日記

 私は改めて目の前のタヌキ的な何かをまじまじと見つめた。本当に夢ではないみたいだけど、オウム以外の生き物がこんなふうに話すなんてまだ信じられなかった。


「それで、あんたって何なの? ここの神様? それともドラ〇もんの親戚?」

「…まあ、きちんと説明すると長くなるんじゃが、神様みたいなもんだと思っといてくれれば良いぞ。あとあの人、タヌキ扱いすると不機嫌になっちゃうからやめてやって」

「うん、分かった。神様なのにほっぺ引っ張られるのは予想できなかったんだね」

「予知できる神もいるんじゃがわしには無理なんじゃ」

「ふーん、そうなんだ。君、ふわふわしてて気持ちいいね」

「ああそうじゃろ。って当然のように頭撫でるな!」

「写真撮っていい?」

「ダメ。そもそもわし写真に写らないし」


 パシャ

「あ、本当だ。写ってない」

 なぜか勝手に持ち出してきていた親のデジカメの画像を確認し、賽銭箱とその後ろの建物(拝殿だっけ?)しか写っていないのを見てがっかりした。


「ダメだって言われたことをやらなきゃ気がすまんのかおぬしは」

「そうだよ。…って、こんなことしてる場合じゃなかったんだ!」

私はここに来た目的をやっと思い出した。


「ねえ、神様ってことは、願い事叶えてくれるんだよね?」

「そうじゃな。できる限りのことはする。おぬしは先ほど夏休みの宿題をなんとかしてほしいと言っておったな?」

「うん、国算理社のテキスト丸々と自由研究と日記が終わってない。終わらせたい」

「確認じゃが、今日は何月何日じゃ?」

「9月1日だよ」

「例外もあるが夏休みは基本8月31日で終わって9月1日から新学期が始まるよな?」

「そうだね」

「つまり、今日から学校始まるのにおぬしの宿題はそのザマなのか?」


 そういえば「おぬし」なんて呼ばれたの初めてだなあと思いながら、私は手を組んだ。軽く涙がにじみはじめた目で神様を見つめ、心の底から懇願した。

「そうだよ! 今日から、と言うかあと数時間で学校始まっちゃうのにそんななの! お願いだからなんとかして神様! 何でもするから! 賽銭箱の裏舐めるから!」


 神様は若干引いた顔で(タヌキも引いた顔するなんて知ってた?)「いや、そんなもの舐めるなんて軽々しく言っちゃダメじゃからな… バチ当たるからな、当てるのはわしじゃが…」とかなんとか言っていたけど、やがて気を取り直して質問してきた。


「おぬし、夏休みの間中宿題やらずに何やってたんじゃ?」

「えーと、これを参考にしてもらえば分かると思うんだけど」

 私はそう言って日記帳を取り出した。

「日記書いてないんじゃなかったのか?」

「最初の一週間分だけは書いたんだよ、何も書いてないよりはいいでしょ褒めて!」

「この七日坊主が」

 七日坊主ってどう考えても褒め言葉じゃないなと思ったけど、私は気にせずに日記帳を開き、内容を音読し始めた。


「まず1日目。『今日から夏休みが始まった。せっかくなので学校から帰ってきたら一日中ゴロゴロして過ごした』

次、2日目。『今日はコンビニに行った以外一日中ゴロゴロして過ごした』

3日目。『今日は親の買い物に付き合った以外は一日中ゴロゴロして過ごした』

4日目。『今日は図書館に行った以外は一日中ゴロゴロして過ごした』

5日目。『今日は家族でレストランに行った以外は一日中ゴロゴロして過ごした』」

「のう、わしもうパターンが見えてきたから残りの2日分は聞かなくて良いか?」

「待って、6日目はちょっと変化があったんだよ」

「ほう、どんな?」

「6日目。『今日はおやつの時間に2つに分けたアイスのパ○コのどっちを食べるかで姉と殴り合いの大げんかをした以外は一日中ゴロゴロして過ごした』」

「結局ほぼ一日ゴロゴロしとるじゃろうが! しかもパピ○はどっちも同じじゃろうが!」

「ものすごく微妙にサイズ違う気がするんだよ」

「『ものすごく微妙に』そんな『気がする』だけじゃろ!?」

「あとこれまだ続くからね。『ちなみに、○ピコはけんかしてる間に両方ともおばあちゃんに食べられてしまいました』」

「おばーちゃーん!!!!!」

「『私と姉に向かってニヤニヤしながら「これを漁夫の利という」と言ってきたのでものすごく腹が立ちました』」

「腹立つよねー! 元はと言えばそんなことでけんかするおぬしと姉が悪いんだけどねー!」

「最後、7日目」

「あーあーもう結構だ! どうせなんかやってゴロゴロしてただけじゃろ!?」

 神様は私を制するように前足を片方突き出してきた。足の裏にはちゃんとピンクのぷにぷにした肉球がついていた。


 話は変わるけど「肉球」って言葉を考えた人のネーミングセンスは天才すぎると思う。「肉の球」ってそのものズバリなのに他にそれ以上ピッタリな言葉は存在しないだろうと思える完璧さがある。


 話は本題に戻って、私は肉球の持ち主に向かって首を横に振った。

「違うんだなそれが」

「あ?」

「7日目。『今日は朝から晩まで何もせず一日中ゴロゴロしていた』」

「ついにゴロゴロしかしなくなったー!!!」

 神様は肉球の付いた前足で頭を抱えてうずくまった。

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