうに歪む。
「ゆうりちゃん」
「なに?」
「許してくれなくて、いいのよ」
その言葉に、わたしは膝をつく。しゃがみこむわたしの頭に、祖母は手を置いた。
「なんて、ね」
「え?」
わたしは顔を上げる。
「……さつき」
沙月はわたしの頭からそっと手を離す。
「ごめんね、ゆうりちゃん」
視界が歪む。涙が落ちる。
「なに泣いてんだか」
呆れたような声に、わたしは振り返る。さっきまで母がいた場所に、晴花がもたれかかっていた。
「はる、か」
嘘だ。これは全部、わたしの造り上げた虚構だ。
「ほら、ココア奢ってやるから元気出せ、夕理」
「マックも行くんでしょ?」
晴花の言葉に、沙月が苦笑いを零す。
「沙月」
「うん?」
「わたしは、どうすれば良かった?」
沙月は困った顔で首を振った。
「もう、いいのよ」
「ほらほら、うだうだ言ってないでマック行こ。卒業旅行の計画も立てよ」
晴花の言葉に、沙月が楽しそうに頷く。
「ねえ、沙月、晴花」
わたしは言う。二人は少し首を傾げる。
「買ってもらったインク、あったじゃない。あの、万年筆の。あれさ、もうすぐなくなりそうなんだ。だから、また買ってよ、次の誕生日に」
「もちろんだよ」
沙月はしっかりと頷いた。
「また錆色な」
晴花もにやにやと笑う。
「その頃にはわたしたち、大学生だね」
沙月が晴花の方を見た。二人は顔を見合わせ、泣きそうな目をして、笑った。
「ねえ」
沙月は晴花の方を見て、口を開く。
「生まれてこなければよかったなんて、嘘よ」
ずっと続けば良かった。ずっと。あんな酷いことは全部、あの錆色のインクが書いた、勝手な虚構だったことにして、脚本にしてしまいたかった。タイトルは、そうだ、錆色の虚構。晴花は陰気な話だと笑い、沙月は難しいねと眉間に皺を寄せてくれただろう。でも、そんなことは出来ない。現実はこっちだ。もう終わらせなくちゃいけない。こんな虚構は。
わたしは胸の前で手を広げる。そして大きく、ぱん、と鳴らした。
暗転、幕
錆色の虚構 村谷由香里 @lucas0411
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