4.嵩原聖
羽鳥! 起きろ!!
うむ。ちゃんと起きたね。えらいえらい。
くだらない茶番に付き合いたくない気持ちは分かるが、終わりはちゃんと見届けるべきだよ。
……羽鳥、まだ寝ぼけているのかい? それとも、君は恵夢のためを思ってそんなことを言っているのかね? とんだお門違いだよ。この企画の主催者をかばうことは、むしろ恵夢を侮辱するに等しい。
くだらないよ、これは。とてもくだらない。
まったく。君たちと来たら、誰も主催者を疑っていなかったのかい? 愚かしいね。あれだけ天羽恵夢の理解者であるかのように話しておきながら、その実、彼のことをまったく理解していなかったのか。
まあ、仕方がない。君たちに理解できたのは、彼がどうしようもないほどの才能とそれにともなう激しい気性があった、という点だけだからね。どういう才能で、どういう局面で激しくなるのかまでは、結局把握できなかった。だから、主催者にまんまと乗せられたんだ。
……僕を一緒にしないでくれ。天羽の才能は確かに惜しかったし、演劇と縁を切ったことには怒ったが―――それは過去だ。今となっては、ただの可愛い後輩だよ。
女装させた理由は、そちらの方が天羽の個性を生かせるからだ。実際、似合っただろう。
進路相談はずっと受けていた。在学中も、僕は彼の指導役だったからね。猛反対したのに、結局聞き入れずに、進学を決めたのだよ。まったく、惜しいことを。
さて、話を戻そう。この企画の主催者の話だ。
……違うよ、羽鳥。主催者は別の人間だ。
だいたい、天羽恵夢は「他人が口にするもの」については、人一倍神経質なんだ。事前に徹底調査をするし、招いたゲストにセルフサービスさせる性分じゃない。双葉や篠岡も言っていただろう? 天羽恵夢は完璧主義だと。
ましてや、澄香夫人は病弱な方だ。あの二人が主催するのであれば、招待状に返信用の封書ぐらいは付けてくる。アレルギーを調べる手間を、あの二人が怠るはずがない。
そして、澄香夫人は体が弱く、あまり夜の遅い時間には活動をしない。恵夢は下戸だ。
そもそも、今現在共にいるのなら、わざわざ学生時代の昔話なんて、聞く必要はないんだ。本人が―――恵夢がずっとそばにいると決めたのだからね。
そう! つまりこれは、第三者がしくんだものだ!
あの招待状も、ここにあるメモも、すべてが偽造品、ニセモノだ!!
最初から、僕には違和感しかなかった。
薔薇園の創設時にも招待しなかったかつての友人を、閉鎖が決まった時だけ招待するなんて、恵夢らしくない。そんなときに会ったら『なぜ閉鎖するのか』という点に話が行く。原因が何であれ、そんな弱みを見せるような男か? 敵とみなした相手に容赦がないのに?
親しい間柄だと思っていたのに、結局、彼には膨大な秘密があったじゃないか!
恵夢を騙り、澄香夫人を騙る人物は誰か? 目的は何なのか? 僕なりに考えて、結論が出たよ。
ああ、そろそろか。日付が変わって、二時間が経つんだね。
ふん! バカバカしい目的だが、打ち破ってやると思うと清々するよ!
……仕方がないね。凡人の君たちにもわかりやすく説明してあげよう。いや、むしろ懇切丁寧に説明した方が、企画主催者の鼻を明かせるから、ちょうどいいか。
君たち、百物語は知っているね? ……篠岡、君の無知蒙昧ぶりは、役者としての致命的な欠点だ。もう少し勉強しなさい。
まあ、百物語というのは、夜に数人が一か所に集まって、順番に怪談を語るというものだ。蝋燭を用意して、話し終えたら吹き消すのが一般的だね。部屋の扉は、必ず閉じた状態で行うこと。ただし、厳密には語る怪談の数は、九十九でいい。百個目はね、九十九語り終えた時に起こる、怪異をさすそうだ。
……ああ、そうだ。双葉の言う通り、この状況に共通点があるね。天羽恵夢の昔話―――それも、僕たちが学生だった頃、彼が一番美しかった時の話だ。
……羽鳥、まだ僕の話は終わってない。黙って聞きたまえ。
さて、夜中というのは不思議なことが起こる時間でもある。午前零時―――すなわち深夜には、人間本来の体臭が漂うし、午前二時から二時半は、昔は《丑三つ刻》であり、魑魅魍魎が活動的とされる時間であった。呪いの藁人形も、この時間に釘を打つと効果があるらしいね。
おぞましいものが見えやすくなる時間であり、この世の法則が捻じ曲がる時間でもある。
愚かしい犯人は、僕たちを夜に一か所へ集め、天羽恵夢の過去を話すよう促した。一か所に集められた複数の人間。それも、青春時代を過ごしたとなれば、話しているうちに昔の恵夢を思い出していくだろう。羽鳥はいまだに恵夢に未練たらたらだし、双葉は何かと恵夢と比較されていたし、篠岡は恵夢と競い合うことが多かったからね。僕だって、恵夢とはいろいろな思い出があるさ。
犯人は、かつて恵夢と深く交流し、彼の昔の姿を、今も鮮明に覚えている人間ばかりを集めた。
しかしだ! 犯人としては、閉じ込めたことが徒になったね。もっとも、僕の優秀な頭脳を計算外にしていたことが、そもそもの間違いだ!!
……ああ。すまないね。少し興奮しすぎたよ。水をもらおう。
羽鳥、特に君には落ち着いて聞いてほしいんだ。
おそらく、恵夢はもうこの世にいない。
そう考えると、僕たちをここに閉じ込めて、思い出話をさせる犯人の主旨に、とても納得ができるんだ。
降霊術だよ。
噂をすれば影、なんて諺があるようにね。相手は死者だから、深夜にこの会を催す必要があったんだ。
双葉、用意された酒の中に、清酒はあったかい? 塩は? ……ああ、やはりないのか。どちらも、霊を寄せ付けないものとされているからね。
百物語の最後に怪異が起こるのは、夜中に怪談をすることで霊を呼び寄せるからなんだ。それを応用して、死者の話をすれば本人が―――恵夢の魂が、ここへ来ると思ったんだろうね。
……残念だがね、篠岡。これが澄香夫人の思惑だとは、とても思えない。そりゃあ、彼女は熱烈に恵夢を愛していたけど―――過去ではなく、常に自分の傍にいる『今』の恵夢を見ているよ。過去に帰るぐらいなら、きっと―――彼女は後を追うよ。
少し休もう。
僕らがここで何も話さなくなれば、犯人が何らかのアクションを起こす。その時に、隙を突いて脱出するしかない。
もったいないけど、ワインボトルを持った方がいいかもしれないね。犯人が複数だとしたら、厄介だ。
澄香夫人は無事だといいね。
……おい、羽鳥、本気で言っているのか? 窓から飛び降りるなんてしたら、君の役者生命が危ういぞ。……いや、まあ、確かに、澄香夫人の安全を考えれば、早くに出た方がいいだろうが。
待て! あれは……
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