№384
――森田さんは運動不足を解消するためによくランニングをするそうだ。
以前単身赴任で1年ほど住んでいた場所でも走っていました。僕は基本仕事から帰って軽く体をほぐしてから走りに行きます。週に2、3回ほどなのですが、その土地であまり走っている人を見たことありませんでした。
人口の少ない土地だったので、そんなものかと思っていたのですが、それでも走っている間誰かに見られている感じがありました。
赴任期間も終了する頃に、走っていると後ろから足音が聞こえてきました。珍しいな、何て思って少し振り返ってみました。
誰もいません。それどころか足音も消えました。
一度目は気のせいかと思いましたが、何度も、僕と同じようなランニングする足音が背後から聞こえてくるので段々気味が悪くなってきました。
走りながらふと、昔アニメで見た妖怪を思い出しました。足音だけの妖怪で、道の端によって「お先にどうぞ」みたいなことを言えば消えるとか。ちょっとやってみようと思って民家の塀を背にして道をあけて、
「どうぞ」
っと小さい声で言ってみました。これで普通に人が走って来たら恥ずかしいな、なんて思っていました。
足音は消えました。
しばらく様子をうかがって、ランニングを再開しようとしたとき、腕を強く掴まれました。見ると後ろから伸びてきた太い指が僕の腕に食い込んでいました。後ろはブロック塀です。誰もいるはずありません。慌てて振り払おうとしたら別の腕が、これも塀の方から伸びてきて俺の顔を鷲づかみしました。そのまま後ろに引っ張られました。
何度も言うように僕の後ろは塀です。力任せに引っ張られ、何度も頭や肩をガンガンと塀にぶつけられました。何度目かで僕は気を失いました。
その後、その塀の家主が変な音――おそらく僕が頭をぶつける音――を聞いて外に出たところ、僕が倒れているのを発見し、救急車を呼んでくれました。気を失っている間に怪我の具合と、腕に付いた手形の痣を見た医師が警察に通報してくれました。
目を覚ました僕は当然あったことをきちんと話したんですが、やはり信じてもらえませんでした。通り魔に襲われて混乱したんだろう、と言うことにされました。でも痣の位置とか、不審者の目撃がないとか、そういうので警察も困ったようです。
結局世間的には「未解決事件」扱いです。僕は入院して残りの赴任期間は治療に費やしてしまって、そのまま元の会社に戻りました。
しばらく怖くてランニングが出来なかったんですが、最近妻と一緒に走るようになりました。まだちょっと怖いですけど、二人なら平気です。
――森田さんは照れくさそうに笑った。
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