第4話 立夏祭(4)

「珍しいな」

先客がいるとは思わなかった

あそこのベンチは僕の特に好きな場所なんだけどな

「んー、どこで見ようか」

唸っていると、どうやらその人が僕の存在に気づいたらしく

「おーい!!」

と続く花火の音に負けない大声で叫んだ

なんだ?暗闇で僕からは相手の顔が見えないのだが、その人は手を振りながらこっちこっちと手招きをしているように見える

女性の声なのだがどうも心当たりがない。僕に声をかけているのか、と疑問に思ったものの周りには僕以外誰もいない

すると女性はベンチを立って、こちらへ向かって歩いてきた

顔は暗くてまだ見えない

「ねぇ!なんでぼーっと立ってるのよ」

その女性らしき影はそう僕に叫ぶ

やはり、この声には全く心当たりがない。そしてその影は僕の目の前に来てこう言った

「もう!黙り込んじゃって!なんか言ったらどうなんですかー、くんっ」

そう言って僕を見上げる

僕には声も聞こえてるし、顔も見える

その声の持ち主が肩くらいまでの長さの髪をもち、長いまつげをもつ女性だとも分かった

ただ、僕は ———— 彼女を知らない

「えっと、君は…」

僕は忘れているだけなのかな、と少し考えただが、彼女が誰なのか分からない

戸惑っていると彼女が僕の腕を引いた

「何してるの、早く花火見よ!黙り込んじゃって今日の辰未おかしいよ?」

おかしいのは君じゃないのか?なんで僕を知ってる。なぜそんなに馴れ馴れしいんだ

君は誰だ?

そう率直に聞きたかったがとてもそんなことが聞ける状況でもない。なぜなら彼女は僕のことを知っている、らしいからだ

状況が理解できずにどうしたら良いか迷っていると僕の目の前に今日一日で一番の大きさであろう花火が突然開いた

そして数秒後、ダァーーーーンという爆音とともに花火の振動が体中をびりびりと伝わって来る

「辰未、今の大きかったね」

そう言った彼女の笑顔は沢山の花火の明かりによって照らし出され、初めて見る笑顔なのに僕はどこかで見たような、そんな気分になった

とはいえ彼女の名前も分からない。僕はなんとか名前だけでも上手く聞き出せないか試みることした

「なぁ、」

「何?」

「君は、その、なんで僕みたいなヤツと花火を見てくれたのかなって」

彼女は急にきょとんとして、

「なあに変なこと言ってるの?そんなの決まってるじゃない」

「?」

彼女は急に下を向き、ぼそっと呟いた

「…彼女なんだもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

K.T @Mattsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ