2.

「はわ、わ……? どうして?」

「駆人くんなら体育倉庫にいるよ」


 校門で出会った梅子にそう言ったときの反応は、それはそれは面白いショーだった。疑い、後悔、悲しみ、怒り、あきらめ……ものすごくたくさんの感情が、早回しのように一瞬で顔の上を通り過ぎていくのを、わたしは見た。


「あんた……あんたはいっつもそうだ」


 食いしばった彼女の口から、涙で裏返りかけた声が押し出される。


「お弁当をなくしたときもッ! 男子にからかわれてるときもッ! 犬に追いかけられたときもッ! いっつもわたしをダシにして、面倒見させて、それで美味しいところばっかり、全部、自分が持っていって! 


 あたしが男子から番長って呼ばれて喜んでるとでも思った?

 姉御肌だって面倒ぜんぶ押し付けられるの、喜んでるとでも思った? 


 いい加減にしてよ。

 どこまであたしの幸せ奪ったら気が済むのよッ!」



 へえ。



 そんなふうに思われてたんだ。

 きっと少し前の自分なら、けっこうショックを受けてたんだろうな。


 だけどいま、なんとも思わない。

 あれだけ頼れて強そうに見えた彼女の姿が、なんだか今は小さく見える。

 涙でくしゃくしゃになった顔。

 不細工な女。


「早く行ってあげなよ」


 わたしは言ってやった。


「いまなら、まだやり直せるかもしれないよ?」


 きっと彼、いま傷ついてると思うから。

 負け犬どうし、お似合いなんじゃない?


 泣きじゃくる彼女を置いて、わたしは校門を出る。きっと彼女と友達に戻ることは、もうないだろう。クラスの女子から嫌われるかも。


 でもいい。

 別にいい。

 そんなこと、どうだっていい。


 心地良い夜風を浴びながら、わたしは愛美先生に言われたことを思い出す。






 ――いい、三栗山さん。選ぶのはね、あなたたちなのよ。男は勝手だから、自分の遺伝子を好き勝手ばらまくことしか考えてないから、政府は人口抑制期のいま、交配の主導権をわたしたち女性に託したの。

 授業でも言ったでしょ?


 


 三栗山さん。あなたは正しい。あなたがどうしても好きでたまらない人は、きっとあなたにとって、必要な遺伝子を持ってる人なの。だからその気持ちに嘘をついちゃ絶対にダメ。交配は競争なのよ。いい男なんて、ぐずぐずしてるうちにどんどん取られちゃうんだから。あなたはそれでいいの?


 三栗山さん。あなたは特別なの。


 あなたの黒いダイスは、予定されている第四次ベビーブームに必要な遺伝子を持つ母体として、政府に認められたしるしなの。


 あなたは次世代の遺伝子プールを担っているのよ。


 だから、競いなさい。

 あなたが必要だと思う男の遺伝子を手に入れなさい。

 きっとあなたも、心のどこかでそれを望んでいる。


 だから、ね? ――





 先生の言ったこと、いまならわかる。


 駆人くんのダイスが、わたしのなかでパズルのピースのようにぴったりはまって、まるで別人になったような活力をわたしにくれる。泣きはらした目も、ストレスで荒れ放題だった肌も、きっといまは絶好調だ。


 頭の中に浮かぶのは男の顔。佐々木はもちろんアウト。二宮くんはまあ合格。だけど、うちの学年の男じゃ正直もうぜんぜん物足りない。先輩ならどうだろう? 学校外の人は? そんなあれこれを考えるたび、心がふわふわ軽くなるのがわかる。


 全身が叫んでる。

 もっといい男を探せって。

 その衝動に身を任せるのが、いまはとっても心地がいい。


 わたしは歩く。

 星空を見上げて。

 あの輝く金星のように、ひときわ眩しい運命の出会いを夢見て。

 



 

 世界のどこかにきっといる、王子様たちに出会うまで――




 まだまだ、

 わたしのダイスは満たされない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイノメガールは、満たされないっ! 維嶋津 @Shin_Ishima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ