3.篠岡優季

 天羽恵夢と俺の仲の悪さなんて、学生時代にさんざんケンカして、みんなの噂になったっすから、いまさら、ここで語る気はないっすよ。つーか、語り出したら夜が明けちゃうっすから。あと、みんなだいたい知っている話ばっかっすよ?

 役の解釈が全く違うから、リハーサルでは苦労するんすよね。同じシナリオ読んでいるのに、あいつは飛躍した想像をするし、俺は読み込みが浅いって、ズケズケ言われて……まあ、そんな感じっす。

 俺、天羽とは三年間同じクラスだったし、演劇部以外では普通に話すこともあったっす。それでまあ、ちらほらとあいつの家庭事情とかも知っていったっすね。

 上級生の中に、あいつと腹違いの兄がいる―――ていうのが、有名でした。どっちが本妻でどっちが愛人なのかまでは、分かんなかったっすけど。


 あいつとあいつの奥さんのことは、部員の何人かが知ってたっす。俺だけじゃないっす。ただ、付き合い始めたのは、出会ってからだいぶ経ってからっしたね。

 あいつの奥さん―――佐郷澄香さんは、演劇部OBのお嬢さんっすよ。芸能事務所の社長さんで、学校にもたくさん寄付してくれた。で、その娘さんってのが、俺たちより年下で、天羽より背がちっちゃくて――――めちゃめちゃ性格がきつかったんす。……ああ、嵩原先輩も面識があるんすか。すごいっすよね、あの性格。

 まあ、目が肥えていたんでしょうね。噂っすけど、澄香さんが気に入った生徒はたいてい大物になるらしいっすから。だから、ときどき、お父さんにくっついて学校に来ていたみたいっすよ。視察みたいな?

 天羽とは、一年の春休み中のリハーサル見学に来て、意気投合したんすよ。

 なんか、怖い話と薔薇と、バレエの話で盛り上がっていたっすね。

 二年生の秋頃かな? 澄香ちゃん、わざわざバレエのチケット取ったんすよ。……ホントはさ、聡を誘いたかったんだって。でもほら、お前、ちょうど、別のOBから個人レッスン受けてじゃん。……はい。それで、なぜか俺が澄香ちゃん直々に誘われたんす。いきなり、職員室へ呼ばれて行ってみたら、佐郷先輩と澄香ちゃんがいたんす。特に予定もなかったんで、受けたっす。バレエ見るのが初めてなんで、いい勉強になるかなって。

 でもって当日、俺、澄香ちゃんに結構辛辣に絡まれたんすよね。……いやいや、ケンカなんかしないって。年下の女の子にムキになるほど、ガキじゃないって。

 後で聞いたら、澄香ちゃんが天羽といるときに、あんなに攻撃的になったのは、あれが初めてみたいっす。天羽も、こっそりフォローしてくれたっすね。

「いつもは言い方きついけど、誰かをあんまり攻撃しないんだ。……篠岡とは初対面だから、緊張しているのかも」

「俺、見た目からして男だから、余計に緊張してんのかもな」

 そんな会話をしたっすね。本当に、俺はあんまり気にしてなかったんす。天羽の言う通り、誘ったはいいけど緊張してついきつくなっちゃってんだなって、解釈してたっすから。

 あと、天羽と澄香ちゃんって、一緒に会う時は、澄香ちゃんのお友達と一緒に遊んでいたらしいっすから。二人っきりで会うことはなかったみたいっす。……そうっすね。嵩原先輩の言う通り、あの頃にはもう、澄香ちゃんは天羽のことが好きだったんすよ。でも、二人っきりで会うのは照れくさいから、適当な同級生を呼んだんでしょうね。


 本人から直接聞いたわけじゃないけど―――俺、天羽が芸能界に進まなかったのは、澄香ちゃんのためだと思うっす。

 あの子の傍にいるために、引退して、薔薇園を始めたんすよ。

 結局、経営難になって、閉館になっちゃったけど。

 だって植えられているの、澄香ちゃんが好きな種類が多いんすもん。きっと、ここで二人で育てたかったんすよ。お互いに好きな薔薇を。


 ***


 羽鳥先輩、寝ちゃった?

 結構、ガンガン飲んでたっすからね。……え、水とかスポドリまで入ってんの!? どんだけ準備いいんだろ、澄香ちゃ―――澄香さん。大人になったんだなぁ。独占欲だけは、相変わらずすごいけど。

 ……えっと。……はい。嵩原先輩の言う通りっす。さっきはあんなこと言ったっすけど、実は俺が呼ばれたのは「天羽の学校生活について」澄香ちゃんに教えるためっす。いやもう、根掘り葉掘り、いろいろ聞かれたっすね。

 きっかけは……羽鳥先輩っす。

 例のバレエが終わった後、あいつ、感動し過ぎて泣いたんすよ。それこそ、前も見ないくらいのすげー涙で。澄香ちゃんも泣いてたっすけど、あいつに比べれば、まだマシで。

 あいつ、次の週に通し稽古があったらしいんで、トイレで顔を洗おうとしたんすよ。ところが、全然涙がとまんなくって前も見えない状態だったから、俺が付き添ったんすよね。

 観客席の入り口に、羽鳥先輩がいたんすよ。

 もしかしたら、向こうも誰かと一緒にいて、たまたま一人になったところに鉢合わせたのかもしれないっす。

 ただ……天羽に気付いた羽鳥先輩は、隣にいる俺に気付いた途端、すごい顔になったっす。すげー怖かった。結局、何も言わずにそっぽ向いて帰っちゃうし。

 その日の夜―――マナーのことをネチネチ責められた食事を終えた後、俺は、澄香ちゃんの部屋に呼ばれたんす。そこには、佐郷さんと澄香さんがいたんすよ。

 佐郷さんは済まなそうにしていたっすけど、結局、澄香さんを止められなかったんすよね。実際、あのときの澄香さん、なんか殺気立ってたっすもん。

「あの男は、天羽恵夢とどういう関係なの?」

 いやあ、さすがに『付き合っている噂があった』てのは言えなかったっすね。だって妹と同い年の子に、そんな話できないっすよ。その場は誤魔化したっす。……そうっす、それから数時間くらい、澄香さんはあいつの―――天羽の、学校での様子をオレに質問し続けたっす。あれ、ほとんど尋問っすね。

 結局、羽鳥先輩との噂は別のルートからバレて、俺は大目玉を食らったっす。

 でも、あいつの家庭事情については、本人から直接聞いたのかな? 俺、てっきりそっちについても、「真相を確かめてきなさい!」なんて言われないか、ビクビクしてたもんで。


 さっき話していた、天羽の義理のお兄さん。一つ上の学年で、俺、同じクラス委員でした。アイツの初舞台が終わってから、やたらと天羽に構うようになったんすよね。ケンカっ早いあいつを窘めるという割には、なんか、やたらとベタベタしていたっす。同じクラスの俺よりも、あいつに構っていたかな。ときどき、あいつが冗談で先輩のことを「兄さん」なんて呼んでいたこともあったっす。

 呼ばれた時の先輩は、なんか、変に傷付いた表情だったっす。

 澄香さんとのバレエ鑑賞後しばらくして―――二年生の冬休み明けっすね。その人、転校しちゃったんすよ。それについて、羽鳥先輩がなにかしたんじゃないかって。

 噂にしては、ちょっとおかしいっすよね? もう卒業した人が、なんでわざわざって。

 俺は―――羽鳥先輩のような気もするし、澄香さんのような気もするっす。

 嵩原先輩にも、分かんないっすか。……いや、知るのが怖いんで、謎のままでいいっす。

 羽鳥先輩と言い、澄香さんと言い、あいつの周りには恐ろしく嫉妬深い人間ばっか集まるんだよな。

 さ! 次は嵩原先輩で最後っすよ!

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