5.天羽恵夢

 この度は、いろいろとご迷惑をおかけしました。でも、おかげで助かりました。……やっぱり、聖先輩には頭が上がりません。

 宅配業者を装ってやってきたから、俺もつい油断しちゃったんですよ。

 だってまさか、女性に襲われるなんて思わないじゃないですか。

 それに、俺が卒業したのって十年前ですよ? もう十年ですよ? その間に、どれだけの子があの演劇部で活躍したと思います? もう新しいものが何もない、もう変化することのない存在より、常に新しく輝く方に目が行くじゃないですか。


 あの人は―――今回の事件の犯人は、全体的に杜撰ですよね。

 ……はあ。そうですね。そう考えると、俺がこうして生きているのは、不幸中の幸いかな。

 がんばって俺や澄香の筆跡を真似た手紙を用意しましたけど、結局、聖先輩に見破られるし。


 ……え? 幻覚を見た? 昔の俺?

 へえ。窓から飛び込んできて、そのまま扉をすり抜けたんですか。

 ……ああ、先輩たちが扉を壊したのは、刑事さんたちから聞きました。その際、部屋にあるもの全部投げつけたのも。

 ……いえ、別にいいです。もともと、壊す予定でしたし。むしろ、そうしないと、屋根裏にいた俺を見つけられませんでしたしね。逃げようとした犯人まで捕まえてくださって、本当に感謝しています。

 ……ああ、はい。優季たちから聞きました。羽鳥先輩が大活躍したって。お見舞いにも来てくれましたよ。

 相変わらず、顔はいいのに気持ち悪い男ですよね。羽鳥先輩って。

 澄香が生きていたらなあ。……ほら、あの人って変なところで常識人だから、妻帯者になったら諦めると思っていたんですよね。でも、今の俺って寡じゃないですか。隙があると思われたのかなあ。

「また、ちょくちょく遊びに来るね」

 なんて言われましたよ。社交辞令だと思いたいです。わりと切実に。

 あと、聡が犯人と無関係だったのもびっくりしました。絶対に、彼がまた何かしかけたのかと……ええ、学生時代に聡のストーカーと対決したのは、ほとんどあいつの差し金ですよ。昔っから、そうやって競争相手を潰してきたんです。……俺と優季がライバル? ああ、あいつまたそうやって、都合のいい話を作り上げたんだ。

 むしろ、聡は俺とよく比較されてましたよ。どっちも華奢だったし、女の子らしいものが好きだったけど、名前のある役は俺の方が多かったし、女装もできたから。

 昔のストーカー事件の時、聡は俺に「妹が危ない」て、電話してきたんですよ。さも、今頑張ってストーカーから逃げているような態で。俺はまんまとそれに騙されて、聡の自宅へ走って、犯人と鉢合わせしたんです。

 あとは、先輩もご存じのとおりです。

 だから、今回あそこに聡がいたって聞いた時、またあいつの差し金だと思いました。


 でも、結局違ったんですね。

 犯人は、最近俺のことを知った人だった。OBが録画していた公演記録を見た、親戚の子。

 好きになったのはいいけど、今現在の俺が気に入らない―――そんな理由で、若返らせようとするなんて、勝手だなぁ。

 ……いやあ、俺の薔薇園へは、一回だけしか来なかったので、覚えていませんでしたね。昔の話を振ってくる人は、それこそ、何人もいましたし。わざわざこんなところに来る人だと、恨み言というよりは思い出話をする人が多かったので。……ええ、わりと穏やかに話しましたよ。あとで澄香がヤキモチを焼きましたけど、彼女は誰であろうと自分以外が俺と親しくするのが気にくわないから。

 うーん。でも、この人かあ……

 思い出せないくらいだから、やっぱり、大した話はしていないんじゃないですか? 一方的に好きになって、一方的に失望して、暴走したんでしょう。片思いですらないですよね、そんなの。

 改めて振り返ると、本当に杜撰ですね。

『降霊術で死人を呼ぶ』なら分かりますけど、『百物語に似せた降霊術で肉体の時間を巻き戻す』というのが変ですよね。筋が通ってない。

 しかも、降霊術を気取っておきながら、俺を殺し損ねているんですよ。「頭を強く殴れば死ぬと思った」なんて、そんなに簡単に人は死なないんですよ!

 それにですね、降霊術とか黒魔術っていうのは、ちゃんと手順を踏まないとダメなんですよ。邪法なんて呼ばれるけど、邪法は正しいやり方から外すものですよ。今回のは『正しい手順がない』んですから、成功しないんです。


 それから、俺が出ていた公演記録の削除手配までしていただいたようで。

 ……ええ、いいんです。俺はもう、あなたにとっても、過去の作品です。振り返って懐かしむだけならいいですけど、現在を蝕むような事態を起こすなら、記録さえも消した方がいいです。

 あの学校で過ごした日々や、舞台に立った日々は、懐かしいですけど、それだけです。確かに俺は、栄光のただなかにいましたね。たくさんの人に認められ愛され、これ以上ない贅沢も経験しました。これ以上ない孤独も。

 それらすべて、もう、過去のことです。

 聖先輩はもちろん、あの学校で過ごした人たちを、たまに懐かしく思い出しますよ。でも、もう一緒に仕事はできないでしょう。十年って、雲泥の差が付くブランクですよ。

 聖先輩も、俺のことは「たまに」思い出す程度でしょう?

 それでいいんですよ。


 だいたい、十年間会わなかった人と久しぶりに会うなら、もっとめでたい席に呼びますよ。

 ……ああ、そうですね。結婚式は、しなかったんです。澄香の希望で、写真だけ撮ったんですよ。お互いにしがらみのない状態でいたかったから、親戚も呼びませんでした。だから、ごく親しい人に手紙だけで報告したんです。

 その中に優季を入れたのは、澄香の希望ですよ。俺も賛成しました。

 二人で一緒になってしまえば、俺を出汁に澄香に近づいてこないだろうってね。


 ふふっ。

 俺は基本的にウソつきですからね。嫌いなやつにだって笑顔を見せますし、懐いているふりだって得意ですよ。

 ああ! 誤解しないでくださいね! 聖先輩のことは本当に尊敬していますし、俺に演劇を教えてくださったこと、感謝しているんです。

 澄香への愛も、本当ですよ。というか、彼女にウソをつける人間なんて、いないんじゃないかな。俺のウソだって、やすやすと見破る人だったし。

 結構、少ないんですよね。俺の本音を―――本心を見抜いてくれる人って。


 ……今後のことは、もう決めているんです。四国にある植物園で働くことになったんですよ。素敵でしょう? 澄香とも前話し合ったんです。彼女が亡くなったら、そこへ移住するって。

 ……さすがは聖先輩。よくご存じですね。四国八十八か所巡り。いろんな条件を満たしたうえで逆回りすると、死者が蘇るらしいんですよね。

 出来ると思います?



 <完>

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カイキカイダン 逢坂一加 @liddel

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