№385

 僕が高校に入ってすぐに聞いた怪談がありました。

 その怪談「サカノウエさん」を教えてくれた矢田は、高校に入ってすぐに友達になったクラスメイトです。

 その怪談は「裏門坂を下るときにサカノウエさんに呼ばれたら絶対に転んではいけない」というもの。

 僕らの高校には最寄り駅が二つありました。僕が使っていたのは正門と繋がっている最寄り駅。裏門から行ける最寄り駅は高低差があって、正門の道と違って坂になってます。これが裏門坂。

「サカノウエさんって幽霊?」

「たぶん。名前呼んでくるから思わず振り返っちゃうんだって」

 矢田は地元の年上の、高校の卒業生である友達にこの怪談を聞いたそうです。

「振り返ってサカノウエさんだってわかったら、すぐに坂を下りないといけない。でもその時に転んだらサカノウエさんに殺される」

「どうしてその人がサカノウエさんって分かるの?」

「さぁ。一目で分かるそうだよ」

 矢田はそれを信じているわけではなかったと思います。何かの話のついでにそんな小ネタを付け加えてくれただけだったと思います。僕もそれほど気にとめてませんでした。

 それなのに、それから数日後に夢を見ました。僕と矢田が裏門坂を下っていると、後ろから名前を呼ばれました。矢田の名前だったか、僕の名前だったかは覚えていませんが、二人で振り返り坂の上を見上げました。

 そこには黒い、喪服のようなワンピースを着た髪の長い女性が立っていました。そして転がるようなスピードで走って来たんです。

「サカノウエさんだ!」

 と矢田が叫び、二人同時に駆け出しました。しかしすぐに矢田が転びました。あ、と思いましたが、坂道で勢いが付いていた事もあり、僕はそのまま走り続けました。

 目を覚ますと全身汗だくでした。寝ながら体を動かしていたのか足の筋肉が妙に疲れていました。嫌な夢を見た、で、済めば良かったんですが。矢田はその日の晩に急に心臓発作を起こし亡くなりました。

 数日後、僕が使っていた路線が事故か何かで一時的に運休しました。もう一つの最寄り駅は影響がない路線だったので、そこから乗り継いで帰ろうと考えました。

 僕は初めて現実で裏門坂を下ることになりました。

 半分くらい降りたあたりで、後ろから名前を呼ばれました。振り返り掛けて、それが矢田の声に良く似ていた事に気付き、前を向き直りました。

 何度も、何度も呼ばれました。

 僕はたまらなくなって、走り出しました。

「転べよ」

 耳元で矢田が言いました。

 その後はどうやって帰ったか覚えていません。一度も転ばなかったのは多分運が良かったんでしょう。結局意地でも裏門坂を使わずに卒業しました。

 矢田の幽霊を見たとか、そういう噂は一度もありませんでした。ただ卒業して10年以上経った今も、あの学校にはサカノウエさんの怪談は知られているみたいです。

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怪談レポート 久世 空気 @kuze-kuuki

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