第5話
琴音ちゃんの幻影を脳裏に浮かべたまま咲ちゃんを撮り続けていたので、樹がすぐ側に来るまで全く気づかなかった。ファインダーの中の咲ちゃんが、一瞬驚いた顔をして、次の瞬間花が綻ぶように微笑んだ。
迷わずシャッターを切る。
うん、いい笑顔。
樹が何か話しかけている。
おっとこれはお邪魔虫だ。退散しよう。
そう思ってそろりとその場を離れかけたのに、あまりにも二人がいい表情をするから。
のぞき見するつもりは毛頭なかったのに。まるで映画のシーンを撮影しているような感覚で、二人を撮り続けてしまった。
樹が何か言い、咲ちゃんが嬉しそうな顔をして、腕を動かす。不思議な動き。
一体何を言ったんだ? 何をしようとしているんだろう。
怪訝に思いながらそのまま見ていると。
樹がもう一度声をかけ、今度は緩やかに舞うように手を動かした。
花びらを、掴もうとしている……?
一連の流れから、樹の意図を想像して思わず吹き出しそうになる。
なるほどね。単に彼女の柔らかに舞う姿が見たかったんだな。
ひとしきり舞い踊る姿を披露した後、
「掴めました!!」
とここまで聞こえるほどの大きな声に満面の笑みで振り返った咲ちゃん。
うん、これもいい
「先輩! ほら。見てください。掴めましたよ!」
そうして「ほら」と手を開いて樹に見せたその時、彼女の掌から白い蛾が飛びたち、周囲を舞う花びらに紛れていった。
「ふぎゃ~あ!!」
飛び出したモノに驚いて、慌てて両手をパンパンッとはらう。
「ぷ、っくっくっく。ぶわぁっはっはっは」
樹が思いっきり吹き出した。
「やっぱお前、最っ高だな」
いつまでも笑いの止まらない樹は、ふいに咲ちゃんの頭に手を置いて、くしゃくしゃっと髪を掻きまわし、そのまま自分の胸に引き寄せた。
あ、あいついきなりあんな事して。彼女はお前の周りにいる尻軽女とは違うんだぞ? ってこの前お前自身が言ってたじゃないか。
案の定、彼女は固まってしまっているようだ。
そして樹は、胸元に顔を埋めたままの彼女の頭上に、そっとキスを落とした。
自分の気持ちにやっと気づいて、本気になったか?
でも彼女からの反応は何もなくて。
しばらくして。彼女の頭がこくんわずかに動きパッと顔をあげると、その唇に樹がそっとキスを落とした。
俺は無意識にまたシャッターを切っていた。
やっと実った二人の恋。両方の本心を知っていただけに、感慨深い。俺は今度こそ、そっとその場を離れた。足元で鳴くジジジッという虫の音が、俺の足音も消してくれる。
満月に照らされた蒼い風景の中を、春風が吹き抜けていく。
うん、俺も早く彼女をつかまえよう。
桜月夜に魅せられて気づいた恋心。
二人に見せつけられて火がついた。
さて、男嫌いの彼女をどうやって落とそうか。
桜月夜に魅せられて 楠秋生 @yunikon
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