第1話 滅びた世界

 XXXX年。黒い靄の塊が世界各地の人口が密集する地帯に突如現れた。

 黒い靄に触れた人間は忽ち息を引き取り絶命する、そのことを認知した人類は総力を上げこれの排除に尽力したが、しかし人類が長い年月をかけて蓄積した叡智は全く役に立たなかった。


 ミサイルを撃ち込もうと燃料気化爆弾を投下しようと、黒い靄はそんな人類の抵抗など嘲笑うように勢力を保ち続け人類を死に追いやり続けた。

 長年地上を支配していた人類は正体不明の謎の黒い靄の前になすすべなく蹂躙され、繁栄していた国々は水泡が弾けるように呆気なく崩壊したのだ。


 最早人類が黒い靄に根絶やしにされるのは時間の問題だった。

 が、絶望する人類を他所に黒い靄自体は2週間という僅かな時間経過したら勝手に消滅し、この世から完全に取り除かれることとなる。


 人類は初めこそそれを神の奇跡などと言って浮かれていたが、それはすぐに間違いだと。黒い靄の消失は新たな絶望の幕開けに過ぎないことを理解する。

 というのも黒い靄の消散から数分後にとって変わるように今度は様々な姿形の異形の化物が現れ世界を闊歩するようになったのだ。


 異形の化物は黒い靄と違い理不尽極まりない存在ではなく、物理的攻撃が普通に有効であったが、黒い靄及びその攻防で致命的な打撃を受けた人類に異形の化物を殲滅する余裕など無かった。


 無論とはいえ、人類は無抵抗で屈服するような真似はしなかった。国家が崩壊し国境という概念すら無くなった後も、人類はただ逃げるようなことはせず、暫くの間は異形の化物を相手取り幾度も交戦を続けた。

 妻を。夫を。子を。親を。親戚を。友人を。故郷を。年齢も性別も人種も宗教も、様々な垣根をかなぐり捨てて皆が皆、大切な者を護らんと武器を手にして奮闘した。世界各地で抵抗が激化した。


 だが、しかし。

 世界は、非情で、無情で、残酷だった。


 なんせ黒い靄ほど理不尽ではないといっても、それは物理攻撃を受け付けず、触れただけで人間を絶命させるような存在と比較した場合の話に過ぎず、決して異形の化物がライオンや熊と同列な訳ではないのだ。

 確かに物理攻撃は有効だが、中には戦略兵器・戦術兵器規模の火力でなければ通用しない化物も存在していて……いやそもそも、人間なんてのは元より猪や狼にすら負傷させられ、最悪殺されるひ弱な生き物である。


 当然のように人間は異形の化物の中では下位に位置する化物達にも簡単に殺され続け。時間が経過するにつれ次第に人類の抵抗は衰えを見せ、誰の目にも明らかなほど人類は衰弱の一途を辿っていった。

 既に黒い靄との交戦で疲弊していた人類はあまりにも呆気なく生態ピラミッドの頂点から凋落し、異形の化物は出現からほんの数ヶ月足らずで瞬く間に世界を支配するに至った。


 最早人類が世界を支配したのは過去の話。有史以来喰らう側にいた人類は一転、滅んだ世界で異形の化物に怯えて暮らすまでに没落した。

 長らく頂上に居座っていた人類の地位はその数ごと失墜したのだ。


 抵抗勢力が壊滅した後の人類は悲惨だった。

 人類はただただ廃墟の陰でじっと息を潜め、兎に角異形の化物に発見されないよう努めるしかなかった。尽きた非常食の代わりに虫を食べ雨水を啜り、残酷な世界の中でただただ生きる為に生きる以外の道はなかった。


 皆が皆、死ぬまでそんな絶望的な状況が続くだろうと思った。

 生きとし生きる者はすべからく、現状から抜け出すことは不可能だろうと諦めに似た感情を抱くに至った。


 だが、しかし。

 それから百年あまりの月日が流れた時、再び世界は激動する。

 黒い靄が発生した時同様。異形の化物が出現した時同様。

 荒廃した世界は再度、変化することになる。

 違う世界から訪れた一人の化物によって。



▽▲☆▼△


「……。意味わからん。なんで既に文明が滅びてるんだ」


 静夜は視界に映る、人口衰退に伴い自然に破棄されたのではなく、外敵によってそうなったような荒廃した街並みに眉をひそめる。

 別に文明を滅ぼし快感を得る特殊な性癖は持ち合わせていないため、文明が滅びてようと滅びてなかろうと大した違いはないのだが、それでも転移した先の文明が既に滅亡してるのは出鼻を挫かれたようで面白くなかった。


「この魂の入ってない物体共がやったのか?」


 呟きながら周囲を跋扈する異形の魂無き物体に目を向ける。

 身体中に舌が伸びていたり、腕がねじ曲がっていたり、頭から脚を生やし本来脚が生える場所から腕を生やしていたり、一見外見に共通点がなさそうなそれらはしかし、共通して生物として異常しかない姿をしていた。


「……」


 静夜は無言で周囲にいるそれら全てに能力の一つを行使する。

 虚空から飛び出した光の鎖が絡まり、ここら一帯の化物が吊し上げられる。

 一体の化物が巨腕を振り回し、別の化物が全身を使って抜け出そうとする。また別の化物が身を液状化して逃れようとする。

 だが、幾ら暴れようとどのような手段を用いようとしても全ては無意味で無駄な行為でしかない。


「悪いけど、竜すら拘束する光の鎖だ。どんなに足掻いても抜け出せないぜ。それと液体になろうとしてるお前も無駄だ。鎖は拘束した時点の肉体情報を記録し、拘束相手の肉体変化を自動的に阻止するからな」

「それが能力でも、魔法でも、身体能力でも関係ない。捕まった時点で基本的に詰みだ。お前らみたいな見た目だけの化物じゃない、正真正銘の規格外の生命体じゃなけゃ脱出できねぇよ。ま、お前らに言っても意味ないか」


 どうせ意思なんて持ち合わせていないんだろうからな、と。

 静夜はそう呟きながら右手の親指と中指をくっつけ、ぱちんと弾く。

 瞬間、光の鎖に囚われていた化物が一斉に弾け飛ぶ。

 まるで内部に仕掛けられた爆弾が爆発したように、内側から破裂した化物共の血肉が降り注ぎ、辺り一帯を鮮血で染め上げ、血生臭い空間を作り上げる。


「うおっ。誰が用意した玩具か知らないけど、血の臭いまで再現するか普通。どんだけ凝り性なんだよ」


 静夜は鼻をつく強烈な臭いに思わずそんな感想をもらす。

 魂無き生命なんてのは基本自然に発生するものではない。ならば今始末した連中は誰かが造り出したものであり、その推測が当たっている場合制作者は血の臭いまで再現したことになるのだが、普通そこまでするかと。


「にしてもこんな既に終わった場所じゃやることも少ないだろうしどうすっかなぁ。ちゃっちゃと世界移動するか?」


 一度視認した魔法を我が物にできる静夜は世界を航る魔法すら例外なく既に自分の物として取り入れていた。

 故にこんな荒廃した世界など早々に見切りをつけ、新たな世界へ航ろうかと静夜は考える。


「いやゃあぁぁあぁぁああぁぁぁぁっ!」


「ん?」


 が、その頭に浮かんだ選択肢は突如どこからともなく轟いた絹を裂いたような悲鳴に吹き飛ばされる。


「……。どうせ文明は滅びててやることもないし、柄じゃないが慈善活動でもするか」


 静夜は暇潰し程度に悲鳴を上げた人物を助けようと足を踏み出す。

 数多の瓦礫が散乱し今しがた葬った化物の血肉が至るところにべっとりと付着した、足場が悪ければ見映えも悪い地面の上を何の感慨もなく歩いていき、


「いや、飛んだ方が早いか」


 少し歩いた所で空高く舞い上がり、一気に飛翔した。

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