俺の華麗なる物語と現実の恋のお話

森 翼

第1話

――俺は敵の隙を見逃さなかった。

 神経を集中させ、スキルを発動させる。

『エル・スラッシュ!』

『何だと!?そんなっ!?』

 盗賊共はいまさらながら、力の差を思い知ったというわけだ――


 カタ、カタ、カタカタ、カタ、カタ、タン。


 西日が差す部屋の中には、ノートパソコンのキーボードを叩く音が、二つ響いている。

 それ以外の音は、外から聞こえてくる運動部の威勢のいい声と、スマホの外付けスピーカーから流れてくる、はやりのバンドの曲くらいだ。


 その音が、もっと大きくなればいい、と俺は願っていた。


 俺はモニターを見つつも、向かいに座って、俺と同じくキーボードを叩く女の子が気になって仕方ない。

 彼女とは最初に少ししゃべったくらいで、もうずっと沈黙が続いているのだ。イヤホンも、付けるタイミングを逃してしまった。


 まあ、執筆中でお互いの邪魔をしない、という言い訳はあるわけだけど・・・やっぱり、何か気まずい。


 同じ文芸部にして、同学年だけどクラスが違う彼女、有島夕莉ありしまゆうりは、一心にキーボードを打っているかと思うと、時々「う~ん」とため息を漏らしながら首をかしげている。その繰り返しだった。

 その仕草の一つ一つに、ドキッとしてしまう自分がいる。


 うん、どうやら俺は、彼女に恋をしてしまったらしいのだ。


 だけどそうやって意識すればするほど、いつもよりさらにしゃべれなくなってしまうのだ。

 俺は今書いている、ラノベの主人公の描写を思い出した。


『ティッドは、意外に華奢な体を黒い服に身を包んで、大きな剣を腰に差している。黒い前髪の間から、するどい目がのぞいている。』


 まあ、体が細い、っつーのは同じかな・・・だけど、俺は細マッチョではなくヒョロいって感じで、からっきし弱そうだけど・・・

 でもそれ以外は、共通点はないな・・・眼鏡を掛けた目は少したれてて、何か、情けない感じだし、オシャレなんてよくわからないから、子供の頃から行っている近所の床屋の親父さんがやってくれる髪型は、サイドを刈り上げて、少しガキっぽい・・・ホントは他の髪型にしたいんだけど、どう言えばいいのかわからないし・・・


 そして俺は、何より引っ込み思案だ。いつもうじうじ考えてしまって、行動に移すことができない。


 俺は、目の前の有島を、ちらりちらりと盗み見る。そこで、自分が書いているラノベのヒロインを思い浮かべた。


『彼女、ユウナは、この世界の凄腕女剣士にして、誰もがうらやむ美少女だった。剣を振りかざすと、ベージュの長い髪がふわっと揺れる。その様子は、男子の憧れだった。その彼女が、いま俺と一緒にダンジョンに向かっていた。』


 さて、目の前の有島夕莉は・・・校則で禁止されているから、もちろん黒髪。それにロングではなく、普通のおかっぱ(もっとカッコイイ言い方があるのかもしれないが、俺は髪型の名前なんてよく知らない)だ。

 眼鏡を掛けた顔立ちは整っているものの、丸い輪郭で、フツーの田舎のJKって感じで、かわいさはあるものの、まあ誰もが異論なく「美人だな」と認めるタイプではないな・・・


 考えて見れば、俺はどうして彼女に恋をしたんだろうか?


だって、学校には、もっと美人もいるしな・・・たとえば有島と同じクラスの湯河原茜ゆがわらあかねとか。彼女なら、ユウナのイメージにぴったりだ。勉強もできて、運動もそこそこ、性格も明るく、何より、華やかさがハンパない。

 でも彼女は俺には高嶺の花・・・というより、自分とは何か関係のない世界の人間のような感じがして、腰が引けるどころの話ではないのだ。


 それよりも、決して暗いわけではなく友達も普通にいるけど、毎日少しの間でも、一人静かに読書をする有島に、どうやら惹かれたらしい。


 う~ん、ホントに現実の俺は、物語の主人公とはかけ離れた存在だなぁ・・・

 そうやって、俺はいつものようにうじうじ考えながら、反射的に机の上のお茶のペットボトルに手を伸ばした。


・・・すると、要領が悪いと言うべきか、俺の手はペットボトルを倒してしまい、閉め忘れた飲み口からお茶が流れ出す。


「わっ。」

 やばい!有島のノートに魔の手が・・・彼女は我に返ったように事態に気づき、さっとノートを除ける。


「あ・・・ご、ごめん・・・その、大丈夫・・・?」

 俺は焦って、何を言っているのかわからない。有島が確認すると、ノートは表紙が少しぬれてしまっている。

「うん、大丈夫、何ともないよ。このノート、高い奴だから、表紙がプラスチックになってるんだ。やっぱり作家としては、構想ノートはいい奴じゃないとね。それで北岡くんは、どう?進んだ?」


 これが会話のきっかけとは。さらに俺が返答に困っている間に、有島は立ち上がって棚からぞうきんを持ってきて、さっさと拭いてしまう。何とも情けない。


「・・・うーん、実は全然・・・なかなかう、うまくいかなくて・・・」

「そうなのよね~ホントに。創作っていうのは、難しいよね~私もいまずっとやってたんだけど、突然、構成はこれでいいのかって思っちゃってね。何かこうね、主人公の女の子の恋心がどこに向かっているのかがわからなくなっちゃってさ・・・」


 有島はそう言って、髪の毛を上の方でつかんでかき上げる。煮詰まっている時のいつもの癖だ。

「そ、そうなんだ。お、俺もそんな感じかな・・・」


「あ、そうだ、こうしたらいいんじゃないかな・・・」

 有島は独り言のように言って、モニターに視点を戻した。そしてまたもや、沈黙が場を包む。


 会話が続かない・・・これが俺の特技だ。そんなん必要ないけど。

 まあ、今はインスピレーションの邪魔をしないでおこう。


 だが俺のうじうじはまだまだ続く。


 じゃあ・・・他に『恋』っぽいことは、何かしたかな?

 恋の相手には、ドラマチックなことをしてやるもんだからな。

 そう、ティッドは、ユウナのパーティーが全滅しかかっていたところを、助けたのだ。


 俺は・・・う~ん・・・このまえ有島が、持っていた委員会の資料を廊下でぶちまけてしまった時に、少し離れたところにいた俺はどうしようかと思って、助けるのを躊躇しちゃったな・・・


 何かここで助けるなんて照れくさくて、見て見ぬふりをしようか・・・そんな風に考えている間に、あいつだ、桐間祥輔きりましょうすけ・・・あいつが助けたんだ。

 あいつは何も躊躇しないで、すぐに紙を拾ってたな。


「大丈夫か、有島?」

「あ・・・ありがとう、桐間。助かったよ~」


 有島はそう言って、満面の笑みを浮かべた・・・うん、カワイイな・・・


「有島はおっちょこちょいなところがあるからな、気をつけろよ?ラノベのストーリーとか考えながら歩くんじゃないぞ?おまえがそうやってるの、歩きスマホより危なっかしいからな。」

「うん、ありがとう。やっぱり桐間は性格イケメンだわ~女子に人気があるのも、当然だよ。」

「そうか?サンキュー、何か照れるなぁ。」

 そう言って、二人とも笑ってた。


 完敗だ。すげぇ、恋っぽいじゃねーか!


 出会いのシチュエーションとしてはカンペキだろ。『恋』をやってるのは、あいつらじゃねーか!

 でも、桐間にはちゃんとかわいい彼女がいる。桐間は浮気なんてする奴じゃない、性格がいいことは、普段から見ていてわかるからな。・・・そこんとこは安心だ。


・・・いやいや!だから心配なんじゃないのか!?

 有島がそんな桐間を好きになる・・・これが一番ありそうなことじゃねーか!

 俺の好きなラノベにも、そういったヒロインの一人が、主人公に叶わぬ恋をして、けっきょくは恋破れる・・・そんなシーンがある。そして俺の作品でも、そういったシーンを入れる予定だ。


・・・つまり、こういうことか。俺も有島も・・・いや、ごめんなさい。有島のは俺の妄想です・・・少なくとも俺だけは、どっからどう見ても、どうやら主人公格ではない、ってことか。


 ああ、情けないなぁ。

 でも、現実ってのはそういうもんだ。


 世界を左右する二人の運命的な恋、ドラマチックな展開、二人を分かつ危機・・・こんなことは、少なくとも俺みたいな人間には無縁なんだ。


 だから物語の中に逃げているのかもしれない。


 物語の中ならば、俺は間違いなく『主人公』だ。

「もしかして、俺は脇役に過ぎないんじゃないか?」と思って、引いてしまうこともない。「こんなことしたら、他の連中から『現実では脇役に過ぎないおまえがでしゃばるな』なんて笑われるんじゃなかろうか?」と気兼ねすることもない。


 美人で気立てのいい、人も羨むヒロインを好きなることに何の躊躇もいらないし、ライバルも最終的には俺に負けるのが確定している。ライバルとか敵は、俺たちの愛をドラマチックにするだけの、調味料に過ぎないんだ。


 しかし現実の俺は・・・そう、主人公じゃない。

 そう思うと、何にもできなくなってしまう。何もかもが、情けなくて、ムダに思えてしまう。


 うん、そうだ。この恋は心に閉まっておこう。


 俺は物語の中で、主人公になろう。

 そうすれば、相手がまったくこちらのことは何とも思っていないのに、こっちが入れ込むだけ入れ込む、なんて、喜劇じみたことをしなくてもすむんだから。

 自分の方は物語の主人公だと信じ込んではいるんだけど、世の中からは取るに足らない脇役に見られているから、嘲笑われることもない。


『俺たちは長い離別を経て、ようやく結ばれた。俺たちは抱き合い、止めどない愛をこめて唇を重ねた・・・』


 こんなドラマチックなことは、俺には無関係なんだ。

 うん、俺は物語の中で、それを叶えるんだ。現実に変な期待を持たない方がいい。


 カタ、カタ、カタカタ、カタ、カタ、タン。

 

 相も変わらず、部室の中にはキーボードを叩く音が響く。だけどその中で、俺はまるで仙人のように解脱していたのだった。


 その時チャイムが鳴った。部活の時間は終わりだ。

 有島はうーんと背伸びをして、あくびする。


「あ~終わった~・・・けっきょく、先輩たち来なかったね。」

 そう言ってスマホから充電器とスピーカーを外して、少しいじった。

「うーん、けっきょく、あんまりいい案が浮かばなかったよ。なんだろうな、考えすぎかな?・・・そっちはどう?」


 俺は有島のことが気になって、それどころじゃなかったんだが。

「いや、こっちも全然ね・・・」


 そう言っている間に、有島はこっちに回り込んで、俺のパソコンをのぞき込む。いや・・・見ないでください。恥ずかしいッス・・・


「いま書いてるのって、異世界転生モノだっけ?そっちのジャンルはあんまり読まないからくわしくないんだけど・・・」

 そう言って、有島は俺の顔に顔を近づける。


・・・やばい、イイにおいだ。変態じみてるみたいだけど、これにはクラッときてしまう。


 と、その瞬間、俺はさっきの『俺たちは長い離別を経て・・・』というフレーズが、画面に表示されていることに気づいた。


 ヤバイ!これは恥ずかしい!


 だがそう思うと、固まってしまって、余計にスクロールとかできない・・・すると有島は、何か感心したような顔になる。


「へえ~っ、すごーい!こういう表現方法するんだ~何か詩的でカッコイイ!さすが、北岡くん、いつも何か難しい本とか読んでいるだけあるね~すごい、すごいよ!」


 有島は本当に尊敬するような目で、俺を見た。

 そこまで言われると、本当に照れてしまう。だけど悪い気分じゃないどころか、けっこう嬉しいぞ。


「北岡くんなら、本当にプロになれるよ~これなら。うん、他の文章も読みやすくて、それでいて何か頭がよさそう、っていうのが伝わってくるよ~うらやましいな~私もこんなに書けたらなぁ~」

「そ、そうかな?ありがとう・・・」


 俺は照れくさくも自信に満ちて、ニヤニヤしてしまう。


「そうだ、飴食べる?今朝おばあちゃんから貰ったものだから渋いけど。」

 そう言って有島はポーチから、昔からある黒飴を二粒取り出した。俺はうながされるままにその二粒を受け取り、一粒口にした。


「お疲れさま、じゃあ、今度は金曜日だね。完成したら見せてね。」

 そう言って、有島は帰っていった。


「ぬふふふふっ・・・!」


 飴はすごく甘くて、うまかった。

 俺はもうウッキウキで、有頂天になって、鼻歌などが出てくる。


 さっきまでのうじうじは、どこかに吹き飛んでしまったのだ。金曜日、また彼女の賞賛を受けたいなぁ。よーし、はりきって、続きを書くぞー!


 俺の恋はドラマチックじゃないけど、物語の中よりもずいぶんと単純だった。


(終)

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俺の華麗なる物語と現実の恋のお話 森 翼 @serrowwe

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