第2話

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その日は、七夕だというのに昨日の夜から雨が降り続いていた。天気予報では夜まで降り続くなんて言っていた。まあ帰る頃には


いつも通りの放課後、体育館からはボールやバッシュの擦れる音が鳴り響く。これから一年対二年で試合を行う事になり、そこに俺と堀ちゃんもスタメンで出た。試合は二年が優勢、けれども一年生も食らいついてくる。


「…堀っ!」


仲間の一人が堀ちゃんにパスを出す。が、手を伸ばしても彼には取れなかった。それだけならまだしも、コートの外にカナちゃん。避けようと足を下げた先に、何故か転がっているスクイズボトル。

それを彼女は見事に踏んで、


「…った、」

「叶倉!」


足を捻って痛めてしまった。堀ちゃんが駆け寄ろうとしたのは分かっていた。けれど、何故か彼は一瞬躊躇った。だからなのか、彼女に駆け寄ったのは俺だった。


「カナちゃん、歩けそう?」


あー何やってんだろう、俺。俺が駆け寄ったからか、堀ちゃんは一歩も動けずにいた。

彼女の腕を取り、肩に掛けて立たせようとするが、痛むのか、足元がおぼつかない。本当はお姫様抱っこしたい所だけれど、さすがにそれは恥ずかしいだろう。


「俺の背中に乗って。保健室行くから」

「え、でも…」

「叶倉、そいつに保健室連れて行ってもらえ」


監督からのお達しもあり、カナちゃんも申し訳なさそうだから


「じゃあ俺は交代っすね!」

「喜ぶなアホ!」

「ういっす」


なんて少しとぼけながら、足早に体育館を離れた。彼女は俺の背中でうずくまっている。捻った瞬間は目に見えて分かっていたけれど、そんなに痛いのか。

すると、突然カナちゃんがぼそっと何かを呟いた。


「…すみません、ご迷惑おかけして」

「ははっ、気にしないで。水飲みたいなあとか考えてたからラッキーだし。いや、カナちゃんはラッキーじゃないか、ごめんね」

「……」

「あんな所にスクイズ置いたの誰だよ、ったく」

「…先輩にも、迷惑かけましたよね」

「だから、別に俺は、って。ああ、堀ちゃんか」


確かに気にしているんだろうな。もし自分があの時パスを受け止めていれば、カナちゃんが避ける必要もなく、怪我する事もなかった。別に彼のせいではない。けれどもきっと責任をひどく感じてしまう節がある。彼女が分かるくらいだ、今頃試合を再開していても集中できていないはず。


一階にある保健室に着き、先生に手当てをしてもらった。少し腫れはしていたものの、何日か安静にしていれば治るだろうとのこと。先生は用があるとかで職員室に行き、保健室には二人になった。ベッドに腰掛けている彼女の隣に座る。


「ねえ、堀ちゃんのどこが好き?」

「へっ!? いやっあの、別に、そんな…」

「ふっ、隠さなくても分かるよ。カナちゃんの事なら何でも」

「え?」

「今日帰るの大変だよねー…そだ、堀ちゃんに送ってもらいなよ。俺言ってくるから」

「いっいいですそんな! 二人で帰るだなんて恐れ多いです」

「そんなこと言わずにさ、堀ちゃんのフォローしてあげてよ、ね。俺からのお願い。カナちゃんもさっき言ってたけど、多分気にしてるからさ」

「あ…」


顔を真っ赤にして抵抗していた彼女は急に大人しくなった。俺がいくら気にするなと言ったところで、気にしないわけがない。ならば彼女を今日送ることが、罪滅ぼしにでもなればいいと思った。彼女を、

俺はカナちゃんににこっと笑いかけ、ベッドから立ち上がる。


「部活多分もうすぐ終わるから、監督には俺から言っとくよ。更衣室戻んのもあれだし、制服とか荷物も菅田先輩か誰かに頼んで持って来てもらう。さすがに俺か堀ちゃんが持つのはまずいでしょ」


その光景を見られたら完全に犯罪者扱いでもされそうだ。


「じゃあ、気を付けてね。また明日」


保健室から出て行こうと歩き出すと、「あのっ」と少し声を張り上げて引き止められた。後ろから声を掛けられたのに、必死さが伝わって来て、その表情も頭に浮かぶ。


「ありがとうございます…!」


堀ちゃんがいちごオレをあげた時のお礼とは違う、“協力してくれてありがとう”、そういう風に聞こえてしまった。お礼を言われて嬉しいはずなのに、素直に喜べず。俺は後ろ向きに手を振り、保健室を後にした。

体育館へ戻ると案の定終わり間近。マネージャーにカナちゃんの制服と荷物をお願いして、監督にも彼女の状態を伝えた。片付けを終えて更衣室に戻り、自分も制服に着替える。ロッカーが隣同志の関係で、隣で着替えている堀ちゃん。いつにも増して大人しい。様子が気になるなら、聞いてくるなり何なりしてくればいいのに。


先に着替え終わり、堀ちゃんに「ちょっと」と言って、廊下に連れ出す。


「じゃあ、お先失礼します!」

「おう、お疲れさんー」

「途中退場したけどな」

「人助けっす!」

「まあそれもそうか」


賑やかな部室を後にして、二人で廊下に出た。


「何だ」

「“何だ”って。俺に聞きたい事とかあるなら、普通に聞いてくればいいのに」

「別に聞きたいことなどない」

「…まあいいや。堀ちゃん、保健室でカナちゃん待ってるから。帰り送ってあげてね」

「何で俺がっ」

「どうせ気にしてるんでしょ? なら、罪滅ぼしのつもりでいいから送り届けてあげなよ」

「それは…」


いつもみたいに言い返して来ず、黙ってしまった。俺も、いつもならきっとへらへらしてこの場をやり過ごしていたんだろう。けれどは、それじゃあ絶対だめなんだ。何が何でも、無事に彼女を送り届けなきゃいけないんだ。

そんな焦りが苛立ちに変わり、


「あのさあ、堀ちゃん見てるといっつも焦れったくていらいらするんだよね。好きなら好きって言えばいいじゃん! 何をそんな躊躇ってんの、身長? カナちゃんと同じだから釣り合わないとか思ってんの」

「お前、何言って…」

「そんなのただの言い訳だよね、本当はただ単に自信がないのを身長のせいにして身を引いてるだけじゃん。そんなの関係ねえよ!」


何言ってんだ、やめろって。


「…っタッパある奴なんかに分かんねえだろ!」

「じゃあ俺がカナちゃん奪ってもいいの? あの子が身長だけで堀ちゃん嫌う子に見えるか!?」


余計な事言うんじゃねえって。


「身長伸びたら告白するの? そんなん待ってくれるわけないし、そんな悠長にしてる間にどうすんだよっ!」

「はっ…!?」

「…っ」


ヒートアップして言いたい事を言っているうちに思わず発した言葉。こんな事、堀ちゃんに言うつもりなかったのに。予想外の言葉に驚いた堀ちゃんはあ然としていた。俺は慌てて誤魔化すように、


「それくらい、時間は大事だよってことだから。とにかく、カナちゃんを一人で帰らせるのは危ない。堀ちゃんが嫌なら俺が送ってくよ、じゃあね」

「…待て」


彼の制止に足を止める。


「…元はと言えば、俺のせい、俺が怪我させたようなもんだし、俺が責任持って、送り届ける。から、お前は行くな」

「はいはい。じゃあ俺は帰るね、また明日」


彼の視線を背中に感じつつ、校舎を後にする。さすがにあんな宣言しといて置いてけぼりにする、なんて事はないだろう。ましてや堀ちゃんに限ってだ。

外へ出ると、雨は小雨程度になっていた。もう間も無く日が沈む。


---……

-…


-ガラッ


「叶倉、いるか」

「はいっ!」


カーテンの向こうから返事が聞こえた。近づいて行くと中に人影が。彼女は勢いよくカーテンを開けて「すみません!」と言ってまた閉めた。


「何で閉めるんだ」

「ああ、いや…すみません」


今度はゆっくりと開け、俯いたまま彼女が現れた。視線を下に向けると、包帯が巻かれ、庇うようにして立っていた。俺は彼女の鞄を持ち、


「帰るぞ」


と声を掛ける。


「あの、じっ自分で持ちます…」

「何の為に来たと思ってるんだ、ほら行くぞ」

「…はい」


彼女はひょこひょことゆっくり歩く。そのペースに合わせて、少し前を歩いていた。こういう時に隣で歩かれるのも、その姿を見られるのも情けなく思う。俺たちの間に会話はなく、そのまま昇降口に辿り着いた。先に靴を履き替えて校舎前の階段を一段降りる。足音が聞こえ、叶倉の方に振り返った。


「降りれるか?」


何となく手を差し出す。階段の踏み面が広く作られているから、一段に二人立ち並んでも余裕がある。しかし彼女は何故かきょとんとして、手を出さない。


「何してんだ」

「いや、なんか…不思議だなと思って」

「…何が」

「先輩が近くにいるのに、真っ直ぐを見ても先輩と目が合わないんですよ。いつも、前を見れば先輩の顔が見れてたのに」


雨上がり、あれだけ降っていた雨も止み、雲一つなく晴れた夜空だった。街灯もないのに妙に彼女の表情がきらきらと見えた。その表情と言葉が何故か真っ直ぐに響き、少し照れくさくなってしまい、俺は思わず俯いた。


「この階段広く作られてるからあまり高さ感じないですけど、15センチくらいあるんですかね」

「…そうじゃねえか」

「今日七夕だからって、理科の先生が言ってたんですよ。ほら、あれ!」


彼女は夜空を指差し、その先を見上げた。


「日本じゃこの時期だとなかなか見れないらしいんですけど、今日は見えますね。夏の大三角」

「え、ああ…」


あまり勉強は得意ではない、特に天体なんて北極星くらいしか分からない。けれども彼女は楽しそうに話している。


「あの天辺のがベガ、その左下がデネブで、右下がアルタイルですよ」

「べ、ベガ、デネ…タイル?」

「ベガは織姫様で、アルタイルは彦星様、位置関係だけだと、ちょうど私たちみたいですね」


目線を星から叶倉に移す。彼女は星を見ながら、何気なしに発した言葉だったみたいだ。


「…叶倉」

「はい」

「怪我させて、すまなかった」


俺は頭を下げた。


「別に、先輩のせいじゃないですよ! 私こそ、あのタイミングで転ぶなんて…きっと、先輩に迷惑かけたなって。本当に自分が情けなくて嫌になって、」

「そんなことは…」

「先輩には、嫌われたくなくて…」

「……」

「あっあの、えっと、別に変な意味じゃなくて、その…」


急に心臓がどくどくと速く脈打ち始めた。何だこれ、体が急に熱くなってくる。目の前で俯く彼女、耳まで真っ赤になっているのが分かる。

叶倉は、今まで一人の後輩として見ていた。ただ、同じ高校の中の一年生、同じ部活の後輩、その中で俺は本当に、“同じ扱い”をして来ていただろうか? 考え出したらきりがない。


今目の前にいる彼女、俺はどう思ってる。

叶倉の本音を聞けて、俺はどう思ってる。


嬉しい、そう思ってた。


「叶倉、俺はその、そういうの疎いからなんて言ったらいいか分からない。けど、…今の言葉が本当なら、嬉しいとは思ってる」

「……」

「……」


叶倉からの反応がない。俺もこの後何を言えばいいのか分からない。


「叶倉?」


彼女の顔を覗き込もうとしたら、勢いよくそっぽを向かれた。


「…私、今、絶対変な顔してるんで見ないでください」

「何で変な顔なんか」

「…嬉しいんです。今、こうして一緒にいる事自体不思議なのに、“嬉しい”とか言ってもらえて。なので、絶対見ないでください」

「…分かった」


頑なにこちらを見ない彼女。けれど、俺の言った言葉で喜んでくれたのなら、何だか嬉しいかもしれない。

俺は彼女の手を取った。


「え」

「とにかく帰るぞ。もう8時過ぎてるし、それに足痛めてるから普通に歩けないだろ」

「すっすみません…」

「…それから、足が治るまでは、朝は駅から一緒に行くし、帰りも送るから」

「それはさすがに、ご迷惑じゃ」

「嫌なら、いい」

「嫌じゃないです!」

「…そうか」


いつの間にか彼女は俺の手を優しく握り返していた。相変わらず会話はない、何を話していいか分からない。けれど、そんな空間が決して苦ではなく、寧ろ心地良くも感じた。終始叶倉はにこにこしていて、何がそんなに楽しいやらとも思ったけれど、つられて何となく口角が上がる。


「やっぱり、目線が近いっていいですね」

「いや、俺はこれから身長伸ばすぞ」

「そしたら目線が高くなって行くのか…首鍛えます」

「その前に足治せ」

「はい」


今のこの気持ちが何なのかは分からない。他の奴には抱かない感情。

今日みたいにまた、叶倉を喜ばせたりしてみたい。そんな風に思った。





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