最強でニューゲーム~荒廃した星に降臨する魔王~
鬼怒川鬼々
プロローグ
世界は邪悪な王。通称“魔王”と呼ばれる一人の男に支配されている。
男、
彼は快楽主義者。“自分が楽しければいい”という快楽主義者に他ならない。
彼は追求者。何時も娯楽を追求する。ただただ、娯楽を求めている。
彼は冷徹残忍。常識を逸した冷酷無比な存在。自分が楽しむためなら犠牲を厭わない。
彼は狂人。他者の痛みは当然、自らの痛覚さえも麻痺し、何をしても何をされても痛みを感じない。
彼は強者。真の強者。万能なる魔法を駆使し、圧倒的なチカラ“権能”をも駆使する。
彼は最強。天界、下界、魔界。全世界の軍を一人で虐殺した、慢心無き最強。
彼は不死。心臓を貫かれても脳を焼かれても死なぬ、正真正銘の不死身。
彼は純粋。チカラが全てだと疑わず、チカラが正義だと疑わない。
彼は貪欲。欲しいモノは全て手に入れなければ気が済まない欲の塊。
彼は悪鬼羅刹。殺人、拷問、強盗、あらゆる非人道的行為にも罪意識を抱かない。
彼は世界。世界は彼。彼は自分中心に全てが廻っていると信じて疑わない。
彼は天才にして天災。天より数多の才を授かり、天才をして天災を呼び起こす。
彼は神出鬼没。気配なく現れ、気配なく消え去る。幽霊の如き存在。
彼は闇。善も悪も、光も闇も。一切の抵抗を許さず、全てを呑み込む深き闇。
「これが“世界ヲ渡ル業”」
視界に映る壁画と石板を見て静夜は心を奮わせる。
壁画に刻まれるは巨大な魔法陣。石板に走るは古代文字の羅列。
ソレは超古代文明の遺産。禁忌魔術と畏怖の念を抱かれる代物。
「新しい娯楽への扉。ゾクゾクするなぁ」
静夜は嗤う。薄暗い遺跡の中で魔王に相応しい不気味な笑みを湛える。
「愉快。最高に愉快だ」
心が。魂が奮え血が沸騰し、これ以上ない昂揚感が全身に迸る。
思考が冴え渡り何でもできるような感覚。実に心地がよい感覚だ。
一体異世界に何が待っているのか。それを考えるだけで感情が昂って仕方がない。
「クックック、あぁ、わかる。テメェは本物だ」
魔法陣が醸し出す異様な気配に、微かな魔力の流れ。今までの無駄足とは違う。数多ある偽物とは違う。紛れもなく本物。正真正銘“世界ヲ渡ル業”だ。
欄外静夜は不気味な笑みを湛えたまま独白する。
「始まりの終わり。終わりの始まり。始まりは終わりにして、終わりは始まり」
終幕と開幕は二つで一つ。一つで二つ。
さぁ始めよう、と静夜は無造作に右手を壁画へと向け、
「我、汝に命を下す」
途端、右手のひらから眩い光が溢れ出し、魔法陣へと吸い込まれていく。
静夜はその現象を視認すると、満足そうに頷き目を閉じた。そして全神経を集中させ、詠唱を始める。
「我望む。別世界。汝のチカラ用いて、世界繋ぎ合わせ道開き、我の命に従い絶望世界に一光を射し示せ」
瞬間、轟! と幾分か魔力を供給された魔法陣が、唸りを上げ動き出す。
魔法陣は轟々! 凄まじい音を奏でながら猛速度で廻りだし、何度か回転した後、立体映像のように宙へ浮かび上がった。
静夜は目を開き、浮かび上がった淡く輝く魔法陣を眺めつつ狂喜の笑顔を浮かべ、不気味な言葉を並べ立てる。
「終わり無き夜は訪れず。しかし同時に終わり無き朝は訪れぬ」
終わり無き夜が一生訪れぬように、終わり無き朝は一生訪れず。
必ず夜は明け朝となり。必ず朝日は沈み夜となる。
「我消える時光昇り。我消える時闇昇ろう。光は後に闇を喰い尽くし。闇は後に光を喰い尽くす。闇討ち滅ぼし栄光が歴史に刻まれ。光討ち滅ぼし暗黒が歴史に刻まれよう……さぁ終幕にして開幕だ」
転瞬、静夜の独白に応えるが如く魔法陣が弾け、光が世界を染め上げた。
そして光が晴れた時にはもう、静夜の姿も魔法陣の姿形もそこにはなく。
彼、欄外静夜。人々を恐怖の渦中へ追いやった魔王は別の世界へと旅立った。
★★☆★★
光の消失と共に姿を消した静夜は摩訶不思議な空間を駆け抜けていた。
何処までも伸びる一直線な空間。グングン身体が前へ前へと引き寄せられる。
(ワクワクするなぁ)
狂気に満ち満ちた表情。他人が見れば腰が引け恐怖を募らせる、そういった表情。
静夜は幾年ぶりに確かな感情の昂りを感じていた。胸が踊る。心の奥底。魂に火が灯る。
久々だ。何時以来だろうか、ここまでワクワクするのは。
(あぁ、そうだ。この魂が奮える感覚。世界に喧嘩を売った時と同じ昂り方だ)
魂から愉悦し、これから起こる事象に胸を踊らせる。楽しくて楽しくて仕方ない。
摩訶不思議な空間を駆ける。駆け続ける。止まらない。新しい玩具を与えられた子供が、遊びを止めなくなるのと同じで、止まるはずない。
(ん?)
ミシミシと。不意に軋む音が耳に届いた。一体何が軋んでいるのかと思えば、なんのことはない。軋んでいたのは自身の身体だった。骨が、血管が、内臓が、脳が。身体全体が悲鳴を上げ始める。
常人ならば意識を手放してもおかしくない激痛。もしかしたらこれが、世界を移動していることの表れなのかもしれない。世界を移動する、そんな無茶苦茶な事をすれば、身体に負荷がかかるのは当然か。
だが、そんな激痛を一身に受けて尚、静夜はその顔に笑みを湛えていた。カチャカチャ音を鳴らす、腰に提げられた一振りの刀が気にならないほど血管が脈動を始め、心臓が早鐘を打ち、脳内物質が異常なほど溢れ、興奮状態に陥る。
(……あぁ、ゾクゾクする)
途轍もなく心地がよい。苦痛ではない、これは快感。他者が聞けば、有り得ないと一蹴間違いなしの感情だ。
そう、普通ならば。激痛を受けている状況では到底抱かぬ感情。
しかし、静夜は普通ではない。彼からすれば迸る激痛は苦痛に非ず。他者が苦痛に表情歪める激痛は、愉悦に表情歪ませる快感。感情を昂らせる香味料でしかない。
(……)
ーー静夜が物心ついて最初に教わったのは世界の理だった。
曰く、世界は悪意に満ちている。善意などは所詮幻想の賜物。
曰く、強者と弱者は一生交わることのない、相見えない存在。
曰く、真の善悪など存在せず、善悪はチカラの前に逆転する。
あまりにも慈悲無き話だが……それは覆りようのない事実。世界の
親父はそれを踏まえたうえで誰かを愛することを教えた。掛け替えのない存在を作る大切さを説いたが……。
静夜は二十二年の時を得てそのことを実感した。生物とは矛盾に満ちた醜い物だということを。特に人類はそれが顕著であり、何度も同じ愚行を繰り返していることを。
確かにそれらは生まれ出て。物心ついた時から幾重にも言われ続けてきたことだったが、やはり聞くのと体感するのとでは天と地ほどの差がある。
安穏とした平和な日々を過ごす大多数の者は知らないだろう。正義を語る者が、命は平等だと叫ぶ者が、平和を唱える者が、綺麗事を吐き捨てる者が、普段偉ぶってる者が、日常的に粋がっている者が絶望的状況に陥った時に取る行動がどれ程醜くいものかを。
だが、静夜は何度も目の当たりにしてきた。魔王と恐れられる前も後も。それは幻想という微温湯に浸かって満足している人間には到底想像できないほど醜いもの。
……さて、ここで一つ問題だ。静夜は醜いモノを見た時、一体どんな反応をするのだろうか。
あまりの醜さに落胆し吐き気を催すか?
確かにそれもあるが静夜は違う。
それでは軽蔑し思い浮かぶ限りの罵詈雑言を浴びせるか?
人によってはそれもあるが、やはり静夜には当てはまらない。
なら、静夜はどうするか。簡単だ。
(ホント、アレは傑作だった)
静夜はそういったとき、心底愉悦を覚え嘲笑う。
人は常に偽善という名の皮を被り続けている。本性を虚像で隠し、日々を生き続けている。しかし、本性とは隠そうと思って隠し通せるものではない。何れ皮は剥がれ落ち本性が曝け出る。その瞬間こそ、最高に傑作。
長年かけて築き上げてきたモノが、線香花火の如く一瞬で崩れ落ちる様は美味。何にも勝る最上級の傑作に他ならず……他人の不幸は蜜の味とは全く以ってその通りだと痛感する。人の心に巣食う闇以上に美味いモノはないと断言できる。
「思い出しただけで、全身に熱が迸る」
狂気で狂喜。呟く静夜の瞳は酷く歪に揺れていた。
欄外静夜が魔王と呼ばれていたのは何も腕っ節が強いからだけではない。腕っ節以上に歪んだ性格が魔王と呼ばれる所以。静夜は稀に見る嗜虐心の持ち主でありサディストなのだ。
彼は何も世界を支配したかったわけではない。単純な話、彼が望んでたのは快楽だ。全ての人間の心を完膚なきまで叩き壊し、感情を丸裸に曝け出し、絶望に歪む表情を見て楽しむ。
たったそれだけ。間違ってもどこぞの物語に出てくる魔王のように、世界を支配し自分の思うままに世界を動かしたかったわけではない。彼が動かしていたのは人の心に他ならない。
(……ん?)
と、突如視界に光が飛び込んだ。薄い、光だ。
暗闇をうっすらと照らすぼんやりとした捨て置いて問題ない煌めきはしかし、徐々にその輝きを増して行き……光が視界を白一色に染め上げたと同時。
静夜は、抜けた。
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