Chapter 7 ファイアワークス
形としては、ただスマホを返すだけに終わった。でもその後、私達は会話を交わすことはなかった。それどころか、目すら合わせなかった。学校が終わると、私は耀太と会わないように、誰よりも先に校舎を飛び出した。
その時、いつもは閑散としている校門前に、大勢の人々が行き交っているのが目に入った。その中には浴衣姿の人も多くいた。
「あっ……そっか、今日花火大会か……」
今まで花火大会など全く行かなかったので、地元のがいつ行われているかすら知らなかったが、石垣の貼り紙を見てそう知った。終業式ももう間もなく。学生達への、夏休みの先取りも兼ねているのだろうか。
「……」
これから予定があるわけでもないし、人波を逆行していくのも面倒だ。両親に連絡だけすると、私も人々と同じ方向へ歩いた。
学校から20分ほど歩いた所に、それなりに大きな川がある。その河原には、レジャーシートが敷き詰められ、人で押さえられていた。屋台も軒を連ね、今の段階から利益を上げているものもいくつかあった。始まるまで1時間。少々暇を持て余した私は、近くのコンビニに入り、雑誌を立ち読みしていた。
「ピュー……ドドーン」
人は書物を読むと集中できるのだろうか、私が再び外に目を向けたのは、1発目の花火の音が聞こえたからだった。何冊目かの雑誌を閉じ、棚に戻すと外に出る。人はさらに増え、皆空を見ていた。私も空を見上げ、咲き乱れる花を眺めていた。
「瑠奈〜!」
遠くから、聞きなれた声が名前を呼ぶ。見なくても分かる。母だ。
「えっ、来たの? しかも未月まで」
「『えっ、来たの?』って……ライン見てないでしょ?」
「だって、さっきまでずっとコンビニいたし」
「全く……本当、冷めた子ね……」
「はいはい、悪かったですね」
「こういう時は、屋台で何か食べるのが相場よ」
屋台へ向かうためには、人の群れを横切らなければならなかった。改めて思ったが、この場に制服というのは少々浮いている。
「何にする? やっぱり焼きそば?」
母は妙に浮き足立っていた。私は何となくここに来ただけだったので、何となくそんな母のテンションについていった。
行列に並び、ソースの匂いをかぐ。途端にお腹が鳴る。並ばずに見るとそうでもないように見えた行列も、長く感じられてしまう。
「焼きそば4つ」
「はい、4つね」
その数に、違和感を覚えた。
「4つ? 1つ多くない?」
「えっ? 私でしょ、瑠奈でしょ、未月でしょ、あとの1つは耀太くんによ」
「あっ……耀太は、今日一緒じゃないんだ」
自分でも拍子抜けするほどに、さらっと言えた。
「あら、そうなの? まぁ、それでも持っときなさいよ。もしかしたら来るかもだし」
レジ袋に焼きそばが2つ。カバンを持った方と反対側の手にそれをぶら下げ、私はなおも空を見上げた。
「……来てたんだね、横井さん」
大玉が1つ上がったその時、左から声をかける人がいた。
「わっ!?」
思わず、小さく叫んでしまった。
「耀太……何で?」
浴衣姿の耀太が、そこにいた。
「学校終わったら、すぐ教室出ていったでしょ? だから、きっとここじゃないかなって。まさか制服だとは思わなかったけどね」
「……そっか……」
話を繋げられない。次々と打ち上がる花火と人々の歓声が、思考を遮って仕方なかった。
「……来て」
そんな様子を見かねてか、耀太は私の手を取ると、人混みを抜け、道を歩き、とあるカフェの前に来た。
「ここのテラス席、花火見えるんだ」
カフェを利用しているわけでもないのにテラス席を使う。その行為にどこか罪悪感を覚えつつ、腰を下ろした。長時間カバンを担いでいたせいで、肩が凝っていた。
「……そうだ、これ……食べる?」
何も話せないけれど、何かを話していないとどうかしてしまいそうで、レジ袋から焼きそばを取り出した。
「いいの? ありがとう」
割り箸を割り、プラスチックのパックを開け、青のりを混ぜた。
「……今日、どうしたの?」
「何でもないよ」
何でもないわけなかった。あの時、私の感情は史上最大の混戦模様を呈していた。耀太に伝えたいことが、あまりにも多すぎた。むしろ私の方が〈ファントムウマ〉を使っていた。
「……僕は何も言わないから、言いたいこと言ってみて?」
割り箸を持つ手が震える。何から伝えればいいか、まるで分からない。テンパっている。私が今私について分かっているのは、それだけだった。それにしてもどうしてこんなにテンパるのだろうか?
それは、やっぱり耀太が――。
「好き」
「えっ?」
言ってしまった。さらにテンパる。暑さと焦りで、汗が止まらない。制服がみるみるうちに透けていく。
「好き、なの。耀太のこと」
それでも、真の感情に基づいたその言葉は、滔々と口から流れ続けていた。
「私、耀太といると、すごく落ち着いていられて。でも好きって気づくとテンパっちゃって。耀太のこと知りたくなって、だから、耀太がカードデザイン考えてるっての知らないのが、すごく情けなかった。いくら耀太のことが好きだって言ったって、耀太のこと知らないなんて、私、好きでいていいのかって、そんなこと思ってた」
感情を垂れ続け、私が恥ずかしさを取り戻したのは全てを告白した後だった。ヤバい。好きって一言を言っただけなら、この焼きそばの味が好きとか、バトルモンスターズが好きとか、本当は花火が好きとか、色々とごまかせたかもしれない。でも、ここまで言ってしまうと、もう隠蔽工作のしようがない。
「……横井さん」
私に恥ずかしさを与えた長い沈黙の後、耀太がゆっくりと口を開いた。
「……全部知ってた。横井さん、色々と分かりやす過ぎるんだもん。僕のガードを崩そうと思ったのかもしれないけど……大丈夫」
すると、耀太は1枚のカードを取り出した。〈ファントムウマ・エンジェル〉。〈ファントムウマ〉にしては珍しく攻撃的な能力しか持たない、耀太のキーカードだった。
「
耀太はにっこりと微笑んだ。
「……何も言わないって言ったじゃんか、耀太のバカ」
2人の唇の距離が、だんだんと縮まっていく。15センチ。10センチ。9センチ。6センチ。5センチ。ゼロ。
耀太の唇は……きっと今だけだろうが、ソースの味がした。
タテヨコアワセテ 時岡 空 @SkyTimehill
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