曾祖母と火葬場へ向かう道

仁和 英介

曾祖母と火葬場へ向かう道

 これは私が7歳の頃に経験した不思議な話です。


 私は幼い頃両親が離婚して父親に引き取られたため母親がおらず、家は祖父母と父、それと私の4人暮らしでした。


 平日は小学校から帰っても、父親と祖父母は仕事に行っており、午後6時を過ぎないと帰らないので、近所の曾祖母の家で夕方まで過ごすのがいつもの日課です。


 曾祖母の家は汲み取り式のトイレが離れにあるような古い木造の家でしたが、田舎なので庭は広く、近くには田んぼや山、放置された廃工場などもあり、遊ぶ場所には困りません。

 晴れた日はランドセルを置いて外へ行き、雨の日は離れの部屋で遊び、夕方までの時間を過ごします。母屋には体が弱り寝たきりの曾祖母がいましたが、大叔母から遊びには行かないよう言われていたため、たまにしか顔を見る事はありませんでした。


 そんなある日、曾祖母の家に今まで見たこともない大勢の大人たちが集まりました。寝たきりだった曾祖母が亡くなったのです。その時、私はまだ死についてよく分かっていなかったのか、大勢の大人たちを見ているだけで、特別な感情を持つことはありませんでした。


 そして、次の日も大叔母の家には大勢の大人が集まりました。知らない顔ばかりで居場所の無かった私はほとんど母屋へは行かず、離れの部屋でおとなしくしていると、しばらくして屋根にきらびやかな装飾をつけた黒い車が庭にやって来ました。



 家から出された棺が装飾のついた車に積まれると、大勢の人たちは各々の車に乗って続々と動き始め、私がリアシートの中央、その両側に中年女性を乗せた車は、装飾付きの車のすぐ後ろについて行きます。


 曾祖母の家を出た車列は交通量の多い街中を抜けて林の中に入り、空を青々とした葉に覆われたつづら折りの坂道をどんどん登って、小山の頂上で止まりました。


 そこには広い駐車場があり、その向こうにコンクリートの建物がぽつんと建っています。

 私と大勢の大人たちは車を降りると、建物の中に置かれた棺の周りに集まり、それが鉄の扉の中へ消えてゆくのを最後まで見届けました。


 それから数年が過ぎ、お葬式や火葬場の事が分かってきた私は、祖母に曾祖母を火葬場へ送った時の話をしたのですが、その返事は信じられないものでした。


「お前は火葬場に行ってないよ」


 はっきり覚えているのですから行っていない訳がありません。両側に座っていた中年女性が今日の葬儀の話や若い頃の曾祖母の話をしていた事も覚えています。

 私は祖母の記憶違いだと思いましたが、その後、大叔母に聞いても私は離れの部屋で寝ていたので火葬場へは行っていないという答えでした。

 それに、私が寝ていたので一緒に留守番をしていたという人の名前も挙げられ、もう何が正しいのか分からなくなり私はこの事を考えるのをやめました。


 それから3、4年後、父が病気で亡くなりました。初めて行くはずの火葬場へ続く道は、空を青々とした葉に覆われたつづら折りの道、そう、あの時見た道が小山の頂上へと続いています。やはりこの道を通るのは初めてではなかったのです。


 ですが、あの時の記憶を改めて思い出すといろいろとおかしな部分があります。


 知らない大人と車に乗ってから火葬場の棺を見送るまで、誰も私がいることに気付いていない様子でした。それに、なぜか棺が火葬の炉へ消えた所で記憶がぷっつり切れているのです。


 やはりあの日、私は祖母に言われた通り火葬場へは行かなかったようです。ですが、間違いなくその光景を見ていました。


 とても説明がつく話ではありませんが、いつも障子の向こう側で私の元気な声を聞いていた曾祖母が、私の意識だけ火葬場へ連れて行き、最後のお別れをしたのだと……そう納得をして、幼かった日の事をたまに思い出しています。

 

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