第4話 官僚の食事会と被害者の接点
正午、榊原栄治刑事局長は、高級そうなレストランでランチを食べていた。彼が座っているのは円形の机の席で、彼を含む同じ四人の政界の官僚達が集まっている。
「そういえば、小松原正一さんを殺したっていう男が自首してきたんですよね?」
四人の中で一番若いショートカットの外務省幹部、
唐突な話題をふられ、衆議院議員の酒井忠義は、フォークを握りしめた。
「小松原正一か。確か二十四年前に急死したと浅野先生から聞いたが、妙な話ですな」
酒井はチラリと法務大臣の井伊尚政の顔を見た。彼の顔からは冷や汗が落ちている。
「厄介なことです。二十四年前のことを蒸し返されたら、この場にいる官僚は全員破滅ですよ」
不穏な空気が不穏な空気が周囲に流れる。その空気を壊すために榊原はポジティブに笑った。
「皆さん。あのことはバレませんよ。何しろ証拠がないんですから。そんなことより一か月に一度の食事会を楽しみましょう」
本多はポジティブ過ぎる発言に呆れ、突っ込みを入れる。
「その発言に根拠はあるのですか?」
そう問われた榊原はハッキリと答えた。
「ない。何事もね、前向きに考えると月は回ってくるものだよ。けれどもいざとなったら握り潰せばいいだけですよ。浅野静子先生がやったようにね」
食事会が終盤に差し掛かろうとした時、レストランに招かれざる客が姿を現した。その場に現れた合田警部と大野警部補は、食事中の官僚を前にして、警察手帳を見せる。
「警視庁の合田だが、小松原正一が殺された件に関して、話が聞きたい」
合田を聞き、井伊尚政は厳つい刑事の顔を見る。
「君が合田君ですか? 弁護士の菅野聖也君から聞いていますよ。優秀な警察官だとね。よくここが分かりましたね」
刑事を受け入れる法務大臣に、大野警部補は真面目に答えた。
「井伊尚政法務大臣。榊原栄治刑事局長。酒井忠義衆議院議員。この三人は小松原正一さんと関わりがあります。一人一人アポを取ってお話を伺おうと思いましたが、偶然皆さんがレストランで食事会を開くと聞き、伺いました」
官僚を相手にしても怯まない刑事に榊原刑事局長は称賛した。
「スゴイ行動力だね。大橋陽一という男が小松原正一を殺害したと言って自首してきたことなら知っているよ。警察庁でも噂になっている」
「なぜ小松原正一の妻と再婚した?」
「小松原正一の妻とはパーティーで知り合って意気投合したんだ。小松原夫婦と俺は登山という共通の趣味を持っていた。二十四年前、突然夫が死んで俺に泣きついてきた愛佳を抱きしめたのが、交際の始まり。これが妻との馴れ初め話だ」
「なるほど。次に酒井忠義衆議院議員。あなたは二十四年前、浅野静子さんの秘書を務めていたそうですね? 当時小松原正一さんが急死したと知り、気になることはありませんでしたか?」
大野警部補の追及に、酒井は苦笑いする。
「二十四年も昔のことは覚えていない。もしも覚えていたとしても、浅野先生の名誉を守るために黙秘する」
三か月前に亡くなった衆議院議員に忠誠を誓う酒井は黙り込んだ。
最後に合田は井伊尚政と視線を合わせた。
「井伊尚政法務大臣。当時あなたは小松原正一の死亡診断書を書いているな。彼が死んだ経緯が知りたい」
刑事に問われた法務大臣は、突然声を荒げた。
「そんなことは死亡診断書を見ればすぐに分かります。警視庁は我々が殺人を隠蔽したとでも考えているのですか? 私が死亡診断書を偽装したと言いたいのですか? こんな見当違いな推理は聞きたくありません。兎に角、これから忙しくなるんだ。午後六時からの講演会に出席しないといけません」
これ以上の追及は許されず、二人の刑事はレストランから追い出された。その帰り道、合田が運転する覆面パトカーの車内で、助手席の大野が呟いた。
「井伊尚政法務大臣は何かを隠していますね」
「そうだな。二十四年前の事件は謎が多い。だが、手がかりが掴めたな。小松原正一の趣味は登山だった。もしかしたら、そこで被疑者と繋がりがあったのかもしれない」
「家宅捜索でアルバムを押収していましたね。次はそれを調べてみましょうか?」
「そうしよう」
合田が運転する自動車のスピードが少しずつ早くなる。それから刑事は警視庁に戻った。
警視庁捜査一課の一室で、合田警部と大野警部補は大橋の自宅から押収したアルバム写真を一枚ずつチェックしていた。だが、手がかりになりそうな写真は一枚もない。
作業開始から三十分後、大野警部補は突然大声を出す。
「合田警部。この写真を見てください。小松原正一が映っています」
大野は興奮しながら一枚の写真を合田に突き出した。その写真は集合写真だった。日付は二十四年前の八月十日。垂れ幕には第二十回日本アルプス登山ツアーと、ヤマトツアーズという文字がプリントされていた。集合写真の背景には雄大な日本アルプスの景色が広がっている。写真に映っている人数は二十名くらいだろう。
この登山ツアーで何かがあったのだろうと二人は思った。そこに木原と神津が戻ってくる。ようやく見つかった被害者と被疑者の接点を、大野は早速報告した。もちろん問題の写真を見せて。すると、戻ってきた刑事は顔を強張らせた。
「小松原正一の右隣りにいる痩せた男の目付き、広田由美に似ていますね」
木原の隣で写真を見ている神津は、さらなる指摘をした。
「それを言うなら、大橋陽一の右斜め後ろに映っているのは、遠藤昴だ」
「広田由美? 遠藤昴? 誰だ?」
聞き慣れない名前に合田は首を傾げた。すると木原は説明を始める。
「広田由美は大橋陽一が務めていた介護施設の介護主任。遠藤昴は浅野房栄公安調査庁長官専属の運転手です」
神津は一息してから続けるように言う。
「つまりこの登山ツアーが、今回の殺人の動機だということか? でもヤマトツアーなんて聞いたことない旅行会社だな」
二十四年前。登山ツアー。日本アルプス。三つのキーワードから合田警部は記憶を呼び起こす。何かを思い出した合田は、神津が手にしている写真を奪い取った。
「この日付、間違いない。俺の記憶が正しかったら、この日、日本アルプスで遭難事故があったはずだ。大野。調べてみろ」
「はい」
大野は返事をしてから、ノートパソコンを開き、全国各地の事件や事故の情報を収集したデータベースにアクセスした。
二十四年前。登山ツアー。日本アルプス。この三つのキーワードを入力してから検索すると、合田の記憶通り遭難事故の情報がヒットした。
「ヒットしました」
この言葉を聞きつけ、合田と木原と神津の三人はノートパソコンを覗き込む。
『昭和六十三年八月十日。第二十回日本アルプス登山ツアーに参加した四人が遭難した。遭難した四人の内、大学生の広田光雄が足を滑らせて転落死。十二時間後、他の三人は山岳警備隊に保護された』
遭難事故の詳細な情報が表示される。そして画面をスクロールすると、遭難事故で生存した三人の名前が判明した。そこには見覚えのある名前がズラリと書かれていた。
『遠藤昴。大橋陽一。小松原正一』
「決まりだな。木原と神津は広田由美と遠藤昴に遭難事故に関する話を聞いてこい。俺と大野は、留置所にいる大橋を再び取り調べる」
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