第23話『探偵。』

残された課題は一つ。高村くんの問題だ。


彼が考えていること、それは三好さんたちとの問題にもなる。正直に言って……三好さんたちと私はきっと相性が悪い。


高村くんはある程度仲が良いからともかく、三好さんには話しかけてもまともに取り合ってもらえないだろう。何より学園祭のときからの問題は今日に至るまでずっと続いているのだ。


同じクラスではあるものの話すこともない。目が合うことすらない。意識的に避けようとして避けているわけではないものの、潜在的には避けてしまっているのかもしれない。三好さんも私と同じ心境なのかは定かではないものの、その軋轢は誰の目から見ても明らかなのだ。


三好さんたちがよく一緒にいるのは同じ女子なら戸田さん。男子ならば矢西くん、吉澤くん、吉木くん、金子くん、渡邉くん、そして高村くん。この中で渡邉くんはあの事件のときその場にはいなかった人だ。


そして私がよく一緒に過ごしているのは成瀬くん、長峰さん、秋月さん、朝霧さん、西園寺さん。今現在、クラス内ではこの二つのグループが完全に絶縁関係と言っても良い。


……クラス委員を任されながら、こんなクラスを分断する問題の渦中にいるというのは申し訳なさすらある。しかし、一朝一夕でどうにかできる問題ではないのだ。


唯一の救いは前回の事件のようなことが起きる気配はないということ。最もそれはクラス内でのイベントがしばらくないおかげなのかもしれないが。


とにかく、高村くんの問題というのはこの過去の問題にも繋がる話ということ。




「まーこればっかりは全員で知恵絞るのが正解だろうな」


そう成瀬くんは言うと、腕を組む。正面には私が座り、成瀬くんの横には長峰さん。私の横には秋月さんが座っている。普段は各々好きなところ……主に長峰さんはソファーを好んで使っているが。そんな配置ではあるけれど、今日は最初から話があるという流れで集まったので、その限りではない。


「もっと早く言えば私もすぐに手を貸したのに」


「嘘つけよ秋月。適当なこと言うな」


秋月さんは成瀬くんの言葉を鼻で笑い、前髪を耳にかける。とても尊大な態度であるが、実は私も同じことを思ってしまっていた。しかしここは黙っておくべきだろう。


「で、なんだっけ。高村くんが三好さんのとこを居心地悪く感じてる?みたいな」


「端的に言うとそうですね。もちろん本人がしたいようにするのが良いですが……」


「俺たちとつるむようになると、三好から変に喧嘩売られるかもってとこだな。高村もその辺りは気を利かせてるみたいだし」


高村くんは成瀬くんとたまに話しているのを見かけるが、そのときは必ず三好さん一派がいないときに限ってだ。そこには三好さんたちに文句を言われるということと、成瀬くんに変な被害がいかないようにという配慮だろう。一見すると適当な人物と思われがちな高村くんであるが、意外といろいろと考えもしているのだ。


「男子ならあれだろう。決闘で決めたらどうだ?勝てばグループを抜けられる的な」


「ヤンキー漫画でも見たのかよ……それバレたら大問題になるからな」


日本には一応、決闘罪がある。それもそうだけれど、そもそも学校に知られた時点で良くても停学になってしまうだろう。


「まずは高村くんの意思確認ですね。高村くんは今、どう考えどうしたいのか」


「それなら打ってつけの奴が一人いるな。ちょっと呼ぶか」


……誰だろう?


「あ、長峰。ちょっとロッカーの中に隠れといてくれない?」


「はぁ?こんな美少女をロッカーの中に閉じ込める気?」


そうは言いつつも長峰さんは既に掃除ロッカーの前に移動している。成瀬くんのことだから何かしら理由があると長峰さんも分かっているのだ。それにしても口では反抗的なものの、行動がそれに伴っていない長峰さんは少し可愛く思えてしまう。


「じゃ、呼ぶか……返事はや。今くるってさ」


一体誰だろう。長峰さんがいるとまずい人と言えば、真っ先に浮かぶのは朝霧さんだ。しかし、朝霧さんは別に長峰さんを拒絶しているわけではない。単純に考え方が合わないと思っているだけで、必要があれば話すこともある。何人も人が集まれば合わない人間というのはどうしても出てきてしまう。それを表しているのが長峰さんと朝霧さんの二人。


それにこの状況で打ってつけの人物だとも思えない。なんせ、朝霧さんは三好さんたちと一度揉めているのだから。同じ理由で西園寺さんもあり得ない。


そうなると……。


「失礼するぞ。この僕に依頼とは、やはり君たちは分かっているね」


全ての納得がいった。現れたのは道明さん。まるで小学生のような身長に可愛らしい顔立ち。制服を着ていてもコスプレのようにしか見えない小柄な体躯。まさに人形のようなルックスだ。


「……あいつはちゃんといないようだな。で、相談したいことっていうのは?」


道明さんは室内を確認し、椅子に座る。そうだ、思い出した。道明さんといえば。


「冬木、秋月、ドア塞いでくれ」


その言葉のあと、すぐさま私たちは前の扉と後ろの扉をロックする。それとほぼ同時、掃除ロッカーが開け放たれた。


「道明さぁん!!」


「ひっ……!おい成瀬!!話がちがっ」


文句を言う道明さんは虚しく長峰さんの餌食となる。抱きつかれ、頬擦りをされ、既に諦めたのか悲壮感のようなものも漂っている。


「長峰いるって言ったら来なかっただろ」


「あひゃりまえら!よくもおくをこんなへに……!」


「探偵なんだから身の危険を感じ取れるようにならないとな」


「なりを……!」


言葉にならない言葉をあげながら道明さんは長峰さんによって捕食されるのだった。




「この僕に騙し討ちをするなんて……覚えとけよ、成瀬」


「悪かったって。それで道明にしかできない相談があるんだよ」


ようやく落ち着いた長峰さんの膝の上で道明さんは頬を膨らませている。その形で良いのか疑問が残るが……話は進むことだし良しとしよう。


「僕にしかできない相談?ということは、何かを探るということかな」


道明さんはこう見えて探偵だ。それも私たちでは想像ができないほどに腕も立つ。道明さんはその思考がとても独特で、考え込んでいるときの道明さんの思考は私でも聞こえないのだ。


いや、聞こえないというよりかは聞き取れない。いくつものことを同時に考えていて、それを私の頭では言葉という形で聞くことができない……という方が正しいかもしれない。


「私たちのクラスに高村という男子がいる。そいつを探って欲しい」


「身辺調査ね、構わないよ。具体的に何を調べれば良い?」


普段はとても子供っぽい道明さんだけれど、その話になると雰囲気も少し変わる。


「この場合って最初から話した方がいいんじゃない?そっちの方が道明さんも分かりやすいし」


と、長峰さんは道明さんの頬を突きながら言う。まるでぬいぐるみでしかないが、道明さんは既に諦め顔だ。


「……ま、道明ならいいか。良いよな?」


「もちろんです。道明さんは信頼できる人なので」


「さすが冬木、分かってるね。僕のように信頼できる、尊敬できる人は中々いないよ」


見た目に反してとてつもない頭の回転と思考の深さ。それは私も成瀬くんも垣間見ているもので、仕事として依頼をするのなら一番と言っても良いほどに頼もしい相手だ。


その点、道明さんは鋭さも持ち合わせている。だから私と成瀬くんの秘密がバレてしまうのではという心配もあるが……よっぽど下手なことをしない限り大丈夫だろう。


そして長峰さんはもちろんのこと、秋月さんも不満はない様子。そのことから成瀬くんは道明さんに今回のことについて話し始めた。


「……なるほど。つまり高村の様子から三好たちに対してどのように思っているか……というのを僕は探れば良いんだね」


「大体こんなもんだろ、くらいで良いよ。結局高村の意思を聞かないと本当のところは分からないしな」


それ以外にも方法は一つだけ。私が高村くんの声を聞くことだ。もちろん成瀬くんも分かっているけれど、私の能力の不便さも知っている。それは最初から方法には含まれていない。


「調べられるところまでは調べるさ。ところで成瀬」


言いながら道明さんは成瀬くんに顔を向ける。そして今回の話とは全く違うある話について触れた。


「東雲からこんな依頼をされた。成瀬修一について調べて欲しいとね」


その言葉に成瀬くんが目を細める。いや、私もほとんど同じ反応をしていた。見れば長峰さんと秋月さんも怪訝な顔をしている。


「俺について?調べたところでつまらない話しか出て来ないけどな」


「それでも感謝してほしいね。僕は「別件で立て込んでてすぐに取り掛かれない」って答えたんだから」


道明さんはため息混じりにそう答える。それに反応を示したのは秋月さんだ。


「東雲はなんて言ったんだ?それに対して」


「にっこりと笑って「そうでしたか」だと。てっきり小言の一つでも言われると思ったんだけど」


「……あいつは気付いているよ、お前たちの関係に。どうして断ったんだ?ろくなことにならないぞ」


「そのときはそのときだよ。いくら仕事とはいえ、僕もまだまだ未熟だってことさ」


道明さんの声が聞こえた。友達を裏切る仕事なんてできはしないと。


道明さんが言うようにそれは未熟とも言えるかもしれない。探偵という仕事だけを見れば、それは正解とは言えない選択なのだ。割り切らなければならない必要は必ずあるし、切り分けなければいけない場面はきっとある。


だから道明さんが口にしたように未熟なのだろう。ただ、それは多分一人の探偵として。


道明美鈴という人間は……少なくとも私から見れば、未熟なんて到底呼べるものではない。


「ありがとな、道明。でも今は東雲のことを考えてる暇はないな。高村の方を考えないと」


「間違いないね。ま、それでも警戒するに越したことはないよ」


道明さんは続ける。


「それで僕が高村のことを調べている間、君たちはどうするんだい?」


「ん、大人しく待ってるけど」


成瀬くんがそう返すと、道明さんは大きくため息を吐く。誰から見ても失望と言える分かりやすいため息だった。わざわざ「失望した」と口にしないのは道明さんなりの優しさだろう。


「失望したよ成瀬」


口にしていた。それもあからさまに「失望してます」というような顔で。


「君たちにもできることはあるだろう?そもそも、成瀬たちが高村のグループと接触できない要因は?」


「それは、私が一度揉めたことで……お互いに避けている状態なので」


「ああ知ってる。なら馬鹿のフリをすればいい」


「あーっと……バカのフリをして話しかける?」


「馬鹿は馬鹿でも賢い馬鹿になればいい。これでも僕はある程度の情報は持っているからね」


そう言い、道明さんは制服の内ポケットから一枚の写真を取り出した。


そこに映し出されているのは一人の男子。男子にしては長い髪を後ろで縛っており、隣にいる矢西くんと何かを話している写真だ。


「渡邉翔。僕の情報が正しければ、その『事件』のときその場にいなかったんだろう?なら彼から話を聞けば良い。何も知らない馬鹿のフリをしてね」


……なるほど、そういうこと。


渡邉くんは恐らく三好さんたちから事件の話は聞いているだろう。しかし、今は私がそう考えているように普通ならばその答えを出す。だから間接的に渡邉くんとも距離が置かれているというのが現状だが……それを馬鹿のフリをし、接触しろという話だ。


何も気づいていない、何も考えていない馬鹿のフリをして。


「それで何か話を聞ければ……ということですね。やってみる価値はありそうですね」


「別にそこで拒絶されようと、デメリットなんてそもそもないしね。何かを得られれば収穫、何も得られなくてそもそもということ」


「分かりました、やってみます。……ところで道明さん」


私は頷いたあと、一つ浮かんできた疑問を道明さんにぶつけてみることにした。


「私たちがこの話をするというのを……もしかして気づいてました?渡邉くんの写真を持っていたということは」


「もちろん」


道明さんは言い、不敵に笑う。最早私や成瀬くんの力なんて道明さんの前では本当に些細なものなのではないか。そんなことを考えてしまうくらい、道明さんは当たり前のようにそんなことをやってのけるのだ。

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その眼には嘘が見えている。 猫の産毛 @heitan-0128

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