青年が化物になった日

 美しい青年が幼年期から少年期にかけて暮らした異国の家は、他の人の家よりも広く、それでも目が疲れるような華美さはない家だった。

 青年の母は、あまり美しくはなかったが、品のある女性で、家の庭の世話をするのを好んだ。

 そのためか、いつも家の周りには綺麗な花が咲いていて、見る者に清楚な印象を与えた。

 青年は少年の頃からあまり外に出ることを好まなかったが、綺麗なものは好きだった。よく庭の花を見ていたが、そのたびに「僕の方が美しい」などと呟いていたのは今のナルシスト気質の彼らしい。子供の時から根は変わらないようだ。

 そんな少年は、中学校にあがる前に東の島国に移り住むことになる。少年は技術で栄えたその国が嫌いではなかった。その国の美術品や芸術作品には少年の好む繊細で美麗なものがたくさんあったからだ。

 語学に秀でていた少年も、この国の複雑な言語をうまく操ることは困難であったが、持ち前の端整な顔立ちと、英国の言語でなんとか生活することが可能になった。


 __彼が技術の国へ移り住んで五年目。

 幼くも華やかだった容姿は成年の色気を感じさせるようになった。

 すらりとした佇まいの彼は、己の両親に向けて厳しい言葉を投げかけていた。

「僕に醜い親なんて必要ない。僕はお前らを肉の塊としてみることにした。」

 それから、青年は一人になった。

 恐らく彼は知っていただろう。孤独は己を壊していくと。憎悪は己の身を喰い荒らし、やがて果てるだろうと。



「あはは、相変わらず澄んだ声をしているね?色狂いの変態様は。」

 最新機種のスマートフォンを耳に当てながら青年は某所のマンションの自室の扉を開けた。誰かと電話しているようだ。

 親しげな口調だが、恐ろしい悪口を言っている。電話の相手は知り合いのそれはまた美しい男性だった。他者と比べると友人をあまり作らない彼が、親しい友人を持ったのは五年前の冬だった。




 それは、五年前の冬の話です。美しい青年が親族と縁を切って半年した頃の話。

 彼は自室の白い壁に背中を預け、奥歯をがちがちと鳴らしていました。

 薄い陶器の様に白く滑らかな肌は粟立ち、噛みつきたくなるような首筋には冷や汗が伝っています。燃える炎のように赤く、どこか暗い光を差した瞳には涙が浮かんでいました。

 彼の美しい顔形のすべてが、「恐怖」と「怯え」を表現していました。

 彼の部屋は鉄臭く、少し生臭さも感じさせました。糞尿の混じったような異臭がすっと通った鼻をつつき、吐き気を誘いました。

 涙の浮かんだ炎の瞳に映っていたのは、女性のしかばねでした。彼はここに至るまでの経緯がまったく理解できていませんでした。

 気が付いたら、鈍く輝く刃を手に持って、ここに座り込んでいたのですから。

「…最、悪。」

 こんな異様な光景を目の前にしているにも関わらず、彼の物は滾っていました。「これじゃあただの変態じゃないか」そう呟いて、彼は自分を慰めました。いつもなら、誰か女性を呼ぶところですが、今の彼はそれを必要としていなかったのです。

 目の前に、彼にとってのを持った女がいたから。

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Cross 狂音 みゆう @vio_kyoyui

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