リメイク

小林華子

第1話 10年目の花束

夏は嫌い。

煩い蝉の声。

焼けるように熱いアスファルト。


白い箱型の車が走っていると、思わず目を反らして、体が震える。

目の前で飛び散った血液の赤と

飛んでいった体の破片を、泣きながら集めたあの日を鮮明に思い出す。


もう10年も前の出来事なのに、体は昨日のことのようにハッキリと覚えている。

ひまわりの花束を抱えて、浩介が可愛いよって照れながら言ってくれた白いワンピースを着て、1年に1度、命日の日だけこの場所に来ると決めていた。

電話の着信音がなる。

「どうしたの?」

「ごめん。仕事で1時間位遅れる。どっか店でも入って待っていて。」

1年に1度、必ず一緒に訪れる友達。

浩介の死の悲しみを、共に舐めあってきた。柊木誠から電話。

暑いし、1人でこの場所にいるのも不安だから、どこかお店に入ろう。そう思って振り返ると、そこには見知らぬ男が1人立っていた。古びて伸びたTシャツを着て、汗ダクで。でも小さな花束を持っていたので、少し気になって私は声をかける。

普段なら知らない人に話しかけることなんてないのに、なぜだか、話しかけたいという衝動に駆られた。

「浩介の知り合いですか?」

声をかけた瞬間、一瞬驚いたような表情をした彼は、私の言葉を無視して電信柱に花束を置くと、線香を一本持ち長い間、手を合わせていた。そうして1分位たっただろうか。男性はこちらを向くと深く頭を下げる。

「ええ。その・・・」

言葉が出ないという様な表情をしていたので、私は誠が来るまで供えるのを待とうと思ったひまわりの花束を電信柱に供えると、彼の横で同じように手を合わせた。

「私、浩介が居なければ、人とうまく付き合えなかったと思うんです。浩介がいたから今の自分がある。浩介が死んだ時、本当に苦しくて。自分までこの世から去ってしまったような気持ちになりました。」

私の言葉に彼は私の顔をマジマジと見つめた。

「とても良い人だったのですね。貴方にとって。」

「ええ。命の恩人です。浩介が私をかばって、ここで車に轢き殺された。」

思わず自分の瞳から涙がこぼれていることに気づいた。

「ごめんなさい。初対面の人の前で・・・。それでもここへ来るたびに何度も思うんです。私が死んでいたら良かったって。」

私は持っていたハンカチを出して自分の涙を拭くと、彼は

「貴方が生きていて良かったと思って下さる方も沢山います。あまり自分を責めるのは良くないと思いますよ。それに、あなたの涙、それだけ浩介君が良い人だったって解ります。」

「ありがとうございます。本当に良い人だった。クラスの中心にいるような人でした。馴染めなかった私の話をいつもちゃんと聞いてくれて。初めてできた大切な友達です。片思いだけど、私は彼のことがとても好きだったんです。」

好き・・・と言葉を発した瞬間、彼と目があった。彼が思わず視線を反らしたので、こちらも恥ずかしくなって、視線を反らしてしまった。

「お名前聞いてもいいですか?」

「相澤美波です。」

目の前の彼が一瞬、ぱっと目を見開いた。

「その、美波さんの怪我は、もう大丈夫なのですか?」

「傷は残してあるんです。本当は移植手術で消せるって何度も言われたんですけれど。傷を見るたびに思い出す。それだけで、浩介が生きていたって思えるから。自己満足です。周りの人は、消しなさい。忘れなさいばっかりですけど。」

私がこっくり落ち込んでいると、目の前の男性は、私の両肩に手をのせて、笑顔で。

「それが周りにとってとても悲しい思い出でも、美波さんにとって辛い思い出でも、忘れたくないこと。覚えておきたいことを決めるのは、あなた自身だと思います。」

その言葉を聞いた瞬間、私の瞳からはより大量の涙が溢れてきた。夏の暑さに蒸発されることもなく、キラキラと流れるその涙を目の前にいる男性は、まっすぐ見つめていた。彼は何を考えてこの涙を見ているのだろう。

「僕はこれで・・・」

頭を下げようとした男性の手を思わず握ってしまった。

「貴方と浩介の思い出とか、聞きたいです。今度、お食事とかどうですか?」

誘った時、自分でも驚いた。浩介が死んだこの場所で、初対面の男性に。逆ナンのようなことをしてしまった。でもこれは、浩介がくれた一つの出会いなのかもしれない。

どうしても気になった。もう一度会いたい・・・これで終わらせちゃいけない。そんな衝動が胸を掻きむしる。

「その・・・わかりました。」

男性は少し困ったような顔をすると、小さなメモに電話番号を書いてくれた。

「あの・・・名前は?」

私の言葉に少しだけ気まずそうな顔をすると、

「和希です。ごめんなさい。仕事があるんで、これで。」

そういうと、足早に駅の方へ向かって歩いていった。私はその背中を見送ると、誠を待つために近くの喫茶店に入る。アイスティーを頼んで、それが出てくる頃には、急いできてくれたのが解る汗だくで息切れした誠が目の前に現れた。

「お待たせ。ごめん。美波、そのアイスティー。」

頂戴と言う前に差し出すと、あっという間に飲み干し、メニューを持ってきた店員の方に、再度アイスティーと自分のアイスコーヒーを注文して座った。

「ごめん。花束。もう供えちゃった。浩介の過去の知り合いって方に丁度会ってしまって。話の流れでつい。」

「いいよ。花を供えにきているわけじゃないから。ここには。」

そうして浩介が死んだ場所あたりを見つめる。

「何年たっても、忘れられないし、浩介の無念だけが、心に響く。」

誠はそう言うと美波に小さな箱を差し出した。美波はその小さな箱を、開けもせずそのまま押し返す。

「それも年に一度の恒例行事ね。誠。」

中に入っているそれは、1年に1度みるので、美波には見慣れた光景だった。その小さな箱の中には綺麗な婚約指輪が入っていた。1年に1度、この場所で結婚してほしいと誠が言うのが、なんだか流れになっていた。

「もてるんだから。いい加減、彼女作ったらどう?」

「美波こそ。入社して先輩に告白されたんだろ。」

「・・・なんで知ってるのよ。」

「好きだから。」

誠は満面の笑顔だった。隠し事ができない位、誠は自分のことを良く見てくれているし、知ってくれていると思う。結局学生時代、誠以上の親友なんてできなかった。1年に一度結婚してくれ。日常的に好きだ。付き合って。ずっと伝え続けられる言葉。だけど、その言葉は浩介の死の後からだって美波はきちんと解っていた。

2人で分け合った浩介の死の苦しみ。浩介の両親が教えてくれた浩介の日記の中に『美波が好き』と書いてあったのを見て、誠の中で『美波を守るのは浩介への弔い』と置き換えられてのことだって分かっている。そんな思いで、ずっと誰とも付き合わずにいてくれることに少し罪悪感すら感じていた。

「ありがとう。」

でも、美波は誠の『浩介の大切なものを守りたい』が『浩介を守れなかった自分の心を守っている』行為だと言うことも重々に解っていた。誠も浩介にとって大切な友達だった。その特別な気持ちは、同じように日記の中に書かれていた。だからこそ、美波は、決して突き放すこともなく、一方的な好きを受け入れず、断らないままでいるのだ。

「行く?もう一度。」

「うん。お線香はまだ上げてないの。誠と一緒にって思ったから。」

「そっか。」

そう言うと、伝票を持って、レジへ向かっていった。お金を払おうとすると、笑いながら女の子に払ってもらうほど貧乏していませんと突き返され、美波は素直に「ごちそうさま」と伝えると、誠の後ろをついていくようにあの電柱へ向かった。

「ひまわりは美波?」

ついてすぐ、花を見て誠が言うので

「そうよ。毎年ひまわりでしょ?どうして。」

「いや・・・この花。」

指差した花はさっき、浩介の知り合いという男性が持ってきた花だった。

「ああ。それ、さっきここであった人が置いていったの。」

「そう・・・」

「どうしたの?何か気になるの?」

私の言葉に少し言葉につまったような表情をすると、

「季節はずれの花だから。カンパニュラって言うんだ。この花。」

「誠って、頭良いのは知っていたけど、花の名前まで詳しいのね。」

「天才だからな。」

誠は笑顔だった。瞬間記憶能力。一度見たものは決して忘れられない。それが小学生の頃から誠を苦しめてきた。頭が良すぎて、忘れられなくて、人と仲良くなれなかった誠に、嘘偽りなく、矛盾無く付き合った唯一の友達が浩介だった。

「そのカンパニュラが気になるのはなんでか聞いてもいい?」

「花言葉は『ごめんなさい』なんだよ。こんなところに供える花としては意味深だろ。」

「・・・・本当ね。あの人、浩介とどんな関係だったんだろう。」

「ああ。美波は会ったって言ってたね。どんな人だった?」

どんな人・・・そう聞かれて胸が少し締め付けられるような気持ちになった。何となく、連絡先を貰ったというのは、誠には言いづらかった。

「優しそうな男の人だったよ。」

「まぁ、浩介なら、いろんな人に声かけてそうだな。すぐに捨て猫とか拾って帰るタイプだし。俺も、美波も、そういう意味では拾われてるからな。」

「私捨て猫なの?」

「俺も、美波も迷い猫だろ。」

「迷い猫・・か。なんだかしっくりきちゃった。」

笑顔で見合わせる。

「10年も立つんだな。あの日から・・・」

「そうね。早かったね。10年。」

「まだ、あの日浩介と約束したこと果たせてない。美波を守る。必ず復讐する。」

復讐・・・・その言葉に美波は胸を締め付けられた。

「まだ、考えてるの?」

「ああ。俺が生きている理由は、美波を守ることと、浩介の仇をとること。それだけだ。それ以外この世界に生きる価値なんてないよ。」

真っ直ぐだった。

「誠。」

誠はそう言うと、両手を強く握りその場所で立ち尽くした。

「5年・・・浩介の命の償いに出された懲役。5年だぞ。許されるわけがない。人を殺して、5年ではいどうぞだ。未成年だったからって名前も出ず、顔も晒されず、犯罪者なのに世間に守られて。許されるわけない。」

涙だ。

「法律が許しても、俺は絶対許せない。あいつは、もう自由なんだ。浩介の未来全てを奪ったくせに、もう自由なんだ。」

誠の涙に背中から私はそっと抱きつく。

そう・・・あの日のことを何度だって思い出す。

誠の握りしめられた拳の中にある10年間分の忘れられなかった悔しさを・・・。


浩介の命の価値が 懲役5年と判断されたあの日を・・・

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