◇あの子の心は、満たされないっ!

1.

「あ……えっと、ごめん」


 彼が手を離すと、わたしは立ち上がった。スカートのお尻や、髪の毛についたほこりを手で払う。


「おっ、俺がやるよ」

「別にいい」


 そのまま倉庫の入り口に向かい、扉に手をかける。


「三栗山!」


 呼びかける声に、わたしは振り返った。


 ひとりの男の子がいた。


 そこに元々あった何かを惜しむように、胸に手をあてて、

 捨てられた子犬みたいな目をした、



 弱っちくて、


 器がちっちゃくて、


 マザコンの男の子。



「……こっ、これから、その、よろしく……な?」


 不安を隠しきれない虚勢を、わたしは鼻で笑う。

 薄々、気付いてるくせに。


 あー……なんでこんな奴が好きだったんだろ? 交配するまではあんなにキラキラして見えた彼の顔も、いまはただ、不健康でいじけたチビにしか見えない。


 まあ、いっか。

 最後にサービスしてあげる。


 わたしは彼に笑顔を向ける。これから毎晩、もしかしたら一生夢に見続けるかもしれない、とびっきりキュートでコケティッシュな、最高のスマイルを。


「ありがとう。……とっても、よかったよ」


 それからわたしは倉庫を出て、ずんずん、どんどん歩いていく。

 振り返りもせずに。

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