The end of the summer vacation

PURIN

9月1日

 忘れもしないあの9月1日、私はあの神社へ向かっていた。その願いを叶えるために。


 時刻は朝の5時頃。家族がみんな寝静まっている間に、誰にも気づかれないようにこっそり家を抜け出した。頭の中にあるのは、家から10分ほど行ったところにある小さなボロい神社だけだった。


 昇り始めたばかりの太陽が照らし出す道を、乗っている車椅子のハンドリムを、全力で回転させて進む。今までに出したことがないくらい、全力で。


 手が痛い、息が切れる、汗がしぶきのように飛ぶ。

 それでも、私は走り続けた。


 必死に走って、神社に辿り着いた。赤い色が剥げかけた鳥居をくぐり、賽銭箱の前へと急いだ。


 そうして、去年買ったばかりで、普通に使っていただけなのに気が付いたらなぜか気を付けないと銭形平次のように小銭がばらまかれてしまうほどボロボロになっていた財布から全財産(9円)を取り出して賽銭箱に放り投げた。


 名前は知らないけど、あの鈴がついた長い紐をガラガラと乱暴に揺らしまくる。神社では鈴を鳴らすのは何回じゃないとダメとか決まってるらしいけど、多いにこしたことはないだろうから多めに鳴らす。

 ひとしきり鳴らすと、私はパンッと風船が破裂したかのような音を立てて手を合わせて下を向いた。そうして、肺いっぱいに深呼吸してから叫んだ。


 「お願いです神様仏様、それからえーと…なんでもいいから偉いナントカ様! 夏休みの宿題をなんとかして下さい!」




 ………シーン………

 静寂。心の底から願ったのに、何かが起こりそうな気配は全くなかった。


(なんで!? なんで何も出てこないんだよ詐欺じゃん! 願いを叶える叶える詐欺だよ! 人がこんなにお願いしてるのに! 早く何とかしてよ、何もしてくれないならせめてお金返して! じゃないと訴える! 燃やす! 爆破する! おばけ出るってSNSで拡散する! とどのつまりは×××する!)

 放送禁止用語も駆使しながら、心の中で考え付く限りの脅し文句を唱えまくった。


 すると。


 「はあ…『なんとかしてください』って、具体的にどうすればいいんじゃ?」

 若いともお年寄りとも、女の人とも男の人とも分からない声があきれたようにため息をつきながら言うのが聞こえた。


 ハッと顔を上げると、グレーのダックスフンドくらいの大きさの生き物が賽銭箱の上にちょこんと座っていた。

 書道の授業で使った墨汁のように真っ黒で、ダルそうな両目の周辺は目元だけを隠すマスクをしているかのように毛色が濃かった。太くて長い尻尾も濃いグレーと薄いグレーのしましまで、全体的にぽっちゃり体系だった。サイズはダックスフンドだけどタヌキみたいだった。


 言葉を失っていると、タヌキらしき生き物は口を吊り上げてフヒヒと笑った。

「よお、人の子」

 さっき聞こえたのと同じ声が、その生物から発されていた。


 私はちょっと考えてから、タヌキっぽい奴の両方のほっぺを親指と薬指でつまんで、力の限り左右に引っ張った。


「いたたたたたた!」

「あっ、じゃあこれ夢じゃないんだ」

「なぜわしで試す! あとなんで薬指!? 人差し指ではなく!?」

「焦ったあ。寝過ごしてまだ夢の中なのかと思った」

「聞けや!」

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