Chapter 6 デザインコンテスト
翌日。
「ヤバいいいいい!」
家を飛び出し、私は全力疾走していた。現在時刻、7時45分。現在地、最寄り駅。始業時間、8時20分。最寄り駅からの所要時間、30分。ギリギリセーフに食い込めるかもしれないが、次の電車の到着まで、6分。計算上、1分遅刻。私の担任は超がつくほど時間には厳しくて、例え1分でも遅刻すれば廊下の掃除をさせられ、担当の英語の授業では指名が確定する。昨日あんな時間まで起きていた私がどう考えても悪いのだが、今は誰が悪いとか、そんなことはどうでもよかった。ただ、走っていた。
そして……案の定、遅刻した。それも2分。寝ていないせいで体力が注ぎ込まれなかったらしい。心なしか、体調も悪かった。そこに掃除がプラスされ、体力はなかなかに限界を迎えていた。女子力はないのに、そういう所だけは女子だ。気がつけば私は、英語の授業の前に、保健室に行っていた。
「そうね……じゃあ、ちょっと休んどこっか」
生憎ベッドは埋まっていたので、私はソファに横になった。途端に追加分の眠気が私を襲った。
「ん……」
チャイムの音をうっすらと聞いてから5分後、目を覚ます。まだ身体は本調子ではない。ゆっくりと身体を起こす。
「あっ、起きたみたいよ」
先生が誰かに言う。……担任だったらどうしよう、という懸念が通り過ぎたのも束の間、その人は私の前に来た。
「大丈夫?」
耀太だった。
「耀太……?」
「横井さん、朝からかなり疲れてたからさ、心配になっちゃって。昼休みで時間もあるし、来てみた」
そう言いながら、耀太はスポーツドリンクを手渡してくれた。
「夏風邪でしょ? 水分取らないと」
「うん……ありがと」
耀太はいつもと変わらなかった。スマホをもう見てしまった私は、少し罪悪感を抱いていた。
「あの……もう大丈夫なんで、ありがとうございました。失礼します」
取ってつけたように挨拶すると、私達は保健室を出た。
「……耀太」
「ん?」
「ちょっと、話したいことがあるんだけど……いい?」
耀太が不思議そうな顔をする。当然だ。こんなの、私の柄じゃない。でも、攻め手となる1枚を引いている。そんな感じがしていた。
耀太は、自分から何かをするタイプじゃない。係や委員を決める時も、自分では手を挙げず、余った所に適当に入る。耀太の使うカードだってそうだ。〈ファントムウマ〉。通常、バトルモンスターズではカードは横向きには置かないが、耀太はカードを横向きに置いて、時には裏向きに置いたりもして戦う。表向きで縦に置いて、ガンガン攻めるという私のカードとは正反対だ。
「それで……話って?」
中庭の日陰、ベンチに腰を下ろすと、耀太が尋ねる。
「……はい、これ」
ポケットから耀太のスマホを取り出し、差し出す。
「昨日、忘れてたでしょ?」
あくまで、平然としようとしていた。
「ああ、ありがとうね。やっぱり忘れてたのか……」
「耀太、意外とおっちょこちょいな所あるんだね」
「意外? 僕、自分ではかなりおっちょこちょいだと思ってるんだけど」
「そんな雰囲気で? 絶対ないって」
ダメだ。話を切り出そうとしても、他の方へ他の方へと逃げてしまう。これじゃ何のために呼び出したのか分からない。
「……あの、さ」
「うん」
心臓の高ぶり。脳に溢れる言葉の滝。話を切り出してみたところで、言うべきことが分からない。
「……ゴメン!」
ベンチから立ち上がり、頭を下げていた。
「えっ?」
「私……耀太のこと、何にも分かってなかった……!」
「横井さん……?」
「……スマホ、見ちゃったんだ、私。耀太……カード考えてたんだね」
「……うん」
割とすぐに、耀太はうなずいた。そして、耀太の方から語り出した。
「僕、そんなにバトルモンスターズは強くないし、大会とかにもあんまり参加出来ないんだけど……好きなのは確かなんだ。だから、何かしらの方法で、バトルモンスターズに関わりたいって思って。それで、この前見つけたんだ。カードデザインを募集してるって。まあ、大会に出てる人とかが見るようなサイトには載ってなかったし、横井さんは見つけられなかったと思うけどね。……それで、応募してみたんだ。そしたらあろうことか通っちゃってね。そのメールに書いてある通り、昨日は開発担当者さんと打ち合わせすることになってたんだ」
私は、耐え難い罪の意識に苛まれていた。耀太は私と出かけたせいで打ち合わせの予定時間を忘れ、担当者さんから「早く来い」とメールされていた。私が、耀太とのステップを一つ上がっていたら。いやもっと言えば、私が耀太のことをもっと知っていたら。私のせいだという思いが、夏の影よりも頭の中を黒く染めた。
「ゴメンね、耀太……」
私は、この場にいてもいいのだろうか?
「横井さんのせいじゃないよ」
耀太はあくまで、忘れていた自分のせいだと言いたいようだった。
「……やっぱり私、耀太のそばにいない方がいいよね……」
耀太に言ったのか、それとも私に言ったのか。霧のような声を出した後、私は耀太に背を向けて走り出した。
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