第一話 宵街うつつⅠ
うちのクラスには一人、変な奴がいる。
名前は宵街うつつ。
身長はそれほど高くない。細身で、制服さえ変えてしまえばひょっとしたら女子よりも似合うんじゃないかってくらいの、陶器のような真っ白な肌と整った顔立ちをしている。
瞳の色も何だか青っぽくて、灰色と青を混ぜたような独特な印象を持たせる、不思議でいて日本人離れした容姿の男子生徒だ。何となくだけど、ロシア人っぽい感じ。
あっちが「宵街うつつ」でこっちが「綾川鷹羽」だから、出席番号で並んだりするときは全く別のところにいるし、少し前に席替えをするまで失礼だが名前も覚えていなかったような奴だったから正直印象も薄かったのだけれど、最近少し俺の中で気になり始めてきた人物である。
初めに言っておく。俺は決して、ホモとか薔薇とかそういう類の人間ではない。
席替えしてから、俺とあいつは前後の席になった。俺が後ろで、あいつが前。窓際で教室の後方。随分と快適な席に落ち着いた。
席が替わって一週間ほどだろうか。初めて気づいたことがいくつかある。
まずひとつは、あいつが授業中文字通り一睡もしないこと。
うつ伏せるどころかうとうとし出すような気配もなく、毎回最初から最後まで前を向き続けて授業を終える。
ふたつめは、休み時間中はいつも本を読んでいること。
それも、一週間たっても二週間たっても同じ本を延々繰り返して読んでいる。業間休みは十分といっても、その全てを読書に当てているのだからそろそろ読み終わってもよさそうな頃合いに、ふと気づくと一番最初のページに戻っているときが多々ある。相当お気に入りなのだろうか。
みっつめは、昼休みには必ず教室を出ること。
購買か何かで買っているのだろうか、昼休みには何も持たずに後ろのドアから出て行って、午後の授業直前に教室に戻ってくる。
不思議な奴だ。
髪の毛の色まで含めて俺とは全く逆の、不思議な奴だ。
人間離れした、層雲のような白い髪がよく目立つ、そんな不思議な奴だ。
そんな変で不思議な奴が今日、体育の時間に倒れた。
午前中最後の授業、グラウンドでサッカーをしていたときのこと。
ボールを持っていたサッカー部の先頭集団を追いかけていたとき、不意にバランスを崩し、倒れたらしい。
それも何の予兆があったわけでもなくて、一緒にプレーしていた俺たちではなく、隣でハードルを跳んでいた女子の一人がたまたまそっちを向いていたからようやく気づいたってくらい、ナチュラルかつ静かに倒れたそうだ。
「宵街君細いし、運動とかしてるイメージないし、何もないところでただ転んだのかと思った」っていうのは後日聞いた話。
「宵街!大丈夫か!」
体格のいい体育教師がしゃがみこんで声をかける。
砂埃に包まれてなおその肌は病的なほどに白く、青白かった。
「貧血か……?」
「女子より細いもんな、あいつ」
「生きてるのが不思議なレベルだったもんな」
「ついに倒れたか」
宵街を中心として人だかりが出来る。特に中の良い奴なんていないはずなのに、どこからともなく知ったような口ぶりで宵街は分析され始めた。ざわめきは人を呼び、あっという間に授業を受けていた全員がグラウンドの一点に集中した。
横向きに倒れて膝を抱えた宵街は、肩で息を繰り返して苦しそうな顔をしている。
こちらからの声はどうやら届いていないらしい。いくら呼びかけても、うめき声ひとつ返すことはなかった。
「何か持病があるとか、そういうこと聞いてるやつはいないか」
宵街の持病___、あれだけ(髪まで)白いのだから、確かにあってもおかしくはなさそうだが、
「逆に宵街と喋ったことある奴なんていんの?」
脇にボールを抱えたサッカー部の秋山が、当然のようにその疑問を口にした。
「俺も喋ったことねえ」
「下手したら声も聞いてねえかも」
「中良い奴っていた?」
教室では基本、宵街は一人だ。昼休みだって、何をして過ごしているのか分からない。ちゃんと食事をしているのかどうかすら危ぶまれるほどだ。
「……仕方ない、とりあえず保健室に連れて行こう。保健委員は?」
「綾川です」
全員の視線が俺に集中する。
「そうか、じゃあ綾川、とりあえず宵街を保健室に連れて行ってくれ。先生は親御さんに連絡つくかどうか確かめるから」
「分かりました」
目を見て返事をすると、先生はその場の全員に体育委員を中心としてゲームを続けるよう指示を出して、駆け足で職員室へと向かった。
「じゃあ、俺も保健室行って来るわ。及川、ちょっとこいつ負ぶさるの手伝って」
近くにいたクラスメイトの一人に声をかけ、俺は宵街をおぶって立ち上がった。
スターリーナイト・ワールドエンド 城流くじら @jyoryukujira0524
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