2.双葉聡

 嵩原先輩、ドリンクのお代わりはいりますか? ……はい。分かりました。

 大丈夫だよ、優季くん。こういうの、僕は慣れているから。学生時代はお茶を淹れるのにハマっていたし、今はお酒作りにはまっているんだ。

 ええ、そうなんです。僕、昔から料理が好きなんです。……ははっ、違いますよ、羽鳥先輩。僕はチョコレート専門なので、『パティシエ』じゃなくって『ショコラティエ』なんです。もちろん、お菓子も作れますけど、仕事ではチョコレート以外、作ったことないです。

 そうですね、僕も恵夢くん同様に、芸能界には進みませんでした。僕にはあまり才能はありませんでした。それに、芸能界よりももっと興味を持てることができてしまったので。

 今のお仕事も、とても楽しいですよ。あの頃仲良くなった人たちが、お店の宣伝をしてくれて―――そうそう! 今度出る雑誌に、特集記事が載ることになったんです! ……えへへ。ありがとう、優季くん。予約もできるから、よかったら一度食べてみてね!

 あ。おつまみはどうします? クラッカーとか生ハムもあるから、色々組み合わせができますよ? ……分かりました。作り終えるまで、ちょっと待っててくださいね。


 そうですね。恵夢くんとも、たまに一緒にお料理をしましたね。

 僕の家って、当番制で家事をするんです。下には妹や弟がいたし、お母さんたちは働いていたので、手分けする必要があったんですよね。だから、家事って普通に身についてました。

 恵夢くんも、事情はちょっと違うけど、家事をしていましたね。

 えっと……本人から、直接聞いたんです。お家のこと。

 ほら、入学したての頃、自己紹介用の紙が配られたでしょ? 優季くんも書いたじゃない。趣味とか特技とか、好きな食べ物とか苦手な食べ物とか。……はい。生徒同士での交流用ですね。

 恵夢くんは、僕たちの学年で一番背が低かったし、学力面ではトップでしたから、ちょっと注目されていたんですよね。……入学後は、彼自身の言動のせいで、さらに注目が集まりましたけど。


 僕が気になったのは、『家族構成』の項目が空白だったから、なんです。

 他の項目は、結構素っ気ない解答が埋まっていたのに、そこだけ、何も書いてなかったんです。……いえ。実は僕、恵夢くんは僕と同じ理由で書かないんだと思っていました。

 あのプロフィール表、記入欄がやたらと狭かったんです。僕みたいに、下に弟妹がいる場合とか、祖父母と暮らしている場合って、すごくちっちゃく書くか、はみ出してしまうんですよね。

 うん。僕もプロフィール欄は空白だったよ。優季くんは、結構頑張って「両親・妹」て書いていたよね。


 えへへ、ありがとうございます。キュウリとクラッカーって、結構、いろんなものと合いますよね。

 それで、誰が話しましょう?

 え。僕の話を続けるんですか? ……あ、はい。分かりました。

 えっと、なんの話をしてましたっけ? ……ああ、プロフィール表ですね。ありがとうございます、羽鳥先輩。


 そうそう。恵夢くんが『家族構成』を空白にした理由、ですね。

 僕はてっきり、恵夢くんも僕と同じ大家族だと勘違いしたんです。それで、お昼休みに思い切って聞いてみたんです。

「天羽くんのところは、何人兄弟なの?」

「一人っ子だよ?」

 恵夢くんは、怪訝な顔で答えてくれました。疑われていることに居心地の悪さを感じながら、僕は正直に、プロフィール表のことと僕自身の家族構成を話しました。

「てっきり、同じように大家族かと……」

「逆なんだよ。住んでいるのは二人だけ」

 恵夢くんは、僕の勘違いを笑って許してくれました。そして、教えてくれたんです。

「俺さ、両親いなくって、今、遠縁のお姉さんとこでお世話になっているんだ。でも、ちょっと説明しづらくって面倒だから、あえてあそこは空白にしたの」

 はい、そのお姉さんにも会ったことがあります。何回か、恵夢くんのお家にお邪魔したこともあります。僕たち、料理が―――特にお菓子作りが好きなんです。たまに、クラスのみんなにも振る舞いましたよ。みんなの好みに合わせて作るの、楽しかったな。……優季くんには『女子か!』て突っ込まれたね。えへへ。

 僕たち、外国の児童文学が好きだったんです。昔に書かれたものって、すごく美味しそうなお菓子があって「作ってみたいな」なんて思っていました。同い年の同士ができたのは、嬉しかったですね。

 材料費は折半でした。だけど、場所を提供してもらう代わりに、僕はときどき、恵夢くんの制服の修繕をしました。……ええ、そうです。恵夢くん、あれでなかなかケンカっ早いところがあったから、ボタンや袖が取れること、しょっちゅうあったんですよ。

 一番すごかったのは――――そうだなぁ、ストーカーをやっつけて、ジャケットの肩がぱっくり取れちゃったことですかね。半分くらい僕の責任だから、あの時は本当に申し訳なかったな。

 僕たちがいたのは、伝統ある演劇部でしたね。だから、公演を見に来るのは、OBや芸能事務所の方、演劇が好きな一般人もいました。なかには、ファンになってくれる人もいましたね。

 最初は、応援してくれる人がいることが、すごく嬉しくて励みになりました。僕は、グループ内でも脇役でいることが多かったけど、頑張ったところをすごくよく見てくれて、褒めてくれる人がいること、単純に嬉しかったですね。

 そんな人たちの中に、注意しないとこちらを傷付ける人もいるっていうのは、結構、怖いことだと思いましたけど。


 ……ええ、そうです。ニュースにもなった、僕たちのグループの熱狂的な―――いえ、この場合はストーカーというべきでしょうね。僕、生まれて初めて「話の通じない人」の怖さを実感しました。

 その人は、メンバーの誰かではなく、グループ全体を応援してくれる人だったんです。いわゆる、箱推しですね。

 わりと目立つ人でした。公演が終わった後、出演者全員が、出口でお客さんたちを見来るじゃないですか。すぐ見つけられるんですよね。雨が降ってて寒いのに半袖だったり、逆にカンカン照りの日にセーターを着てたりする人だったで。それから、いつも手作りプレゼントを差し入れしてくるんです。……ええ、作ってくれたお菓子とかは、いつも処分していました。当時の僕は「もったいないなぁ」と思っていたけど。……そうだね、えへへ。昔も優季くんに同じこと言われたっけ。

 はい。えっと、プレゼント攻撃が悪化したのは、秋以降でしたね。ハロウィンを兼ねたイベント以降だったので、覚えています。

 手作りお菓子から手作りグッズに切り替わったんです。メンバーに似せた、マスコットだったかな。……優季くん、はっきり言うね。……うん、まあ、確かに、下手だったけど。ハロウィンってオバケの仮装をする日だから、わざとああいう、下手というかちょっとグロテスクな見た目にしたんだと思ったよ。

 ただ、その人、もうかなりの古参だったし、いつもプレゼントの感想を聞いてくる人だったので、処分に困ったんですよね。本当は捨てているのに「部屋に飾ってます」なんてウソは、つけないですから。だから、犬を飼っていたメンバーが持ち帰ったんです。

「犬が気に入って遊びすぎて、ボロボロになって壊れちゃいましたってことで」

 そんな風に対応しようと決めて、年が明けた頃の朗読劇で、マスコットが壊れた嘘を吐いたんです。その人、その場では笑っていました。

 ところが数日後、メンバーの犬が死んじゃったんです。

 さらに落ち込ませたのは、飼い犬の死体がなくなってしまったことなんです。お葬式の途中―――葬儀場から火葬場へ運ぶ途中に盗まれたとか。……飼い犬は、事件が解決してから、とても無残な状態で発見されたそうました。マスコットを作った人の自宅の庭から。恵夢くんは、どんな使い方をするのか知っていたみたいだけど、教えてはくれませんでした。

 僕たちもスタッフも、あの人が犯人だっていうのは、なんとなく感じ取っていました。でも、目撃者がいないんですよね。そんな状態だから、あの人を出禁するわけにもいかなかったんです。結局、当分は出演者の見送りは早めに撤退しようってなりました。プレゼントも、警備員さんたちに厳重にチェックしてもらって。

 でも、あちらの方が一枚上手でした。

 当時の僕の家には、オートロックなんてありませんでした。共働きで、夜まで大人がいない。だから、狙われたんだと思います。

 その人が「プレゼント」にこだわっていたのは、今思うと、不幸中の幸いでしたね。……ええ、そうです。僕の家に、匿名でプレゼントが届いたんですよ。僕宛てのカードが付いていたから、妹たちは中を開けませんでした。箱を見た瞬間から、僕はすごく怖くなりました。


 だって、配達表もなく、手書きのカードが付いているだけだったんですから。


 両親が帰ってくるまでの間、妹や弟たちの前では、何でもない風を装っていました。でも、どうしても怖くなって―――恵夢くんに、メールをしたんです。どうこうしてほしい、ではなく、ただ話を聞いてもらうだけのつもりで。

 でも結局、恵夢くんは家まで駆けつけてくれたんです。悪い事したな、ホントに。……うん、ちゃんと電話をかけて止めたんだけど。無意味だった。

 恵夢くんが僕の家に着いたら、あの人と鉢合わせしたんです。そういう可能性を考えて、僕は彼に「来ないで」と言ったのに。

 恵夢くんは制服だったけど、その頃は大分髪が長かったから、あの人も女の子と勘違いしたんでしょうね。でも、恵夢くんは、見た目に反して、かなり攻撃的でした。相手が女性でも、自分に襲いかかって来たら、容赦しなかったみたいです。いえ、むしろ、

「殺意と敵意があって向かってくるのなら、こちらも全力でそれを叩き潰す」

 なんて言っていましたね。

 ストーカーをボッコボコにして、僕に警察への連絡を頼みました。そうして僕は、一連の事件のあらましを知ったんです。

 警察官の人もそうですけど、僕もあの時は恵夢くんに怒りましたよ。普通に考えて、彼のしたことは。すごく危険ですから。

 あのストーカーの鞄には、鋸とトンカチが入っていたんです。

 なにをどうするつもりだったのか。僕にくれた最後の「プレゼント」が何かは、結局、分かりません。知りたくなかったんです。怖くって。……こういうところも含めて、僕は役者に向いていないんですよ。

 でも、恵夢くんには向いていたと思う。


 恵夢くんは負けず嫌いで、血の気が多かったですねえ。

 ほら、さっき羽鳥先輩が言っていたように、恵夢くんって、女の子みたいな顔立ちだったでしょう? いつだったか、タチの悪い上級生が「ホントに男かな」なんて言い出して、恵夢くんの服を脱がそうとしたんですよ。返り討ちにしてましたけど。

 他にも、体育祭とか張り切りすぎて、体操着がボロボロになって。……ええ、そうなんです。嵩原先輩の作った衣装を着ているときは、わりと大人しくしていましたよ。

 恵夢くんを大人しくさせるなら、常に嵩原先輩の衣装を着せていた方がいいんじゃないか、なんて思ったこともありました。クラスのみんな、わりと本気で。


 嵩原先輩が卒業してからの恵夢くんは、ますます演技が上手くなっていきましたね。主演だと他の子たちが目立たないくらい。優季くんぐらいじゃないかな? 恵夢くんと共演しても霞まないだけの実力があったのって。

 舞台の上では息がぴったりなのに、リハーサルではケンカばっかりしていたよね。

 それでいて、二人とも連絡事項とかは、普通にしているんだよね。その辺の切り替え、無意識でしているんだもの。傍で見てる方は、かなり戸惑うよ。

 僕と恵夢くんは、全然ケンカしませんでしたね。進路についても、少しだけ話しました。

 農業大学へ行くって聞いた時は、びっくりしましたね。奥さんと付き合っていることも、その時―――三年生の秋に初めて知りました。


 次、いっそのこと、優季くんが話す?

 みんながあまり知らない、恵夢くんと奥さんのこととか、知っているのは、多分、優季くんだよ?

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