第4話 遭遇
「ォォォ」
呻き声のようなものを発しながら赤眼鬼が鉄塊を持ち上げた。
鉄塊に付着していた血肉が地面に広がる赤黒い染みに滴り落ちる。
「え……? 嘘、嘘、です、よね……?」
弥恵は呆然と呟きながら、ふらふらとした覚束ない足取りでそれに近づく。
赤眼鬼がいることなどお構いなしに。歩みを進め、たどり着く。
「嘘、嘘、嘘、嘘です。こんなの、嘘」
木端微塵に粉砕された骨。潰れた肉。血に染まった毛の数々。
最早五眼獣の物と混ざり合い、どれがどれだかわからないその見るも無惨な残骸の前で弥恵は
「嘘、嘘です。嘘ですよ、嘘」
ぶつぶつ呟きながら焦点の定まっていない眼差しを向ける弥恵。
こんな世界で生きている以上、人の死を目の当たりにすることなんて珍しいことではない。実際、弥恵だって何度も人の死に直面してきた。
だが、それでも。例え幾度も人の死に際に遭遇してようと。それらは結局は他人で。見知らぬ者の死なんてものは思いの外、平気なもので。
「初めて合った時、言ってくれましたよね。生きようって」
しかし、この世界でたった一人友人と呼べる間柄の親しき者が、それも自分のことを庇って絶命したというのは、ダメだ。完全にアウトだ。
いくら過酷な環境で鍛え上げられているといっても、唯一無二の親友が目の前で亡くなってなお、冷静でいられる精神力は持ち合わせていないのだ。
「なのに、なんで……。なんで、こんな……」
故に。まるで己の半身が引き裂かれたような、途方もない衝撃を受け、弥恵の心はあたかも小枝が折れるように簡単にへし折れた。
▲▽★△▼
「嘘です、嘘。嘘ですよ、こんなの」
「ォォォ」
「……」
幼女は無感情に赤眼鬼が鉄塊を振り上げるのを眺める。
今の弥恵の心はここにはない。
彼女は完全に現実から目を背けてしまっている。
「嘘に決まってます。だって私と共に生きるって」
だからこそ、弥恵は気づけない。
否。気づける状態にないのだから、気づけるわけがない。
己の頭の上で凶器が持ち上げられても、何度も何度も同じことを繰り返すだけでそれ以上の反応は見せない。
憎悪を振り撒く幼女がそれをじっと眺めるなかで、鉄塊は振り下ろされる。まるで先程の場面を再現するように。
「なんか思ってたのと違うんだけど。なんだ、この状況」
だが、鉄塊が先のようになにかを破壊することはない。
そんな場にそぐわない呆れた声と共に、鉄塊は赤眼鬼ごと停止する。
幼女はまるで石像のように微動だにしなくなった赤眼鬼から目を離し、突然の来訪者へ憎悪に満ちた瞳を向ける。
「つぅか、どんな因果だよ。異世界に過去に葬った奴と酷似する存在がいるとか。まぁアイツは霧状だったが……」
ふわりと地面に降り立つ黒髪を風に靡かせる、大層目付きの鋭い悪人面の男。
その男の姿を視認するな否や、即座に幼女は地を蹴り飛ばす。
根拠はないが、幼女は理解したのだ。眼前の人間は普通ではないと。
最早、一陣の疾風。幼女は亜音速で一気に距離を詰め、拳を突き出す。
「因みにアイツは物理攻撃が一切効かなかったが、お前はどうなんだ?」
刹那、幼女は全身に不可視の力を受け、地面を砕きながらその場にめり込んだ。
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