ある革命の断頭台

いつき樟

読みきり

 その日、革命は成った。

 重税を課し、贅の限りを尽くした王は民衆の怒りを買い、国の各地で決起の火の手が上がった。

 軍は鎮圧に向かったものの、同時多発的に起きた民衆の決起に加え、長らく安寧を貪り堕落した軍には、もはや民の怨嗟と対峙できるほどの力は無かったのだ。

 一夜にして重罪人へと転落した王は、町の広場に設けられた断頭台へと連れて行かれた。

「民よ! さあよく見ろ! これがお前たちから贅を搾り取り、さんざん苦しめてきた男の姿だ!」

 王に嵌められた手枷から伸びる鎖。それをまるで犬のリードのように持った男が叫ぶその言葉に、広場に集った何百、何千という民衆たちから一斉に声が上がった。

 怒り。憎しみ。

 恨み。嘆き。

 この地上にある、ありとあらゆる悪意を混ぜて溶かして固めたようなその声は、1分でも1秒でも早く、王を殺せと囃し立てる。

「お前たちの考えはよく分かった! ならば俺は、その願いに応えたいと思う!」

 そう言って男は、腰に差していた自身の剣を抜き放ち、それを高々と天に掲げた。

 僅かに反り返った片刃の刀身は、肉を切り裂くために適した形状だ。それでいて繊細さとは程遠い、ともすれば鉄板のようにも見えるその造りは、重量だけで骨さえも切断してしまいそうだ。

 まさに死刑執行にふさわしい見事な拵えの剣に、民衆から再び狂気じみた歓声があがる。

 だが、そのときだった。


「ならば、さあ! 契約だ!」


 剣を掲げた男の言葉に、広場から歓声の波が静まってゆく。

「実は俺は死刑執行人でもなんでもない! お前たちの革命を手伝ってくれと言われて、はした金で雇われただけの、ただの傭兵だ! 俺の役目はお前たちの革命を手伝うことで、王の首を取れとは言われていない! いわばこれは、契約外の仕事だ!」


 男の言葉を、民衆は即座に理解できなかった。しかし、そんなことはどこ吹く風と、男はさらに言葉を続ける。

「いまやみすぼらしいただの男に過ぎないこいつも、元をただせばこの国の王! 一国の王の首を刎ねろなどと、俺ごとき傭兵には大それた依頼だ! だから、金貨千枚! 金貨千枚で、その役目を承ろう! さあ、俺に金貨千枚を支払う者はいないか!?」

 そこで、ようやく民衆は理解した。

 あの男は、王の首を刎ねるというただそれだけのことに、金貨千枚もの大金を要求しているのだ、と。


 再び怒声が上がる。

 今日までさんざん国に搾取され続けたというのに、ここに来てまだ金を搾り取られるのかという怒り。

 そしてなにより、せっかく心待ちにしていた王の斬首という一大イベントに、そんな下らないことで水を差す男への怒り。


 ふざけるな!

 その剣を振り下ろすだけだろう!

 そんな簡単なことに、金貨千枚も払えるか!


「なるほど、いちいちもっともだ。今のお前たちからすれば金貨千枚は大金だ。だが、ここにいる全員でなら、どうだ?」

 そう言って男は、広場に集まった大勢の群衆を見渡す。

「お前たちが今持っている金。それを、ここにいる全員でかき集めれば、金貨千枚分の価値にはなるんじゃないのか? 別に俺は一人で払えとは言っていない。お前たち全員で俺を買えばいいだけだ! さあ、どうだ!」

 男の言葉に、しかし民衆はなおも反論を繰り返した。


 お前が殺せ。

 その男を殺せ。

 つべこべ言わず、いいから殺せ!


「……なら、こうしよう! この、俺の剣を、銅貨百枚でお前たちの誰かに貸してやろうじゃないか! 今まで何人もの人を切ってきた俺の相棒を、お前たちの内の誰かに貸してやる! そしてそいつが、この男の首を刎ねるがいい! なるほど確かに、お前たちの言うとおり、ただこの剣を振り下ろせばいい、それだけだ!」

 そう言って男は剣を掲げて、もう一度民衆をぐるりと見渡した。

「だが、これを貸すのは一人だけだ! 金もそいつ一人に払ってもらおう! どうだ? 金貨千枚は無理でも、銅貨百枚くらいなら持っているヤツはいるだろう?」

 男の声に応える者は、果たしていなかった。


 いいや、いないわけではない。


 皆、待っていた。

 百枚の銅貨を入れた麻袋を片手に、誰かがあの断頭台に上ってくるのを。

 そして、男から剣を受け取り、あの忌々しい王の首を切り落としてくれる、そのときを。


 だが、待てど暮らせど、その誰かは断頭台の上に現れなかった。

 おい、お前が行け。

 ふざけるな、お前が行け。

 お前なら銅貨百枚、持っているだろう。

 バカを言うな、今まであの王に搾り取られて小麦の一粒も買えなかったんだぞ。

 民衆は互いに責任を押し付け合い、やがて口々に罵り合った。


 そんな民衆を見下ろしながら、男は足元にいるみずぼらしい王に語りかけた。

「そうら、見ろ。これがお前の国だ。お前を憎い憎いと言っておきながら、誰一人としてお前を殺す勇気も覚悟も無い、腰抜けばかりだ。これがお前の治めていた国だ。お前は、この弱虫どもの王だ」

 男の言葉に、王は黙ったまま民衆を見つめていた。

「……訊いても、よいか」

 やがて、王はゆっくりと口を開き、民衆を見つめたまま男に問いかける。

「余が、余を殺してくれと依頼したとするなら、やはり金貨千枚かね?」

「お前の介錯をしてくれということか? それならもっと安い。銀貨十枚で承ろう」

「なるほど。では、余の上着の内側を調べてくれ。今は、手が使えぬのだ」

 言われたとおり男が王の上着の内側に手を入れると、そこには隠しポケットがあり、金貨が三枚入っていた。

「一縷の望みに縋って隠し持っていた金貨だが、もはやどうでもよい。それを支払おう。それで余の首を刎ねるがよい」

「潔いことだ。だが、依頼の内容はお前の介錯、それは銀貨十枚だ。金貨一枚でも釣りがくるのに、そこにあと金貨まるまる二枚分が残ってしまうが、それはどうする?」

 男の問いに、王はしばしの沈黙のあと、再び問いかけた。

「そちに殺しの依頼をするときは、相手が誰であろうと金貨千枚必要かね?」

「いいや、相手次第だ。高貴な身分であったり、戦いの手練れであったりすればするほど、俺の危険も増す。その分だけ、料金も高めになる」

「そうか」

 男の言葉に、王は小さく頷いて、それからゆっくりと。


「では、残りの金貨で、ここに集った民を適当に、やれるだけ頼む。王が死ぬのだ、やはり共が必要だろう」


 静かに、実に穏やかにそう言うと、目を閉じて微笑んだのだった。


 その日、革命は成った。

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ある革命の断頭台 いつき樟 @itukisyou

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