きらきら星まで、あとちょっと

古町小梅

第1話

-思えば、あれは一目惚れだったのかもしれない。

スタイルが特別良いわけでも、とびきりの美人や可愛さを持ち合わせているわけでもなかった。けれど人によっては、愛嬌があったり、愛想が良ければ人に好かれるような人がいる。まさしく彼女がそうだった。


高校バスケ部のマネージャーという職業柄みたいな事もあるかもしれないが、とにかく周りに気が利く。通常のマネージャー業はもちろん、こちらが何かを求める前に気付いて差し出してくれる。

これが意外と当たり前のようでいてそうじゃない。周りに気を配っていないとなかなか出来ないものだ。


俺が二年に上がった頃、彼女は新入生として入学し、この部にマネージャーとして入部した。

正直このバスケ部自体そんなに強いわけではない。けれどもいてくれればそれだけ助かるし、練習に割く時間が増える。


彼女に対しての、の評価も高いはず。しかし何故これをすぐに“一目惚れ”やら、色恋沙汰でまとめられないのか。


「堀ちゃん今日も可愛いね〜」

「あ゛ぁ!? てめえがデケエだけだろ、ノッポ!」

ひがむな僻むな。せめてこの180cmから1cmでも分けてあげれれば…」

「1cmかよっ!」


ほり真宙まひろ、高校二年生。

バスケ部所属、身長160cm。


男にしては小さい方らしい、残念ながら。

しかしそんなのは世間一般論の固定概念に過ぎない。身長だってその人の個性なのだから。


「先輩方、おはようございます」

「おお、カナちゃんおはよう」

「俺の頭を撫でながら言うなあ゛〜!」

「ふふっ」

「笑うな!」

「あ、すみません…」

「あっいや、えっと…」

「相変わらず言葉きついなあ堀ちゃんは。女の子にモテないぞ?」

「てめえもモテてはねえだろ」

「密かにモテてるかも」

「はんっ、自惚れてろ」


彼は俺の手をすり抜けて校舎へと歩いて行った。自然と置いてけぼりにされた俺と彼女。


叶倉かなくら香織かおり、通称カナちゃん。高校一年生。

バスケ部マネージャーで、身長160cm。


これが、彼が恋になれない理由。


身長はコンプレックスの理由になりやすい。男にしてみれば、好きな子より身長が低かったり同じだなんて情けなくて耐えられない、と思う奴が大半。

俺はどうでもいいと思うけれど、それはコンプレックスを抱えている奴らからすれば“身長高い奴には気持ち分からねえよ”的な話になってしまうのだろう。


「さて、俺らも行こっか」

「あっはい」


カナちゃんは明らかに落ち込んでいる様子。他の部員に気を利かせてくれるけれど、堀ちゃんに対しては違った。気が利くのは同様、彼女は無意識か意識的かは分からないが、堀ちゃん以外の奴には必要最低限


一種の防衛反応、というか、堀ちゃんにしか近づきたくないだけだろうか。今だって、普通に他愛のない会話はしていても距離が空いている。どんなに近づいても、せいぜい15センチが限界。

しかし練習中堀ちゃんに何か渡す時でもそれ以上に近づいている、それこそ、肩と肩が触れ合う事だってある。


正しい判断だと思う。


「そんな落ち込まなくて平気だよ。俺が堀ちゃんの身長のこといじって、怒って機嫌悪かっただけだから」

「先輩、別に身長なんて気にする必要ないと思うんですけど…」

「俺もそう思うけど、周りがとやかく言っても伝わらないしなあ。…何かきっかけがあれば別だけど」

「きっかけ、ですか」

「例えば、俺の話は間に受けてくれなくても、カナちゃんが言ってくれれば聞くんじゃないか、とかね」

「わっ私じゃとてもお力には…」


謙遜する彼女を見て、やはり可愛らしさを持ち合わせている子だなと思わされた。今はまだ無理だとしても、タイミングさえ合えば、堀ちゃんはカナちゃんの言葉を聞き入れてくれるはず。

しかしそのきっかけは、こちらが故意に作り出そうとして成し得るものじゃない。


一年生は三階に教室があり、二年はその下の二階。階段の踊り場の方を見てカナちゃんを見送ると、教室へと向かった。見事に一度も振り返らなかった。

教室を覗けば、窓際に明らかに不貞腐れている子が一人。俺は席に着かずに彼の元へ向かう。


「ほーりーちゃんっ」

「ああ? 何だよ」

「悪気があったわけじゃないんだよ、ごめんね。本当はこれ、俺が食べようと思ってたんだけど、あげる」


俺はそれを机に置く。


「…何だこれ」

「“小松菜牛乳パン”。牛乳パンに細かく刻んだ小松菜が練り込まれてるんだって」

「お前の味覚時々恐ろしい時あるからな…まあでも、貰っといてやる」


そう言って堀ちゃんはさっそく封を開けて食べ始めた。別に今目の前で食べなくても、と思ったけれど。


「…うん、なかなか美味い。牛乳パンに小松菜の絶妙な塩気があっていい。このパンに対するお前の味覚は正しかった」

「ははっ、何それー」


これが堀ちゃんという男なんだよな。


彼は彼なりに機嫌を損ねて“気を遣わせて迷惑をかけた”とかって思う所があるのだろう。別に俺も悪かったし何とも思っていないけれど、空気感を大切にしたい、そんな性分なんだろう。

きっと放課後の部活でカナちゃんの事も気遣うんだろうな。


「別に後で食べれば良かったのに」

「授業中腹鳴ったら嫌だろ」

「朝ご飯食べてないの?」

「食った。けどまだ隙間が空いてた」

「俺より食べるんじゃない、堀ちゃん」

「お前は背高えのに胃は小さいのか」

「内臓の大きさなんて知らないよ。そろそろ席戻るね」

「おう」


席に着いて横目に見ると、堀ちゃんはすでにパンを完食していた。一口大きすぎないか。これでお昼はお昼で食べるし、授業の合間の休み時間にお菓子をもらえばその場ですぐ食べる。

今年のバレンタインの時だって、先輩の女子マネージャーが部員全員にチョコをくれたけれど、持ち帰らずにその場で食べて「美味い!」の一言。無言で頭を撫でられていたけれど、さすがに先輩相手には強く言えないのか撫でられっぱなしだった。


食欲旺盛というか、感想でもなんでも、思った事をすぐ相手に伝えようとする、そんな所が堀ちゃんらしい。


授業が始まり、堀ちゃんは眠いのか、頭がかくかくしている。一方で俺はきちんと受けるけれど、眠くなれば寝るスタンスで過ごしている。しかし先生も寝かしておいてはくれない。頭を教科書か何かで叩かれて起こされた。育ち盛りの男子高生はよく眠くなるんだろうか。

今日は教室移動もなく、四限まで教室での授業だった。そしてようやく昼休み。


「堀ちゃん、購買行くけど行く?」

「ああっ、行く!」

「…? ああ、うん」


何もそんなに気張って返事をしなくても、別に自動販売機は逃げたりしないのに。いつもならもっと怠そうに返事をする彼が、慌てた様子で鞄から財布を取り出し、「よっしゃ、行くか…」と何やら神妙な面持ちで挑もうとしている。今日なんかあったっけ?

購買にはパンを売っている所と、購買の一角に飲み物だけの自動販売機が陳列された所とがある。パンはいつも争奪戦。その様子を自動販売機の列に並びながら眺めていた。


順番が堀ちゃんに回って来た時、カナちゃんの姿を見つけた。パン売り場の近くで、パンの入った袋を抱えて誰かと話している。先輩の女子マネージャーだった。

仲は良いはずだけれど、その表情からは楽しい会話というよりは、業務連絡をしているかのように見えた。バスケ部の話だろうか。


「おい、お前も買うんだろ」

「えっああ、買う買う」


予め決めておいたカフェオレを選び、取り出し口から取り出す。その時に堀ちゃんの手元が偶然見え、ふと不思議に思った。


「堀ちゃん」

「あ?」

「そんなに喉乾いてたの?」

「は?」

「だって牛乳といちごオレ、二つも飲むの?」

「こっこれは、その…」


慌てて隠すが、すでに質問し終えた後。何故今さら隠す。これだから、堀ちゃんをからかうのはやめられない。しかし限度をわきまえないとまた機嫌を損ねてしまう。


「まあ買ったのは堀ちゃんだし、別にいいんだけどね。早く戻ろ」

「お、おう…」


購買を出ようとした際、堀ちゃんは少し背伸びをしたりして辺りを確認して、というか、明らかに誰かを探していた。誰を探しているのかは見当がつく。しかし、その該当する人物を俺も探してはみたけれど見つからなかった。先ほどパン売り場の近くで見かけたけれど、すでに移動してしまったのだろう。

結局堀ちゃんの“探し人”は見つからず、教室に戻ってお昼を食べた。牛乳はあっという間に飲み干し、いちごオレには手を付けずに机の隅に置かれていた。


昼飯を食べ終え、時計を見たらあと15分ほどで五限が始まるくらいの時間。ロッカーから教科書を取り出そうと廊下に出ようとしたら、ドアの近くに人影が見えた。上履きのラインの色は紺、一年生だ。

誰かに用があるけれど先輩の教室だし、迂闊に声を掛けづらいのか。ならば助けてやらねば。


「誰か探してるのー…って、カナちゃんじゃん」

「ああっ! 良かったー先輩探してました…」


その瞬間背後でガタンッと椅子がひっくり返ったような音がした。何をしているんだ堀ちゃんは。


「あの、堀先輩はいらっしゃいませんか?」


あれ、カナちゃんは今の物音聞こえてなかった? あの音の発信源こそ堀ちゃんなのに。もしかしたら上手く俺で隠れていたのだろうか。


「てことは、バスケ部の業務連絡的な?」

「そうです」

「カナちゃん俺見つけた時嬉しそうだったから、てっきり俺に会いに来てくれたのかと思ったのに」

「ちっ違いますよ!」

「あはは、冗談だって。堀ちゃーん」


堀ちゃんを呼び出そうと振り返ると、服の埃を払っていた。見えはしなかったが、一体何があったんだ本当。そして机の隅に置いておいたいちごオレを手に持ち、こちらへ近づいた。


「叶倉か、どうしたんだ」


どうしたはこっちが聞きたいよ。

とは言わず、俺もカナちゃんの用件を一緒に聞く。


菅田すがた先輩から伝言で、今日三年生が五、六限が校外学習で部活に遅れるので、一、二年生が揃ったら先に始めててほしいそうで、その指揮を、堀先輩たちにお願いしたいとのことです」

「分かった」

「本当は菅田先輩が直接連絡をしに来るはずだったんですけど、校外なので早めに出なくちゃならなかったらしくて…」

「そうなんだ。わざわざありがとね、カナちゃん」


用件を伝え終え、律儀にお辞儀をして戻ろうとするカナちゃん。引き止める理由もなしに、見送っていた、ら。


「叶倉」

「っはっはい!」


堀ちゃんの声に、驚きながらも振り返るカナちゃん。まさか引き止められると彼女は思わなかったのだろう。堀ちゃんは手に隠し持っていたいちごオレを差し出した。


「…さっさっき、今日はいちごオレの気分じゃないけど購買で買っちまって。あいつもいらねえって言うから、やる」


え、俺一言もそんな事は聞かれてないけど。


「あ、ありがとうございます…!」


カナちゃんは両手で受け取ると、心底嬉しそうに微笑んだ。

教科書なんて先生が来てからでもいいや、そう思い、何となく二人から離れるようにして教室に戻った。話し声は聞こえないけれど、二人が廊下で話しているのが分かる。


よほど、お互い好き合ってんだな。


「いいなあー、俺も恋してえ」

「ひとり言大きいな」

「もう寝る」

「間もなく授業だよ」


クラスメイトの突っ込みを聞き流すようにして机に突っ伏した。やはり育ち盛りはよく眠くなる。

おかげでその日の夜もぐっすり眠れたが、長い長い、を見た。





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