それでも願いはあったらしい
「お百度と、丑の刻参りは、別ですから!!」
漏れ聞こえた彼女の言葉から拾い上げた情報を検証すれば。
ああ、彼女のやりたかった事はお百度だったんだろうなと思わざるを得なかった。
お百度、或いは百度参り。
これも丑の刻参りと同じく──あまり同じに扱いたくないが──神社仏閣の敷地で行うまじないである。
目的は何らかの祈祷祈願、いわゆる神頼みの代表格といってもいいだろう。
そして丑の刻参りと異なり服装や小道具の有無は特に規定がなく、ただ求められるのは真摯な祈り。お百度の場合は「どれほど真剣か」を回数によって確認している節があるので明確な数を設定されていたりする。
ちなみに「百」という数は「沢山」を意味する区切りのひとつで、時代や場所によって八や九、或いは千や
お百度が「百」で広まっているのはおそらく「百」が沢山を意味した時代に定着したからだろう──まあそれはさておき。
「おひゃ、くど?」
なんだそれ、みたいな顔でこちらを見返す河嶋さん。
いまいち僕の言いたい事を分かってもらえてないようなので事情の補足をしていく。
「あのですね、正直詳しい事を聞く気は全く無かったんですけど、流石に堪え切れないツッコミ案件が出てきたので確認させてもらいます」
「え?」
「河嶋さんが『おまじない』の効果を与えたかったのは自分ですか他人ですか」
「え、どうしてそんなアンケートみたいな──」
「いいから答えたください」
有無を言わせぬ勢いに彼女はそれ以上抗わず、また素直に答えてくれた。
「……わたし自身ですけど」
「うん、じゃあ次の質問。そのおまじないの効果で自殺したかったんですか?」
クールフェイスは2,3度瞬きを繰り返し、
「馬鹿な事を言わないでください」
「河嶋さんがやってたのはその馬鹿なまじないなんですよ!!」
高校1年生の僕が面と向かって他人に「あなたは馬鹿です」と言い放ったのは、おそらくこれが初の経験だった。
「……何故?」
「だから、河嶋さんのやってたのは『念を向けた相手を呪い殺す』儀式なんですって! それを自分に向けてたなら自分を殺そうとしてるって事になるよね!?」
「そ、そんなはずは。だって時代劇で、こんな感じのおまじないを」
ああ、分からなくもないけど勘違いにも程がある。
お百度と丑の刻参り、どちらも歴史ある儀式だ。女性向け雑誌に載っている簡単な『おまじない♪』と異なり、時代物の映画やドラマにまだまだ迷信深かった頃の描写でまじないの様子が使われ易い点も共通点として挙げられるだろうか。
……だけど普通は間違えないと思う。
「特に熱心に観てたわけじゃないんですけど」
「うん?」
「居間のTVで観てた時代劇では一人息子の無事を祈ってお母さんが白い服装で
あるある。
水垢離、或いはお百度は時代劇で大願を祈る時の定番である。だいたいその様子を影から主人公や黄門様が見ていたりする。
……地方によってはこれらのまじないも他人に見られると効力がなくなるとされているのだけどいいのだろうか、と思ったりしたものだ。
「神様に願い事をするのは大変なんだなと印象に残りました」
「ほう」
「で、ちょっと席を外して戻ってきたら、白無垢のまま藁人形片手に釘を」
確証はないけど確信はする。
それ多分途中で誰かがチャンネルを変えたに違いない。
「女優さんはとても真剣な表情で釘を打ってました。きっとかけた願い事が真剣だったんだと思いました」
うん、まあ殺したい程に憎い相手を神仏に頼って殺そうとしてたんだから真剣だったとは思う。
「その時の記憶があって、お父さんの工具箱に15センチくらいの釘があったのも覚えてたから、あれを借りれば出来るかなって」
「それ五寸釘って言うんですよ! ちょうど丑の刻参りで人形にぶっ刺す定番の呪いのアイテムなんですよ!!」
「五寸釘……それ、どこかで聞いた事があります」
「そんなレベルで知らなかったんですか……」
最初に付け間違えたボタンをそのまま全部留め終わっても気付かなかった、そんなレベルで間違いを完遂しそうだったクールビューティ、しかしアホ。
「大変だと思ったなら、何故そんな極端に達成の難しいまじないに手を出すんですか」
五寸釘や金槌の入手は容易でも、藁人形の作成は手間だろうに。
そもそも五寸釘なんて有名アイテムを知らない程度にまじない全般に興味なかったようなのに、と流石に呆れた感情が飽和しかかったのだけど。
「難しい……そうですよね」
「……?」
「難しいから、達成できなくても仕方ない。そう思いたかったのかも」
僕はこのクールなアホの子の事情を詳しく聞く気は無かった。
あまりにも的外れでおかしなまじないを神社のある山で試すのを止めてくれれば問題は無かったのだけど。
深刻──という程でなくとも、真剣な悩みや惑いがあるのなら多少は手助けしたくなる。
「つまりおまじないが達成できれば、何かに踏ん切りをつけられた──そんなところかな」
「え、何故……?」
「おかしなまじないの現場を見てしまったのも縁、代わりに多少の迷い事なら聞くくらいは出来るけど」
「いえ、そんな、クラスメートであっても無関係な人に」
クールな表情に戸惑いと警戒の色が浮かぶ。無理もない、当然の反応だと思うが、実のところ彼女のやらかした一連の行為は僕にとって全く無関係というわけでもないのだ。
「河嶋さん、僕の名前を覚えてましたよね」
「え、ええ。市内によくある姓でしたから。確か三城──」
「で、この山にある神社の名前は?」
「三城神社で──えっ」
「うん」
警戒の色が驚きに塗り替わった。
そう、僕がこの山をジョギングコースにしていたのも、躊躇なく山道を外れて山中を歩き回れたのも、山の地図を頭の中に広げられるくらい知悉していたのも。
旧来のおまじないのも人並み以上に詳しかったのもそれなりの理由があったのだ。
「市内には分家が多いから三城姓は一杯いるけど、僕は一応本家の人間で」
照れた笑みが頬に張り付いているのを自覚しながら、僕は改めてクラスメートに自己紹介をした。
「三城神社の神主の息子、一応跡取り予定の三城健吾です。よろしく、河嶋さん」
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