願い

「そんなわけで、宿題はほとんど何も手をつけてないんだよ」

「そうかそうか、よく分かった。分かりすぎて辛くなるほど分かった」

神様は疲れきった顔と声をしていた。

「大丈夫? 喉かわいた? 何か飲む? 飲みかけで良ければ玄米茶があるよ?」

「誰のせいだと思っとるんじゃ… 要するに、『夏休みの宿題なんてどうせ余裕だから毎日ゴロゴロしてたって平気だぜウヘヘヘヘ』と思ってたら夏休みが終わってたんじゃな?」

「『ウヘヘヘヘ』なんて思ってない!」

「『ウヘヘヘヘ』以外は思ったんじゃな?」」

「思った! 一語一句違わずに思った! よく分かったね!」

「わしもう、おぬし嫌じゃ…」

 神様は深くため息をついた。が、急に姿勢をピンと正した。


「じゃが、わしもこのままでは神社を破壊されるかもしれないという恐怖にかられたからとは言え、一旦おぬしの前に現れたからには責任を取る。おぬしの願いを叶えてやるぞ」

「本当に!? やったー!」

「夏休みの宿題を何とかしたい、ということじゃったな?」

「うん、たとえばなんだけどさ、時間を夏休み初日まで巻き戻してもらうことってできる? そうしたら今回こそは真面目に計画的に宿題やるから!」

「時間操作か、お安い御用じゃ」

「マジで!? 半分冗談だったのに! 神様って意外とすっごーい! しかもたった9円でなんておっとくー!」

「『意外と』とは何じゃ! 神様じゃぞ神様! お買い得品みたいな言い方もするな! …で、本当に次こそはちゃんと宿題やるんじゃな?」

「神に誓います」

「よろしい。その願いを叶えてやろう。それと、言うタイミングが掴めなくて言ってなかったけどな」

「?」

「日記を読み終わった直後くらいからわしの尾をグイグイ引っ張り続けているその手を離してはくれないか?」

私は、掴んでいた神様のしっぽをパッと離した。

「ごめん。触り心地よさそうだったから」

神様は再び大きなため息をついた。


「よし、準備できた」


 両方の前足の肉球を合わせて目を閉じ、ぶつぶつと何かを唱えていた神様は、2分ほどしてやっと目を開けるとそう言った。

「準備なんてあるんだね」

「まあな。ほれ」

 神様が前足を開けると、左前足の肉球の上にピンポン玉くらいの白く輝く光の球がのっていた。


 これ何、と訊こうとしたが、そうする間もなく光はどんどん大きくなり、私よりも少し大きいくらいのサイズになったところで止まった。

 呆気にとられて見とれていると、「この中に入って行け。そうすれば次に目覚めたときはもう夏休み初日だ」と言う声がした。光の後ろに隠れてしまっていた神様が瞬間移動のように私の隣に現れて教えてくれたのだ。

「すごーい… 本当にありがとう。助かるよ」

「なーに、いいんじゃ」


 神様は一瞬うつむいたが、顔を上げて私を見上げた。

「先ほどはおぬしの前に姿を現したのは神社破壊されそうだったからだと言ったが、本当はもう一つ理由があったんじゃ」

「え?」


 神様は私から視線をずらし、遠くを見つめるような目をして続けた。

「近頃は頼りにしてくれる人間がめっきり減ったから、久しぶりに本気でわしを信じてくれる人間に会えて嬉しかったんじゃ」


 ああ、なんだ… 神様だって、寂しいんだ… 人間と同じところもあるんだな… なんか急に、本当に急にしんみりしちゃったな。なんだこれ。


 まあ、気を取り直して…

「また今度遊びに来るよ」

「言い忘れておったが、人間がわしのような存在に直接会って願いを叶えてもらえるのは生涯で一度だけだ。今度来ても、もうわしには会えんぞ。良いのか?」

「そうなんだ… でも、ここにはまた暇なときにでも来るからさ」

「ふん… 余計な気を遣いおって」

 その時の神様の声は、心なしか嬉しそうだった。


「ほら、早く行け。光が消えてしまうぞ」

「…うん、ありがとう。また来るからね」

 そう言って、私はハンドリムを回し、すっと光の中に入り込んだ。ひんやりして気持ちいい。でも、まぶしい。思わず目を閉じる。

 いつもより明るい瞼の暗闇の中で、神様が苦笑するようにこう言ったのが耳に入った。


「まあ、『私の代わりに宿題をやってください』とかじゃないだけまだマシだったかもしれんな」




 あ…

「ごめん待って! やっぱりそっちにするよ願い事! 君が代わりにやって!」

 慌てて振り返った私の目に映った神様の表情は…




「何その顔! そんなチベットスナギツネみたいな目で見ないでよタヌキなんだから!」

 自分の大声で目が覚めた。


 私は、見慣れた自分の部屋の、見慣れた自分のベッドの中にいた。

(えっ、やっぱり寝坊した!?)

 慌てて上半身を起こし、壁の日めくりカレンダーと時計を確認した。

 

 息を呑んだ。

 9月1日だったカレンダーは終業式の翌日、つまり夏休み初日を示している。何でもサボる私もカレンダーめくりだけは毎日やっているから間違いない。

 時計は、朝の7時を指している。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。


(本当に… 本当に時間を戻してくれたんだ!)

 とてつもない喜びが込み上げてきた。

 もう一度与えられたチャンス、やることは一つだった。



 私は、再びベッドの中に横になった。

「夏休みは始まったばっかりなんだから、まずは思いっきりゴロゴロするぞー!」




 結局、私が再び宿題にほとんど手をつけないまま学校開始の日を迎え、今度こそはどんなに頼んでも脅しても神様は現れてくれず、先生に「宿題やってはきたんですけど、学校に持ってくる途中で全部爆発しちゃったので提出できません」と我ながらアレな言い訳をせざるを得なかったことは言うまでもない。

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The end of the summer vacation PURIN @PURIN1125

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