第5話 憎悪の化身

(……)


 黒髪の目付きの鋭い悪人面の男、静夜は足元で倒れ伏す幼女を無言で見下ろす。

 全身に力を入れ立ち上がろうとするも、中々立ち上がれぬ幼女を。


(……アイツが言ってたこと本当だったのかねぇこれは)


 幼女を見つめながら過去に潰した生命体のことを想起する。

 天界・下界・魔界、全世界に広がり人類を大虐殺した、意思ある霧のことを。そしてその生命体が最後に残した言葉を。


(確か『人類が悔い改めない限り。憎悪を向けられる限り、我のような存在は何度でも発生する』だったか? 当時はあんまり気にしなかったが、こいつ見る限りどうやら本当のことである可能性が高いな)


 静夜は思考を断ち切り、再び足元の幼女へ意識を向ける。

 霧状でこそないが、幼女から放出される負の瘴気は自らを憎悪の化身と称した生命体と確かに酷似していた。それこそ同族だと言えるほどに。


(つぅかどうすっかな。この状況。十中八九誰か死んだんだよな、あれ)


 地面を砕き、少しずつより深く沈んでいく幼女から視線を移動させる。

 目を向けた先には、へたりこんでぶつぶつなにかを呟いてる一人の女。

 そして、その女の前に広がる赤黒い液体の海と潰れた肉。

 誰がどう見ても誰かが亡くなっているのは明瞭である。


「フザ、ケルナ」


「ん?」


「ドイツモコイツモジャマシヤガッテ。フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ! ドイツモコイツモジャマシヤガッテェェェッ!!」


 激昂。空間を震わせるような怒りの声。

 途端、その激情に呼応するように幼女から今まで以上の高濃度の瘴気が噴出し、勢いよく吹き出た瘴気は一瞬で周囲を覆い尽くす。


「ニンゲンハコロス。ミナゴロシニスル。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


「ふぅん。やっぱりお前も人類を目の敵にしてるのか」


 瘴気のなか、幼女は全身を軋ませながらゆらりと立ち上がる。

 その動きは見る者によっては酷く不気味で歪なものであるが、しかし静夜はその動作よりも幼女の口から溢れだす人間に対する憎悪にこそ注目する。


(マジでアイツと同類……いや。同じ存在なんだな)


 気配から思想まで、本当に同じである。

 この分だと恐らく行動原理や信念などもあれと同じなのだろう。

 人類抹殺こそが存在意義であり、生まれでた理由であると言ってたあれと。


(本当、人類はどこでも怨まれる運命にあるんだな)


 こんな存在が生まれるまでの憎悪を向けられる人類の優秀さを感涙すればいいのか、どこの世界でも取り返しのつかない場所まで突き進む人類のバカさ加減を呆れればいいのか。難しいところである。


「ま、とりあえず死んどけ」


 一振りの刀を魔法で造り出して躊躇いなく一閃する。慈悲はない。

 太陽光を反射し怪しく輝く刀身は滑るように空間を走り、幼女の首へと迫る。刃は人が考えるより遥かに丈夫な肌を易々と裂き、そのまま肉を切り骨を断ち、反対側へと抜ける。


「……不死者もびっくりな再生能力だな」


 手応えはあった。刀身に付着した血液は明瞭に生物を切り裂いたことを証明している。

 だが、しかし。それでも幼女の首は切断されなかった。

 静夜はしかとその目で見ていた。切った端から。それこそ突き進む刀を追いかけるように傷口が再生したのを。


「シネ」


 と、静夜が幼女の再生能力に素直に感嘆していると、不意に幼女が手を伸ばした。先程のような握り拳ではない。完全に開ききった手を。

 幼女の細い指が触れる。指先が触れただけのそれはまるで攻撃には見えないが、しかし。指先が触れるなり静夜は破裂し、血肉を撒き散らした。

 からん、と地に落ちた刀が音を鳴らす。


「……オマエコソナンダ。ナンナンダ、オマエハァ!」


 だが、次の瞬間にはまるで逆再生のように飛び散った血肉が元の位置まで逆戻りして纏まり、静夜は元の姿を取り戻す。

 そのこの世の人類では絶対に起こせない超常の現象に幼女は憤激して吼える。が、そんな肌がひりつくような激烈な怒気を向けられても、静夜は涼やかな表情で言ってのける。


「なんだって言われてもな。気に入らない連中を虐殺して天界・下界・魔界を震撼させた、異世界から来た魔王様だぜ」


「マオウ、ダト……? フザケルナ。ソンナモノガコノセカイニイルワケナイダロ! ソウカソウイウコトカ! カミニオクリコマレタノカ!」


(神……? 随分懐かしい単語が出てきたな)


 神。そう呼ばれていた存在を静夜は奇しくも知っていた。

 遥か古より生き、天界を統括していた最高位の実力と権威を保持していた五人組……それが静夜の知る神という存在である。


(ま、といっても、こいつの言う神はまた別物なんだろうけどな)


 天地を創造しただの世界を支配しているだの。世間では色々逸話が語られていて、名を呼ぶことすら畏れ多い存在として認知されていたりもしたが、静夜はそれらがただの作り話であることを知っている。

 確かにあの五人はそれまでの相手と比べれば手強い相手で、あれらに比肩できる実力者は魔界を支配していた魔王軍の精選された幹部四人ぐらいであるが……それでも異世界に人を飛ばせるような連中ではなかった。


(神、興味深いな。できれば会ってみたいところだが……)


「フザケルナフザケルナァ! ドコマデモジャマシヤガッテェ!」


「とりあえず、うるせぇから死ね」


 静夜は腰に提げられた一振りの刀を抜刀する。

 それは一見しただけでおかしい形状していた。

 それには本来あるはずの、鍔より先の部分が。すなわち刃物において一番重要な部位である刀身が無いのである。


 だがそれは別にこの刀が欠陥品であるからではない。ただ単に刃が視認できないというだけだ。


 そしてその不可視の刀は発狂する幼女へ向かって突き進む。

 しかしそれが危険な代物であることを本能的に感じ取ったのだろう。

 幼女は咄嗟に後方へと飛び退く。


「ふぅん。いい直感してんな」


「……ナンダ、ナンダソノカタナハ。ドウシテコンナニモイヤナケハイガスル」


「そりゃ、こいつが魂滅刀だからだろ。魂滅刀ってのは書いて読んで字の如し。魂を滅する刀だ。こいつに斬られたら。魂が滅せられたらどんな不死の生物でも一溜まりもない。お前は本能でそれを感じ取ってんのさ」


 どのような不老不死の生命体でも魂滅刀の前では関係ない。

 実際太古から生き続けていた者も、全身が超重力で押し潰されてなお復活した者も、細胞一つ残さず焼き尽くされたのにもかかわらず蘇った者も、一人の例外もなく魂滅刀に斬られた者は皆、問答無用にその命を散らしていった。


 そう。結局どんな不死者も所詮は魂が無事な限り肉体うつわを新たに創造したり、修復したり、欠損を無かったことにしたりできるだけで、その大本であるほんたいを滅せられればそれまでなのだ。

 そしてそれは目の前の脅威の再生力を誇る憎悪の化身も同じであり。故に幼女はこの刀が己の身を害すものだと直感し咄嗟に回避行動を取ったのである。


「まぁそんなわけでこれで斬られるとお前も死ぬから、大人しく斬られて死んでくれ。ぶっちゃけお前の生死にも使命にも興味ないが、人類に憎悪を抱くお前は面倒事運んできそうだからな」


 静夜はなんの感慨もなく再び魂滅刀を振り上げ、無感情に振り下ろす。

 当然幼女はそれを先のように避けようとするが、今回それは叶わない。


「ッ!? ド、ドウシテカラダガウゴカナイ!?」


 幼女がその顔を驚愕に染め、もがく。否。もがこうとする。

 だが、必死な幼女を嘲笑うように彼女の体はピクリともしない。

 まるでその場に固定されたように。それこそ微動だにしない赤眼鬼のように。

 故に幼女はその凶刃から逃れられず、不可視の刃は欠片の慈悲もなく幼女の頭から入り股間から抜け、更にそこから横に斜めに幾度も切り刻まれる。


 果たして、無傷の幼女が力なくその場に倒れた。

 静夜は霧散する命を感じ取りながら納刀し、息絶えた幼女に吐き捨てる。


「オレは数多の魔法を行使可能でな。その中には相手の肉体を支配するものも、空間を固定するものもあるんだわ。ま、死人には口がなければ耳もないから何を言っても無意味だろうけどな」


 さて、それじゃ向こうをなんとかするか、と。

 いまだぶつぶつ呟いてる女性の方へ足を出そうとして、


「は?」


 消滅したはずの幼女の魂の気配を感じ取り、振り返る。

 視界の中に五体満足の。戸惑う幼女の姿が映し出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強でニューゲーム~荒廃した星に降臨する魔王~ 鬼怒川鬼々 @yulily

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ