第6話 標的

 外務省近くにあるカフェで、本多みゆきはカプチーノを飲んでいた。そんな彼女の前に三時間程前に一度顔を合わせた二人の刑事が姿を見せる。

「またお会いしましたね。小松原さんのことでしたら、私は関係ありません」

 ハッキリと笑顔で答えたみゆきに対し、合田は彼女の目を見る。

「本多みゆき。あなたは広田光雄の婚約者だったそうだな? 二十四年前、広田光雄は遭難事故で亡くなった。この遭難事故で生存した遠藤昴が先程転落したんだ。もしかしたら、遭難事故で広田を見捨てた遠藤を恨んでの犯行かもしれないと思って、事情を聞きに来た」

「なるほど。確かにそれならば私にも犯行動機がありますね」

 みゆきは納得を示す。この反応に大野は途惑った。

「どうしてそんなに納得できるのですか?」

「事実を言っただけです。一番怪しいのは、私じゃなくてあの子だと思いますが」

「あの子?」

 二人の刑事は同時に疑問を口にした。

「光雄は東都病院で週に一度のペースでボランティア活動をしていたんですよ。そこで出会った中学生くらいの女の子に、カメラで撮影した写真を見せていました。名前は忘れましたが、その子は心臓病だったと聞きました」

「なるほど」

 その時、本多みゆきは何かを思い出し、手を叩く。

「事件とは関係ないかもしれませんが、三日前に私のところに妙な電話がかかってきたんですよ。二十四年前の九月十日午後九時頃、新宿の交通事故を目撃したのは本当かって。そうですって答えたら一方的に切れてしまいました」

「大橋が殺害された日に交通事故か?」

 合田が呟いた後で、大野は本多に尋ねた。

「因みに、今日の午後二時頃は何をしていましたか?」

「このカフェでコーヒーを楽しんでいました。店の防犯カメラを調べたら分かります」


 刑事が本多みゆきのアリバイを確認した頃、木原と神津は警視庁に戻り、ノートパソコンの前に座る。

「やっぱり気になるのは、旅行会社だ」

「ヤマトツアー。聞いたことがない旅行会社でしたね。もしかしたら、遭難事故を受けて倒産したのかもしれません」

 隣で憶測を言う木原の言葉を、神津は聞き逃がさなかった。

「そうか。もしかしたら……」

 そう呟いた神津は、捜査情報のデータベースを検索する。そして、検索結果を見た彼は頬を緩める。

「二十四年前、ヤマトツアーの女社長が自殺している」

 衝撃の事実を聞き、木原はノートパソコンを覗き込んだ。恰幅が良い優しそうな目をした女、北原夏希の写真をスクロールさせると、事件の詳細な情報が表示される。

『昭和六十三年。九月一日。ヤマトツアーの女社長、北原夏希きたはらなつきが自宅で首を吊って亡くなった。遺体を発見したのは、隣の家に住む大橋陽一。警察は現場の状況から自殺と判断した』

 

「小松原が殺される八日前に自殺。遺体の第一発見者は、自首してきた大橋陽一。気になるな」

「そうですね。もしかしたら犯行動機は、こちらなのかもしれません」

 直後、捜査一課の一室に北条が姿を現した。

「遠藤昴が突き落された現場で燃えていた写真の復元が終わりました。手紙は、もう少しかかりそうです」

 北条の報告を受け、二人の刑事は復元した写真を見た。そこに映っていたのは、自殺した北原夏希と大橋陽一がバーベキューを楽しんでいる様子。写真には他に意外な人物も映っていた。

 その後、木原は合田警部からの電話を受ける。

「木原。調べてほしいことがある。二十四年前、九月十日に新宿で起きた交通事故について」

 木原は指示されるまま、データベースで検索した。すると、驚愕の事実が判明する。

「ヒットしました。その日、新宿でホームレスの身元不明男性が亡くなっています。ホームレス仲間からシゲと呼ばれていた男の遺体は東都病院に搬送されたそうです。それと現場で燃えていた写真が復元されました。この写真によると、自殺したヤマトツアーの女社長と大橋に繋がりがあるようです。問題の写真には、気になる人物が映っていました。その人物の名前は……」

「分かった。これで全てが繋がるかもしれない。俺達は今から東都病院に行く」

「では、こちらで問題の人物の戸籍を調べてみます」

 木原は電話を切り、戸籍を調べるために動き始めた。


 遠藤昴が転落してから二時間後、合田警部は東都病院の玄関前で木原と連絡を取った。

「合田だが、遠藤を転落させたと思われる人物が、二十四年前この病院に入院していたことが分かった」

「こちらも分かりました。これで分かりましたね。遠藤を転落させた犯人の次の標的は……」

 刑事達が真実を導き出した頃、北条は黒いクリアファイルを手に持ち、警察庁の廊下を歩いていた。すると、榊原刑事局長とすれ違う。刑事局長は北条の姿を見て、立ち止まった。

「そろそろ結果が出ると思って、出向くつもりだったが、こんな所で出会うとは」

「刑事局長も暇ではないでしょう。遠藤昴が突き落された現場で燃えていた手紙を復元した物です」

 クリアファイルを受け取った刑事局長は頬を緩めた。

「確かに受け取ったよ。これで公安調査庁との取引が成功しそうだ」

 

 都内のホールの重たいドアを、一人の黒いスーツを着た影が開けた。その影はステージ上で公演を行っている井伊尚政法務大臣を睨み付け、スーツのポケットから折り畳み式のナイフを取り出す。そして、影が一歩を踏み出した時、ナイフを掴む手を出入り口近くで待機していた木原が掴む。

「復讐なんて誰も望んでいませんよ。工藤岬さん」

 法務大臣を狙っていた工藤岬は、刑事に犯行を見破られ、全てを諦めた。そして彼女は誰にも気づかれないまま、刑事に連行された。

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