まじないの代わりに

「三城神社の神主の息子、一応跡取り予定の三城健吾です。よろしく、河嶋さん」

「……本当に?」

「嘘言ってどうするんですか」


 つまりはそういう事なのだ。

 そもそもこの山が家の土地でなければまだ迷い人になっていたわけでもない人影に注意喚起しようなどと殊勝な事は考えなかったかもしれない。

 そしてクラスメートのアホな面を目撃する事もなかっただろう。

 ……そのせいでクールイコール知的というイメージが破壊されたのだ、謝罪と賠償を要求したい。


「というわけで神社の関係者としても重ねてお願いします。敷地内で丑の刻参りは止めてください。地味に神社の評判が落ちるんですよ、神木に刺さった藁人形とか見つかると」

「……分かりました、ごめんなさい」


 世の中、大半の人間は本気で呪いの存在を信じたりはしない。それでもなんとなく不気味に思ったり忌避感を覚えたりはするものだ。

 なので僕の家庭の事情を考慮すれば妙な呪いの儀式はご遠慮願いたいのが本音なのだけど、


「で、改めてさっきの話ですが」

「え?」

「聞きますよ。神職見習いですけど、何か神頼みしたい事があるんでしょう?」


 見習いでも分かる、河嶋さんが何かしらを抱えておまじないに縋ろうとしていた事は。それに気付いていながら迷える子羊を知らんぷりで見過ごすなど、氏神様に叱られるに違いない。


「いえ、でも」

「で、どこの誰に片思いしているんです?」

「!? 何故……?」

「神職見習いですから」


 僕が三城神社の息子だと名乗った時以上の反応でクールフェイスに驚きの感情を示した河嶋さん。僕の持ち掛けた相談受付に何も話してないのにどうしてその事が分かったのかと問いたげな視線に曖昧な笑みを返しておく。


(実のところ、色々しゃべってもらってるんだよなあ)


 彼女自身にその意図は無かっただろうが、例えば彼女はお百度と勘違いしたまじないを22日繰り返していた事を漏らしていた。

 今日の日付から逆算すれば、彼女がまじないに懸けた願い事を高校に入学仕立ての頃から始めた事が分かる。

 他にも何故こんな面倒くさいまじないを選んだのかをぼやくように聞いた時の言葉、「難しいから達成できなくても仕方ないと思いたかった」。

 そして極め付け、彼女がやりたかったのが呪殺だったのならともかく何かの祈願であったのなら、ここ三城神社は縁結びの聖地。


 これらを統合すれば、ぼんやりと事情は見えて来る。


「お相手は同じ高校の……以前からのお知り合い、と」

「どうしてそこまで分かるんです!?」

「神社の息子だから」


 事実だが神仏の加護云々の大袈裟な話ではない。

 外観や状況、会話から漏れ聞いた大小の情報から悩み事などを言い当て「あなたの事はよく分かっています」と信用させ、その解決にもっともらしい助言を与える、占い師から詐欺師まで実に狭く胡散臭い範囲の業界で馴染みの手法。

 コールド・リーディングと呼ばれる話術である。


 縁結びの神社を訪れる若い女性、この条件なら十中八九は恋愛関係の悩みを持っている。その上で彼女が始めた時期から入学が何らかの転機になった事が読み取れる。あとは当て推量、話しながら反応を見て言葉の矛先を変えただけ。

 ちなみにこの技術自体は悪い物ではないのだが、他人を信用させて自身に便宜を図らせる事も可能なので悪用され易いのも事実。

 それでも今回使ったのは、少しなりともまじないの邪魔をした埋め合わせ。

 神仏のご加護ほどでなくとも、彼女の背中を押す程度の手助けを。


「告白したいけど踏ん切りがつかない、だからおまじないが上手くいけば……といったところですか」

「……本当、神社の人って凄いですね」


 実際は大雑把な事情を汲んだだけで具体的な詳細は何ら言い当ててないのだが、それでも彼女は神職見習いを愚痴の相手と認めてくれたらしく、悩みの内容をぽつりぽつりと口にした。


「わたし、中学時代に好きな先輩がいたんです」


 それは別段珍しくもない恋物語未満の話。

 平凡な少女が片思いを抱え、告白する機会を得る事なく年上の人は卒業してしまった、よくある話。


「でも、入学した高校に先輩がいて……それで今度こそって思ったんだけど」


 かつて気後れした結果、機会を逸した過去の恋。年月を経て再起しようにも、それが出来ていればとっくの昔に告白出来ていただろう。

 だからきっかけが必要だったのだ。

 告白するのと同等か、それ以上に困難を伴う何かを為した自信というきっかけが。


「……成程」


 得心いったと頷いた。

 彼女は、河嶋さんはクールなアホだが、普通に臆病な少女だったのだ。


 そしておまじないとは、そんな人の心を変えるもの。

 漫画のように確かな呪力などはないけれど、ほんのささやかな達成感が背中を押し、少し気分を変える事が出来る代物だ。


 そのおまじないを止めてくれと言った手前、神職見習いとしては代わりのきっかけを彼女にもたらすべきだろう。


「なら、そんなあなたにこれを授けましょう」


 僕は懐から15センチほどのお守り袋を取り出す。売り物ではなくジョギング中にも身に付けている、正真正銘僕の私物。


「お守り、ですか?」

「社務所で売ってるお守りよりもちょっと上等な物だけどね。跡取りが預かってる『神札しんさつ』だから」


 いわゆるお守り、守札まもりふだと異なり神札は氏子に下賜されるお札で、神社の関係者には重要な扱いを求められる品である。

 だからこそ僕もこうして肌身離さず持ち歩いているのだが、


「この霊験あらたかな神札を、あなたにお貸ししましょう」

「……え?」

「縁結びの神様を祀る三城神社の神札、そのご利益はお百度参りに勝るとも劣らない、否、こと恋愛事に関しては専門筋」


 努めて厳かに──厳かに聞こえるといいな──口調で河嶋さんの手にお守り袋を握らせて、


「あなたの真摯な願いは神の下に届きました。よって神のしるしを貸与致しましょう」

「あの、三城、さん?」

「ご加護は覿面、保証します。されど──」


 呆気に取られて反応に困る彼女を押し切るように、最後の言葉を舌に乗せた。


「それ、持ってないと僕が親から怒られるので、役目を終えたら返してくださいね? お願いします」


 言い切ると同時に背を向け、勢いをつけて走り出す。

 慌てた様子の彼女が何か叫んでいるようだが、あえて無視して走り去る。もはや神職の出番は終わり、あとは彼女の判断にかかっている。

 僕の手助けで彼女が本当に踏ん切りをつけられるのか、やっぱりと諦めてしまうのかは分からない。

 だけど何らかのきっかけ、進むにせよ諦めるにせよそのきっかけになれた事を僕は祀る神様にお祈りしておいた。


 願わくば、御威光を示されますよう。


******


 後日。

 休日の昼下がり、僕がのんびりと境内の掃除をしている時。彼女が現れた。

 河嶋瑞希、僕が春の夜にお節介を働いた恋に迷える少女である。クラスメートである以上、教室で顔は合わせていたが、プライベートな会話を交わす程の関係でもないため、あの後彼女がどうしたかまでは知らないでいた。

 そのため、こうして学校の外で出会うのはあの夜以来だった。そしておそらくあの日あの時着ていた白装束、勘違いの白いワンピースは太陽の下だと彼女の黒髪と合わせてよく似合っていた。


 彼女は僕が挨拶をする暇も与えず第一声、


「振られました」

「………………お、おお…それは、なんというか、申し訳ない……」


 僕に致命的な一言を放ってきた。

 どうやら神札にご利益は無かったようで、神社を代表し思わず頭を下げる。迷う彼女に告白を煽った形だったから尚更だ。


 しかし河嶋さんは白い面に薄っすらと微笑みを湛えて


「先輩は2年前に彼女が出来て交際中、だそうです。ですから愚図愚図してたわたしが悪いんですけどね」

「……それは、また」


 彼女が一歩踏み出すよりも遥か昔に勝負はついていたのだ、三城神社の氏神様にも時を戻すご利益は無かったと思うので、これはどうしようもなかった。

 だが2年前に結論が出ていた事とはいえ、彼女にとってはごく最近の結末。昔の事と吹っ切れる事が出来るかといえば──


「でも長らく患ってた恋の病はそのうち治りそうです、そのお礼を言いにきました」

「え」

「ですから、その点は感謝しています。ありがとう」


 その笑顔は涼やかで、晴れ晴れしたものだった。少なくとも彼女の背中を押した事で悪い事は起こらなかった、そう信じてもよさそうである。


 そして。

 この笑顔を振った先輩とやらは誠実かもしれないが、随分と勿体ない事をしたものだとしみじみ頷く僕だった。


******


「あと、あの神札ですが、もう少し借りていてもいいですか?」

「……何故に?」

「だって、縁結びの神様のありがたい御札なんでしょう? 新しい出会いを運んでくれるかもしれませんし」


 彼女の淡い失恋話。

 これが僕と彼女の縁結びの初め、いわゆる馴れ初めというものにあたるのだが、それはまた別の話である。

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15センチのおまじない 真尋 真浜 @Latipac_F

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