第3話

『-続いてのニュースです。本日午後8時頃、〇〇県内の高校の前の歩道に車が侵入し、壁に激突する事故が発生しました。通行人に幸い怪我人はなく、運転手も軽い怪我で、命に別状はありません』


「げっ、これテレビに映ってんの、あんたの高校じゃない?」

「あー、だね。おやすみ」

「テンション低っ! 夜8時だって、巻き込まれなくて良かったねー!」

「姉さん早よ寝ろ。明日早いんだろ」


部屋に着いてベッドに潜り込む。

無事でいてくれたようだ。良かった。


あれは、中学三年の文化祭前日の夜だった。俺が誰かに告白される夢を見て、翌日文化祭の放課後、まさに夢の通りに別のクラスの女子に告白された。その時は「正夢ってあるんだな」とか「デジャブ」とか、そんな風に思っていた。しかしこんなような事がこれを機に頻発するようになった。

テストの問題は全く夢に出て来ないのに、体育の授業で誰かが転んで怪我した。友達が俺に“彼女が出来た”と報告してきた。冬休み前の修了式に好きな子に告白したらフラれた。学校から推薦貰ったけれど落ちた。推薦とは志望校を変えて、今の高校にしたら筆記試験で受かった。


全て、その事が起こる前日に夢に出てきた。

これは“予知夢”というやつなのではと思った。


夢特有の不思議な夢と言うのを見る事がなくなり、代わりに次の日の出来事が一部分だけ、または時々だけれど夢となって出て来るようになった。最初は予知夢なんてありえないと思った。そんな摩訶不思議な事が自分の身に起きるなんて信じられない。

しかし高校に入学し、堀ちゃんがよく夢に出て来るようになった。内容は他愛もない事だけれど、夢に見た事がいつも本当に起こる。過ごした時間は限られていたはずなのに、夢に見るせいか、彼とはやたらと一緒にいた気がしてならない。


そんな感じで、今度はカナちゃんが出て来るようになった。


バスケ部にマネージャーとして入部すること。今日は購買にいるんだなとか、何パンを手にしていたとか。本当に些細、だけれど外れた事がなかった。そして二人の夢を見るうちに、ある事に気付いた。

どちらかが夢に出て来て何かが起こる際、必ずどちらかが近くにいた。例えばカナちゃんと購買で会う夢を見たら、堀ちゃんと一緒に購買に行ったら会えた。堀ちゃんが転ぶ夢を見て実際に怪我をして、保健室に行ったら偶然カナちゃんがそこに居合わせた。


夢にこそ二人が一緒に出て来る事はなかったのに、何かが起こると必ず二人が鉢合わせになった。


関わる機会がこうして多かったからか、カナちゃんが堀ちゃんを好きになっていくのはすぐに分かった。堀ちゃんもどことなく、彼女に対しての接し方の雰囲気が少しずつ変わっていった。本人は鈍感ニブ男だから気付いていないだろうけど。現実でも夢でも一緒にいる事が多かったんだ、俺が気付かないわけがない。


きっとこれは、二人をどうにかしろ、と誰かが俺に告げてるのでは、なんて考え始めた。


そして昨日見た夢。

カナちゃんが帰ろうと学校前の歩道を歩いていたら、そこに車が突っ込んで来た。さすがに飛び起きた。夢の中のその時の彼女は走って逃げようとしなかった。何故逃げなかったんだと思ったけれど、今日怪我した事ですぐに腑に落ちた。だから、とにかく助けなければと焦った。

無事家に送り届けるのなら、俺でも良かったのかもしれない。しかし今まで、夢の中の出来事が


俺じゃあだめなんだ。今まで俺が見届けて来た二人なら、きっと変えられると思った。


そして今日、車の衝突事故は防げなかったものの、二人は無事。初めて、夢の出来事が覆った。そしてやっぱりなんて思った。


--……

-…


七夕、織姫ベガ彦星アルタイル


白鳥しらとり、…はよ」

「堀ちゃん、カナちゃん、おはよ」


夏の大三角にはもう一つ、白鳥デネブがある。


七夕にはこんな話がある。

年に一度、七月七日にのみ会う事を許された織姫と彦星。しかしある年、天の川の水かさが増し、二人は川を渡る事が出来なくなってしまいました。二人の働きを見ていた白鳥はカササギになり翼を広げ、天の川に橋を渡したそうです。

こうして二人は無事、会う事が出来ました。


きっと織姫がカナちゃん、彦星が堀ちゃん、そして俺は二人を無事結ぶためにその名の通り“白鳥”だったのだろう。


「二人で登校して来るなんて、仲良いね」

「先輩が気遣って来てくださってるんです」

「…そっか、良かったねカナちゃん」

「はい」


本当に堀ちゃん関連の話だと嬉しそうに笑うな、この子は。少し前まではその笑顔を独占したい、とか思った事もあったけれど、今は思わなくなった。この子を実際救えたのは、堀ちゃんだったのだから。


「じゃあ俺は先に教室に…」

「お前も来い」

「何で?」


せっかく二人にしてあげようと思ったのに、結局俺も一緒にカナちゃんを教室まで送り届けてしまった。


「部活は出れるのか?」

「はい。足は動かさないですけど、記録とかなら出来ますから」

「…分かった。また放課後こいつと迎えに来るから待ってろ」

「…っはい!」

「だから何で?」


さっきから疑問しかない。堀ちゃんはそそくさと二年の教室へ向かっている。いつも通りあまり話さないけれど、もしかして昨日言い過ぎた事を怒っているのだろうか。


「…白鳥しらとり

「なに?」

「昨日叶倉と帰ろうと校門出ようとしたら、衝突音が聞こえて。慌てて見たら、車が歩道に乗り上げてた。少しでも早く帰ってたら、巻き込まれてた…」

「…無事で良かったよ」

「お前は? 昨日妙な事言ってただろ。もし叶倉が一人で帰ってたらと思うとゾッとした」


だから、堀ちゃんに任せたんだよ。

…なんて言えるわけない。


今までの経緯を説明した所で信じてもらえるわけがない。俺自身ずっと何が起きているのか分からなくて、怖く思った事だってあった。けれども今は、そうして誰かを救えたのなら良かったと思っている。


俺はこの先、この事を誰かに話すつもりはない。


「あの時は、本当に時間は大事だよって言いたかっただけ。変な例えしてごめんね」

「…そうか、ならいいんだ。もしかしたらお前は超能力者とか、そういう類の奴なのかと思って」

「そしたら瞬間移動がいいなあ。家から学校まで楽になる」

「俺はビッグライトが欲しい」

「それドラ◯もん」


他愛のない話をして、少しだけ、今までよりも堀ちゃんと仲良くなれた気がした。二人がきちんと付き合うまで、俺は白鳥デネブとして、二人を見守ろう。


この日以来、予知夢らしき夢を見る事はなくなった。日常の風景が夢に出て来てもなんの脈絡のない夢ばかり。所謂、“夢特有の不思議世界”というやつだ。今までそんな夢を見て来なかったのに、別に久々な感じもしないし、寧ろ好きな芸能人とか出て来い!と息巻いて寝ているくらいだった。


見守ると決めたが、二人を結ぶ“デネブ”としての俺の役目は終わった。なれば、今度は俺に順番が回って来たりするのだろうか。


「ねえ堀ちゃん、白鳥はくちょうがメインの童話とか逸話ってない?」

「……白鳥の湖」

「白鳥がお姫様かー、俺は姫には適してないかなあ」

「何の話だ」

「俺にもいい人現れないかなって話」

「…お前ならすぐにでもいい人見つかるだろ」

「そうかな、だといいな」


“あほか、浮かれた話してんじゃねえ”って一蹴されるかと思ったけれど、堀ちゃんは基本的には優しい。不意にこう言った言葉を掛けてくれる。だから俺やカナちゃんもだけれど、色々な人が堀ちゃんの良さに惹きつけられるんだろうな。

そんな堀ちゃんがそう言ってくれてるんだ、俺こそ自信を持って行かなければ。


「さあ、今日も頑張るかー!」

「今度小松菜牛乳パンくれ。俺もおすすめのパン何かやるから」

「あ、あれ気に入ってくれたんだ?」

「たまに食べたくなる味だな」

「いいよ、明日持って来てあげる」


俺のお姫様、きっと迎えに行くよ。

あとちょっとだけ、待っててね。





【完】





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きらきら星まで、あとちょっと 古町小梅 @koume_machi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ