第十九話 可愛い子は家に留めろ、引き籠もりには旅をさせろ。

「あっちぃ~~~。」


 俺が入院している間に学校は夏休みへと突入し、今は夏真っ盛りとなっている。空から無慈悲に降り注ぐ太陽の熱線が、俺のやる気を空気中へと蒸発させていってしまう。

 しかし本当に暑いな……。どれくらい暑いかって言うと本当に暑い。あぁ、もうあかんわこれ。あっついあっつい。


「あっつ~。あ~あ、あっついわ~。

 これはあかんわ、あ~……


 あっっっつーーー!」


「さっきからあっついあっついうるさいんですが!

 もう少しで目的地に着きますから静かにしててください! こっちまで暑くなるじゃないですか!!」


「ア、ハイ。」


 怒られた……。俺は口を塞ぎながらトボトボとヒサメの後ろを付いていく。

 だが俺がこんだけ苦しむのも仕方のないことに思える。毎日クーラーのきいた部屋でごろごろしてた俺にこの暑さは中々の苦行なのだ。


 ちなみに俺は事件の被害者という事をブイブイ言わせ学、2週間も引き籠っていたエリート自宅警備員なのだが、俺が引き籠もっている間に周りでは色々なことが起きていたらしい。


 まず俺が桃子ちゃんを助けようとした時に、桃子ちゃんの事を見捨てようとした中年太りの油ギッシュクソ教師を覚えているだろうか。

 そいつは馬場英次という名前で、生徒からはそんなに評判の良くないそこら辺にいそうな中年教師だ。


 俺も今になって冷静に考えれば、確かに教師陣の決定を無視して一人で行動をしたのはよくなかったと思う。だがこの話にはなんと裏があったのだ。

 実はあの時桃子ちゃんを見捨てようとしたのは教師陣の決定ではなく、自分の命可愛さに馬場英次が勝手に一人で決めた独断であり、俺が体育館を出た後鍵を気付かれぬようこっそり掛けたのもそいつの仕業だったというのだ。


 その後俺の母さんが死んだ後も知らん振りをかましていたそうだが、俺の後を追っていた翔が馬場が鍵を閉める所を見ていたのでその件が露呈したらしい。

 しかも翔がその事実を知った時かなり激昂したらしく、学校側も世間体の事を考えてその教師を退職させたらしい。ざまーみろ。


 まぁこの話はどうでもいいことなのだ。それよりも大変なことが起こってしまった。

 桃子ちゃんの告白が嘘だったという事? 違う。

 俺この件に関しては大分引きずってやるからな。


 とてつもない重要事項っていうのは警察が吸血鬼に対する取り締まりをしなくなったという事だ。

 普通ならそんな事をすれば民衆やメディアから大いに叩かれることだろう。

 だがそんな事も起こらない。何故か、理由は簡単だ。

 ヒサメ曰くこのゲームの主催者とやらが警察は吸血鬼に対する取り締まりはしないという事を街中の人間の頭に常識として刷り込んだそうだ。


 なんでもありだな……。


 俺達はプレイヤーだから強制イベントとか以外では主催者からの影響は受けないらしいが、警察を無力化されたのは正直相当な痛手だ。

 吸血鬼に負けそうになったら助けてポリスメンでもしようと思っていたというのに。これでは警察に銃撃戦で吸血鬼を殲滅してもらうという俺の計画が破綻してしまう。

 これからどう動けばいいか一から考え直しだ。


 俺がそんな事を考えながら歩いているとヒサメが歩みを止めた。どうやら目的地に着いたようだ。


「さぁ着きましたよ。ここが駅から徒歩28分、陸人さんの家から徒歩32分の場所にある、ゲームのプレイヤーのみが利用できる飲食店、喫茶インスタントです。」


「いや、立地の悪さとネーミングセンス……まぁいいや、それじゃあ中に入るか。」


 陸人はなにやら嫌な予感を感じながらも喫茶インスタントの扉を開いた。

 木で出来た風流な扉を開くと建物の中は木造をメインとした洒落た空間となっていた。今風で言うインスタ映えしそうな店だ。

 ちなみに俺はインスタとかしてる奴は嫌いだ。あんなん自分のステータスを主張したいだけだろ……という嫉妬をしている。


 俺が立ち止まって店内を眺めていると足元から声が聞こえてきた。視線を下に移すとそこには美しい金色の髪を両側で結っている7歳くらいの可愛らしい少女が立っていた。瞳は青く外国人のようだ。


「いらっしゃいませ! とおいところからわざわざきていただきありがとーございます!

 おつかれでしょうからこちらのみずをおのみください!」


 そう言うと少女は持っていたトレイを腕をいっぱいに伸ばして俺達の前へと差し出した。俺はその少女を見て思わずニヤけてしまう。


 まだ小さいのに頑張って接客してて可愛いなぁ。お兄さん一瞬ろくでもないお店かと思っちゃったよ、ごめんね~。

 俺は少女の働きぶりに感心し、トレイの上にあった二つのコップのうちの片方を受け取り水を飲んだ。


 あぁ、炎天下の灼熱でカラカラになった喉が癒されて……


「ブーーーーーーー!!!!」


「ちょ、どうしたんですか陸人さん?! 新手の発作ですか!」


 俺は飲んでいた水を一気に吐き出した。


「いや、ちが、ゴホッゴホッ。

 この水、めっちゃ辛くて、ゴホッゴホッ」


 俺の苦しんでいる様子を見て水を差し出した少女がケラケラと笑っている。信じたくはないが今のはこの少女による悪質な悪戯だったようだ。

 その様子を見ていた喫茶店のマスターらしき人物が奥から慌ててやってきた。

 刈り上げの金髪に少し髭を生やした紳士風のおっさんである。


「うちの娘がすみません! いつも注意しているのですが私の目を盗んでは悪戯をしているようでして……。」


 俺はゲホゲホと咳き込みながら


「いや娘さんの事くらいちゃんと見とけよ!」


 と言うと店主は頭をペコペコ下げながら俺に謝罪の弁を述べ続けた。


「本当に申し訳ありません!

 何かお口直しのお飲み物を用意しますので、なにかリクエストはありますでしょうか?」


「え!いいの?」


 途端に陸人はご満悦な顔になった。簡単な男である。


「それじゃあコーヒーでお願いしまぁす。」


 俺がルンルンと言うと店主は慌ててカウンターへと走っていった。

 俺はそれを目で追っていき、カウンター辺りでまたおかしな物を見つける。


「いや、カウンターに家庭用ポット何台置いてんだよ!

 インスタントを誇んな!」


 一発目からこんな癖の強い店とか……この先不安しかないんだが。

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