第四話 デタンドルティ
「――――ッ!!」
咄嗟におれごと後方に引っ張られた少女を抱え込み地へ倒れ込んだ。
瞬間、ズキンッと鋭い痛みが左足に走り息が詰まる。
「…………ッ、怪我はない?」
それでも腕の中の少女に話しかければ少女が微かに頷いた。
それにほっと息を付き前方へと目を向けそこに広がっている光景に眉を寄せる。
目の前にはおれの襟首を思い切り引っ張った張本人であるディーアがおれを背に庇い立っている。
その向こうには騎士団員の二人と少し離れた場所にヴェテル。
しかし、おれと少女以外の全員に真っ黒な蛇のような影が巻き付き、ぎりぎりと彼らの体を締め上げていた。
「……これって、影属性の……。っ、ディーア!!」
「――っ来ないで下さい!!」
咄嗟に助けようと体を起こしその名を呼べば、鋭い声が耳朶を打つ。
影に締め上げられながらも肩越しにおれを振り返りディーアがさらに続ける。
「お逃げ下さいエオル様!! その少女を連れて、早く!!」
「バッ――! そんな事できる筈ないだろ!?」
それに――。
少女を抱えたまま何とか立ち上がれば左足に走る痛みがさらに増し、ズキンズキンと体に響く痛みに奥歯を噛みしめる。
こんなんじゃ、走るどころか歩く事さえ到底無理だ。
「エオル様っ!!? ――ッグ!」
おれの様子に気が付いたディーアが身を捩った瞬間、さらに影が彼の体を締め付けた。
「!! ディ……ッ!」
「――おや捕まえたと思ったのに、庇われて無事だったかい。」
痛む足を引きずりディーアの側へ寄ろうとした瞬間、先程までの少女を心配する声とは全く違う、愉悦感に満ちた声が聞こえその声の持ち主――この影を操っている張本人であろう女性へと向き直った。
「忠誠心に満ちた家臣がいて良かったねぇ、エオル殿下?」
「……一応、聞く。目的は? まさか、あんた自らが毒を浴びせたこの子をラノに助けてもらいにきたって事はないだろうし。」
相手を睨み付け言えば、女性がへぇ、と声を上げ面白そうに瞳を細めた。
「――毒っ!?」
ヴェテルの驚いたような声に視線は女性に向けたまま頷く。
「うん。恐らくこの人は影と毒、二つの属性魔法の使い手だ。毒属性の使い手には自らの体内に毒を作りだす者が多いけど、そういう風に作られた毒に独特な匂いがあるんだ。さっきこの子からもその匂いがした。それに、この子の症状がまんま毒属性の毒を浴びた時の症状だしね。」
違う?と首を傾げ尋ねれば彼女が満足そうににんまりと笑みを浮かべた。
「成程ね、王族なんて間抜けな奴しかいないと思っていたけど、なかなか賢いじゃないか。……ああ、それから目的だけど、決まってるだろ?」
そう言って女性がパチリと指を鳴らすと地面からぶわりとやはり蛇のような影がいくつも陽炎のように沸き出てきた。
「そのお命、頂戴するよ、エレヴァルド国第五王子、エオル・エレヴァルド!!」
正直エレヴァルドに第五王子として生まれてからというもの、王族に害成さんとする者達に命を狙われたのはこれが初めてじゃない。
そんな奴らからもう何度言われたか分からないその台詞に内心溜息をつきながらおれは足を引きずったまま前方へと歩き出す。
「……この子。この子はあんたの子じゃないのか。そんな事のために、子どもを巻き込むなんて……っ!!」
ふつふつと腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えきれずさらに強く睨み付ければ彼女は顔を歪めたままさらに笑い出す。
「そんなガキ知らないよ。ベルツヴレイユで薬草を摘んでいたから利用させてもらっただけさ。ラノ・イェーリスが来ている事には驚いたけどね。本当はあんたに助けを求めるふりをするはずだったからさ! 光属性で回復魔法と治癒魔法の使い手のあんたを頼ってきたと言えば、王城側だって無下にしないだろうと踏んでね!」
女性のあまりの変わりようとその言葉に全員が思わず絶句する。
「……何と言うか、下衆すぎて言葉にできないというか。――とりあえず手加減不要だって事はよく分かった。」
何とかディーアの隣まで辿り着くと、おれは少女を地面に下ろしその頬に触れた。
パキン、と薄いガラスが砕けたような微かな音が耳に届き先程まで苦しそうにしていた少女の青白い顔に朱が差し始めたのを確認してから手を離す。
この子はこれでいい。
次は……。
「――エオル様。」
「ディーア、この子頼むね。……あと、彼女の対処はおれがする。売られた喧嘩はきっちり買って十倍にして返せって兄様達にも言われてるし。」
そう言いながら彼を締め上げている影に触れればディーアが驚いたように目を見開いた。
「しかし……っ!!」
「大丈夫だって。――約束はちゃんと守る。だから、頼んだよ?」
そう言えばグッとディーアが言葉に詰まったのを見て苦笑しながらも、パキリ、と先程と同じ音が耳を打ったのを見て影から手を離す。
そのままさっきまでとは逆でディーアと少女をその背に庇うように彼らの前に立ち、改めて女性と対峙する。
「……先に言っとくけど。おれの命が目的なら攻撃するのはおれだけにしろ。これより先、おれの大切な家臣達やこの子にかすり傷一つでも負わせてみろ。……ただじゃおかない。」
その言葉に彼女が眉を吊り上げたのを見て口の端を吊り上げる。
――掛かった。
「回復魔法と治癒魔法しか使えない奴が粋がるんじゃないよ! お望みどおりにしてやる!! 行けっ!!」
彼女の号令で陽炎のようだった影達が一斉にオレへと飛び掛かる。
それを見ながらおれは息を吐きだした。
「あのさ。いつ、おれが回復魔法と治癒魔法しか使えないとか。――そもそも光属性だなんて言った?」
次の刹那、飛び掛かってきた全ての影達は、オレに触れる直前で何の前触れもなく掻き消えた。
「………………え?」
まるで何もなかったかのように静まり返ったその場に一番に響いたのは未だ影に締め付けられたままのヴェテルの声だった。
ちらりとそちらを見遣れば目と口をまん丸に開き唖然としているヴェテルと、ヴェテルと全く同じ顔をしている団員二人が目に入る。
そっか、ヴェテル見るの初めてだっけ?
それに、騎士団でも班によっては知らない団員がいても不思議じゃないよね。
「――エオル様。」
一人でうんうんと頷いているとこの場ではおれ以外ではただ一人平然としているディーアが少女を抱え、おれの隣に立った。
「ディーア、どう?」
「ええ。毒は完全に『消滅』しています。後は少し休ませれば大丈夫かと。」
「そっか、良かった。」
「――――なっ……、何なんのさ、今のは!!!!」
ほっと息を付いたのもつかの間、劈くようながなり声にすぅっと視線をディーアから彼女へと移す。
「何で私の影が……!! それに、そこの家臣も何で動けて……! 王子、あんた一体何したんだ!!」
「……何って、おれはおれの属性魔法を使っただけだよ。ディーアに巻き付いてた影もおれの魔法で打ち消しただけ。」
おれの回答に女性の顔が思い切り歪められる。
「っ、ふざけんじゃないよ! あんたは回復魔法と治癒魔法しか使えないはずだ!! ――行きな!!」
彼女の声に再びいくつもの影が陽炎のように揺らめきながら立ち上がりおれ目掛けて飛びかかってきた。
「エオル様!」
「大丈夫。逆に危ないから、今おれの後ろから動かないで。あとさ、ディーア。これ多分切りがないから練習中のアレ使おうと思う。それで、今からしばらく影と毒使えなくなるけど大丈夫?」
「……ええ、大丈夫です。」
背後のディーアへと肩越しに振り返りそう問いかけると一度だけ瞳を瞬かせた彼がその意味を理解して頷いたのを見て、じゃあと前置きしてから力の入らない左足を一歩前に踏み出す。
瞬間、左足元から巻き起こった風が影達を一気に吹き飛ばし跡形もなく消し去った。
――うん、うまくいったっぽい。
ちらりと辺りに視線を向け、瞳を細める。
「……ッ!! おのれ!!」
三度影を出そうとした彼女におれは軽く息を付き告げる。
「――無駄。今、この場において影属性と毒属性。つまりあんたの属性は『消滅』してるから。その証拠に、ほら。」
そう言って視線だけで巻き付いていた影が掻き消えていく事に仰天しているヴェテル達を指せば彼女もまた目を見開き、おれへと視線を戻す。
「………っ!!」
次の瞬間、今度は恐らく毒属性を使おうとしたらしい彼女が両掌を前に突き出すが何も起こらない事に零れ落ちそうな程目を見開いた。
だから、無駄だって言ったのに。
「……っ、な、何で!!何で私の魔法が……!」
「言ったでしょ?『消滅』させたって。……おれが解除しない限り、この場ではその魔法は使えない。」
そう言って瞳を細めれば彼女がひぃっと情けない声をあげた。
「……あ、あんた、一体……!!」
彼女の言葉にちらりとディーアを見上げると仕方がないと言うように頷かれ口を開く。
「……まず最初に訂正するなら。おれの属性は『光』じゃない。――おれの属性は『無』。おれは『無』属性魔法の使い手なんだ。」
「『無』!?嘘を付きな、そんな属性聞いたことないよ!!」
うん、そうだろうね。
何せ……。
そのまま続けようとすればいつの間にか隣に並んだディーアに手で制され、彼がおれの続きを引き継ぐ。
「貴方が知らないのも無理はない。『無』属性は千年以上前に滅んだとされる属性です。そして、エオル様は。――我が主は、その滅んだ筈の『無』属性の中でも究極とされた魔法≪デタンドルティ≫をその身に宿していらっしゃるお方だ。」
「デタン、ドルティ!? きゅ、究極の魔法だって!? 何だいそれは!!?」
聞きなれない言葉に女性がさらにがなり立てる。
「――魔法も物理も関係なく、おれに向けられた攻撃は全てその存在を『否定』され『消滅』する。つまり、自分に向けられたものは全て『無効化』する究極の無属性魔法。そう言えば分かりやすいかな? ただ今はそれに防御魔法を応用したものを加えて、半径五十メートル圏内全てに≪デタンドルティ≫の効果が行き渡るようにしてるけど。」
そう、自分に向けられた攻撃を否定し消滅させる事で無効化する力≪デタンドルティ≫。
それこそがおれがあの時、白に満ちた空間で神様から受け取った『力』だった。
「――で、どうする? まだやる?」
これ以上やるなら一切容赦はしない。
そんな思いを込め尋ねれば、思い切り顔を歪めていた彼女がハッと何かに気が付いたような表情と共ににやりと笑みを浮かべる。
「っ、成る程ね。でも……!」
次の瞬間懐から短剣を取り出した女性が此方へ向かって地を蹴った。
「いくらその≪デタンドルティ≫とやらで無効化できても、あんた自身が攻撃する手立てはないんだろ!!」
「――あ、バレた。」
思わずそう呟けばディーアが息を付き、少女を片手で抱え直すとその場に屈み込み、地面に掌を押し付ける。
「あああああああ!!」
女性が短剣をおれに降り下ろそうとしたその瞬間。
短剣の刃部分がぱぁんと音を立てまるで飴ガラスのように木っ端微塵に砕け散るのと同時に、ディーアが操る木属性の魔法で地面から生えた幾重もの蔦が彼女の体に巻き付いた。
「――……!! なっ、何だって!!?」
ぎりぎりと体を締め付ける蔦に悲鳴じみた声を上げる彼女におれは小さく息を付いた。
とりあえず、捕縛完了っと。
背後を振り返れば丁度顔を上げたディーアと目が合った。
「お怪我はありませんか? エオル様。」
「うん、ありがとう、ディーア。」
そのまま女性へと向き直り再度瞳を細める。
「確かにさっきあんたが言ったように≪デタンドルティ≫で攻撃は無効化できても、おれから攻撃する手立てはない。でも。――絶対に破れない防御はそれだけで相手の戦意を喪失させるし、何よりおれにはディーアが。――いつもおれの事を守り助けてくれる人がすぐ側にいてくれるから、不自由はしてないよ。」
へらりと笑いかければ女性が目を見開き、やがて諦観したようなに大きく息を吐きだした。
「……参ったね。何が回復魔法と治癒魔法しか使えないだ、何が『か弱そうな王子NO.1』だ。とんでもないじゃないか。」
「え、待って。おれ城外でそんな風に言われてんの!?」
「ああ、その見た目も相俟ってね。」
女性の言葉に軽くショックを受けていると背後でさっき何気に恥ずかしい事を伝えた気がする相手が小さく噴き出した気配を感じてバッと振り返り睨み付ける。
「ディーア笑った!!?」
「いいえ、笑ってませんよ? ……っふ……」
「笑ってんじゃん!!」
おれから顔を背け肩を細かく震わせているディーアに思い切り突っ込む。
てかヴェテル達まで肩震わせてるし!!
緊張感が一気になくなったその場でおれははぁーーーーっと深く嘆息する。
「……あのさ、仮にも魔国の王子がそんなか弱いはずないじゃんか。」
そう言えば、女性が軽く肩を竦めた。
「――ああ、とんでもない番狂わせだったよ。私の負けさ。ところで、王子。あんた本当に攻撃の手立ては持ってないのかい?」
「んーー……。」
その問いかけに軽く頬を掻くとヴェテル達から女性の手元が見えなくなるように移動する。
……≪デタンドルティ≫の事は仕方ないとしても、さすがにこれまで知られるのはまずいと思うし。
「……ないわけじゃないよ? とは言ってもおれができる攻撃っていえばこれくらいだけど。」
そう言って未だ女性が握っている短剣の柄の部分に触れれば、柄が彼女の手の中でざあ、という音ともに砂に変わり、やがてそれも一瞬で消滅する。
「……おれがそう思って触れた「もの」はその存在を否定され、消滅する。これがおれの攻撃魔法、かな?」
にこりと笑いかけながら告げれば彼女は思い切り顔を引きつらせ、気絶した。
「……あ、気絶した。……消滅させる事ができるのは無機物だけだってまだ言ってないのに。」
「……エオル様。わざとですね。」
そう呟けば、おれの一連の行動を見ていたディーアが深く息を付いた。
転生したら魔国の王子でチート(物理)能力持ちだった 彩野遼子 @saino
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