第三話 来訪者②

城門のすぐ側まで行くとヴェテルが待ってくれていた。


「ヴェテル!」


軽く手を振るとディーアから降り歩いているおれを見たヴェテルの目をが丸くなる。


「エオル王子! もう大丈夫なんですか?」


「うん。大分良くなったから。ありがとう、ヴェテル。」


とんとん、と左足のつま先で地面を蹴った瞬間、ツキリと走った痛みと鋭くなったすぐ斜め後ろからの視線を無視し彼へと笑いかける。

ここに来る途中、さすがに民にこんな姿は晒せないと主張し「絶対無理しないから」と約束を交わし渋々ながらディーアには地面へ降ろしてもらっていた。


と言うか、今のは無茶には入らないから!


「ところで、例の女の人は――。」


「あ、はい。此方です!」


案内してくれるのかくるりとおれ達に背を向け歩き出したヴェテルに続き一歩踏み出しながら、手を伸ばせばすぐ届く距離にいる彼へ手を伸ばしその袖を軽く掴む。


「……心配性。」


斜め後ろへ振り返りそう言ってやれば、「失礼します。」と一歩前に踏み出したディーアがおれの腰をぐいっと抱いた。


「わっ!?」


「――そう言うのならあまり心配をかけさせないでくれ。」


溜息混じりに言われながらもさりげなく足に負担がかからないようにエスコートしてくれるディーアが嬉しくてへらりと笑いかける。


「どうしたんですか?」


「ううん。ただ、ディーアは本当にいい男だなって。」


怪訝そうな表情を浮かべる彼に笑いながら答え、前方へ視線を移せば城門を入ってすぐのところに襟と袖口に銀の装飾が施され、右肩に飾緒とサムブランベルトを付けたナポレオンジャケットに似た蝋色の制服の上から同じく蝋色の外套を羽織った青年が二人と、その二人に挟まれて白のコットと呼ばれるチュニック型のワンピースの上から臙脂色のシュルコという外衣を着て、頭に頭巾を被り子どもを抱いた女性が立っていた。


「ああ、あの女の人?」


「はい、そうです。」


ヴェテルが頷き駆け寄っていくのに、ディーアの腕からするりと抜け出し続けば、おれに気が付いた青年達――国王直属でエレヴァルドの治安維持を使命に持つベルツァッシュ騎士団のうちの一つ、ナーダリッヒを拠点としているベルツァッシュ第一騎士団の団員がその場に跪こうとしたのを見て軽く手で制した。


「エオル殿下!?」


団員の動きに少し不安げにこちらへ顔を向けた女性もこれでもかと言わんばかりに目を見開き、腕にぐったりとした子どもを抱いたままその場に跪こうとしたのを見て慌てて口を開く。


「いいよ、そのままで。――話は聞いている。ラノ・イェーリスもすぐ来ると思うのでもう少し待ってて貰えるかな?」


女性の二メートルくらい手前で立ち止まりそう話しかければ、ハ、ハイ!と声を震わせながら彼女が何度も首が取れるんじゃないかという勢いでがくがくと頷いた。


「ありがとうございます、エオル殿下。ありがとうございます!!」


涙声で言う女性に軽く首を振り、おれは彼女のすぐ側で子どもを心配そうに見つめているヴェテルへと視線を向ける。


「礼を言うなら、そこのベルツァッシュ騎士団見習いのヴェテル・ライマンに。おれは、ヴェテルの優しさに応えただけだから。」


「――エオル王子!?」


まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったのかヴェテルが驚いたようにおれへと振り向いたのを見て小さく笑う。


ありがとうございます、と何度も頭を下げる女性に照れているのか少し頬を染めながらも恐縮するヴェテルからおれはふと彼女が抱える子どもへと視線を向けた。


年は多分六、七才。

アッシュブロンドの髪をおさげにして少し薄汚れた白いコットを着ている少女が力なく瞳を閉じ女性の腕の中でぐったりとしている。

その青白い顔と荒い呼吸からしてかなり具合が悪そうだ。


「……その子、かなり具合悪そうだけど、何の病気なの?」


「……分からないのです。数日前から急に……。お医者様に見せても原因不明だと言われて、頂いたお薬も効かず困り果てていたところに、イェーリス様がオスルワルト城にいらっしゃると聞いて居ても立っても居られず……っ」


眉を下げて女性が話すのを聞きながら再び少女を見た時、おれは一瞬何かが引っ掛かるのを感じた。


「……あれ?」


「エオル様? どうかされましたか?」


些細だけど確かに感じたそれに首を傾げればおれのすぐ後ろに控えていたディーアに声をかけられた。


「あ、うん。何か、あの子さ……。」


「あっ!! だ、駄目だよ!!」


「エ、エオル殿下!!」


彼へと振り返り自分の中にある違和感の原因を探りながら言いかけるとヴェテルの焦ったような声に正面へと向き直れば女性がおれに向かって駆け寄ってくるところだった。


「え?」


瞬間ぐいっと肩を引かれおれの前に出たディーアの背に庇われる。


同時に女性についていた団員達が地を蹴った次の刹那、まるでテレポーテーションでもしたかのように彼女の前に立ち塞がった。


「……早い。」


「どうやらあの団員達は風属性の者達のようですね。」


「風属性……道理で……。」


ディーアの説明に頷きながら女性を見遣れば、腰に下げた剣に手をかけている団員達に怯え、かなり青白い顔をしながらも少女を抱いたままその場にひれ伏した。


「――……も、申し訳ございませんっ!! た、ただ、エオル殿下は光属性で回復魔法と治癒魔法の相当な使い手だと伺っていたので、こ、この子の容態を見て頂きたくてっ、申し訳ございませんでした!!」


「……光属性。おれの属性って城外ではそう伝わってるんだ。」


女性の言葉に小さく呟けばディーアが肩越しに振り向いた。


「ええ。国王陛下がそのようにと。」


「そっか。」


回復魔法と治癒魔法の使い手というのは間違いじゃない。

その二つとあと一つの魔法はこの世界に生まれてからラノを師匠として自力で取得したもので、おれの普段の力の使い方もそれの応用編みたいに見えるだろうし。

それにしても。


「光って。……むしろ真逆だと思うんだけど。」


ディーアだけに聞こえるように言えば、彼もまた小さく肩を竦める。

それを見て団員二人に剣から手を離すよう伝えてから、未だにひれ伏したままの女性へと向き直った。


「大丈夫だから立って。と言うかおれより、もう来るだろうしラノに診てもらった方がいいよ?」


「は、はい。申し訳ございません。先ほどエオル殿下が何かに気付かれたご様子だったので……っ。エオル殿下、不躾な願いだとは承知で御座います、どうかこの子を診てやっては下さいませんか! お願い致します!!」


立ち上がったのも束の間、再び深く頭を下げだした女性に小さく息を付く。


と言うかさっきの反応、見られてたんだ。


女性の観察眼に感心しながらもおれは唇に指を当て考える。


ラノはリューナが呼びに行ってるからそろそろ来る頃だろう。

当たり前だけど、回復魔法も治癒魔法もおれよりも大賢者であるラノの方がその力も効力も上だ。

それに医者が診ても分からなかったものをおれが見て分かるとは思えない、けど。

さっき感じた引っかかりが気になるのも事実だし……。


「……分かった。ラノの治療の妨げになるといけないから魔法は使えないけど、診るだけならいいよ。」


「――エオル様!!?」


「ああああ!! ありがとうございます!!」


驚いたようなディーアの声と感極まったような女性の涙声を同時に聞きながらとりあえずおれを振り返って何か言いたげな雰囲気のディーアの肩を一回だけ叩く。


「……そんな心配しなくても大丈夫だって、多分。――それにあの子の症状……なんかおれ知ってるような気がするんだよね。」


「知っている、ですか。」


「うん。実際見た事があるのか、本か何かで読んだのか、誰かに、それこそラノとかに聞いたのか分からないけど。何だろう、知ってるって思うんだ。」


いまいちはっきりしない違和感をそのまま口にすればディーアの眉間に皺が寄る。


それに小さく笑い、もう一度大丈夫だってと伝え女性へと歩み寄る。

団員の青年達が一歩横にずれると女性が腕に抱いた少女をおれによく見えるように差し出してきた。

一つ頷き少女の顔を覗き込む。


血の気のない青白い顔、肩で繰り返される荒い呼吸、苦し気に歪められた表情。


……何だろう、やっぱりおれ、この症状知って……。


そこまで考えた時、それまで苦し気にしていた少女が鶯瞳の瞳を薄らと開け、おれの胸元の服を掴んだ。


「……え?」


「……げ……て。に、……て。……に、げて……っ」


荒い息の下、苦し気に掠れた声で告げられた言葉に目を見開くと、少女が身動ぎしたためかふわりと漂ってきた香りにパッとこの少女の症状にぴったりと当てはまる原因が思い浮かぶ。


これって……!


「――まさかっ……!」


瞬間、ぶわりと前方で何かが膨れ上がった気配と同時に襟首を掴まれ、おれの服を掴んでいた少女諸共放り投げる程の凄い勢いで後方に思い切り引っ張られた。

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